井口健二のOn the Production
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2004年12月31日(金) 火火、隣人13号、火星人メルカーノ、エレニの旅、タッチ・オブ・スパイス、ビヨンドtheシー

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『火火』                       
信楽焼きで最初の女性陶芸家と呼ばれる神山清子と、骨髄性
白血病のために若くしてその生涯を閉じた息子神山賢一の、
病魔との闘いを描いた実話に基づくドラマ。       
高橋伴明の脚本、監督で、清子を田中裕子、賢一をロサンゼ
ルスのリー・ストラスバーグで学んできたという窪塚俊介が
演じ、他に岸辺一徳、池脇千鶴、黒沢あすか、石田えり、遠
山景織子らが脇を固める。               
神山清子は、昭和11年佐世保に生まれるが、長崎を追われる
ようにして関西に流れ着き、滋賀信楽の陶芸家と結婚する。
やがて女性作陶家として名を上げるものの、夫とは陶芸の考
え方で対立。しかし離婚後も、幼い子供2人を抱えながら、
一人で窯を守る。                   
そして女性の窯元を認めない組み合いなどと対立しながら、
古来の信楽自然釉の再現に成功する。だが、その時息子は病
魔に侵され、骨髄ドナー捜しに奔走するが…       
公的骨髄バンク設立以前の物語で、そのドナー捜しの困難さ
や骨髄移植の実際などが、かなり丁寧に描かれる。    
最初に出奔する夫はさらりと描き、対立する組合もカリカチ
ャライズするなど、全体的に悪い面は出来るだけ描かず、善
人によるドラマが展開するように構成されている。テーマ性
から言ってものこのやり方は見事で、さすがベテランの作品
の感じだ。                      
母子家庭の物語だが、実際、高橋監督も母の手一つで育った
環境だそうで、その辺りの思い入れが、この作品に見事に昇
華されている。その上に立って、骨髄ドナー捜しのテーマを
見事に描いている。                  
その一方で、陶芸の実際が、神山清子本人が演技指導したと
いう出演者たちの見事な手捌きで描かれており、特に後半の
力点が闘病に移ってからは、これがアクセントのように描写
される構成も見事だった。               
また、田中裕子を中心とした特に女優陣のアンサンブルも見
事で、中でも前作でも注目した黒沢あすかの体当たりの演技
は、この先どこまで行くのだろうという感じだ。     
骨髄ドナー捜しの映画は、『ロード88』があったばかりだ
が、このような作品が次々に製作され問題意識を高めるのは
良いことだと思う。                  
                           
『隣人13号』                    
井上三太原作のコミックスを、CFやヴィデオクリップで実
績のある井上靖雄が映画化。小学生の頃にイジメラレッ子だ
った主人公が成長して、昔のイジメッ子に復讐する物語。 
主人公の村崎十三は一見穏やかそうな青年だが、その内には
凶暴な隣人13号が潜んでいる。その十三が、とある古びた
安アパートの一階13号室に引っ越してくるところから物語は
始まる。                       
ちょうど同じ頃に二階の23号室には、幼い子供のいる若夫婦
が引っ越してくるが、その若夫婦の夫こそ、小学生の頃に十
三をいじめていたガキ大将の赤井だった。だが、赤井は十三
のことなど憶えていないようだ。            
やがて十三は近所の工務店でアルバイトを始め、その工務店
の先輩赤井の下で働くことになる。しかし、赤井の性格は今
も変っていなかった。そしてそのいじめが激しさを増して行
く中で、十三の内の13号が表に現れ始める。      
この十三を小栗旬、13号を中村獅童が2人一役(?)で演
じ、メリハリの利いた復讐劇が展開する。しかも、心の中の
葛藤が異様な映像感覚で表現されるなど、さすがに実績を積
んだ映像作家の作品という感じで、長編初監督とは思えなか
った。                        
アニメーションやモーフィングなども適所に採用され、多少
過激な描写も退くことなく見ることができた。また盗聴器や
ヴィデオなど、13号の行動も納得できる描写で進行し、結
末も破綻なくうまく描かれていた。           
自分自身、小学校当時のいじめには、多分傍観者の立場だっ
たと思うが、このように今で言うキレテしまう感じは判らな
いでもない。そんな意味でも納得できる作品ではあった。 
ただ、これは現実が後から追いついてきてしまったので仕方
ない面はあるが、幼い子供を誘拐してその映像を両親に見せ
つけるという展開は、今の時期ではかなりきつい。公開予定
は春ということだが、それまでに現実の事件が解決し、切り
離して見られるようになっていることを祈りたいものだ。 
(事件は年末ぎりぎりに解決した。)          
                           
『火星人メルカーノ』“Mercano el Marciano”      
2002年のシッチェス国際映画祭や、アヌシー国際アニメーシ
ョン映画祭でも受賞を記録したアルゼンチン製作の長編アニ
メーション。                     
元々はカナダのテレビ局が放送した音楽番組の中に登場した
2分間の短編作品が始まりのようだが、それを制作したファ
ン・アンティン監督が母国アルゼンチン戻って、同国の映画
大学などの協力を得て制作した長編作品。        
ふとしたことから地球に飛来し、ブエノスアイレスの地下で
暮らしている火星人メルカーノが、寂しさを紛らわすために
作り上げた火星のヴァーチャルワールドを巡って、やがて世
界を破滅の淵に導く大事件を引き起こしてしまう。    
75分の作品の中では、強烈な文明批判や風刺で、アルゼンチ
ンの現状を垣間見せる。それはアルゼンチンの限らず世界中
が直面している問題とも言える。その一方で、登場する火星
人社会の描写などには、何か懐かしさを感じさせる不思議な
雰囲気があった。                   
なお、アニメーションの制作では、手書きのアニメーション
を一旦コンピュータに取り込み、コンピュータ上で編集や合
成、色付けなどを施した上で、モニタ画面を撮影してフィル
ムに変換する方式が採られている。           
このフィルム変換のやり方は、最近のレーザースキャナーな
どによる方法に比べると、安物の手法のようにも感じるが、
昔は皆この方式だった訳だし、今回もいろいろなフィルムの
テストを行うなど研究を重ねて、ほぼ問題のない水準に仕上
げているものだ。                   
また、2D、3Dのアニメーションがうまく組み合わされて
いるなど、これからも期待したい作品だった。      
                           
『エレニの旅』“Trilogia: To Livadhi pou Dhakrisi”  
前作『永遠と一日』で1998年のカンヌ映画祭パルムドールを
受賞したテア・アンゲロプロス監督の6年ぶりの新作。  
1919年から現代までのギリシャの姿を、一人の女性(エレニ
という名前はギリシャの愛称でもある)を通して描く作品。
本作はすでに2時間50分の大作だが、原題通り3部作となる
計画の第1部として、1949年までが描かれている。    
1919年、赤軍のオデッサ侵攻によってその地を追われたギリ
シャ人たちが、逆難民となって母国に戻ってくる。その中に
は両親を戦闘で亡くし、幼なじみの少年の手をしっかりと握
って離そうとしない幼いエレニの姿もあった。      
そして難民の村で、少年の一家と共に成長したエレニは、や
がて少年の子を身籠もる。しかし厳格な父親の怒りを恐れた
母親の手で、生まれた双子は裕福な家の養子とされる。それ
でも愛し合う2人は家を出、少年の弾くアコーディオンの腕
で生活を続けるが…                  
この2人と双子の子供たちが、第2次大戦や、後の内戦など
に翻弄される姿が描かれる。              
主人公の名前が国の愛称であることからも判るように、この
作品はギリシャの国そのものの姿も描いている。そこでは、
ソ連の脅威によって内戦を引き起こされ、やがて敵味方に分
かれて闘わなくてはならない国民の悲劇や、国を去って行く
人々の苦悩が描かれる。                  
なお、アンゲロプロスは、この撮影のための大きな難民村を
含む2つの集落を建設。そこには蒸気機関車の往来する鉄道
も敷かれて、その村を背景に雄大な物語を描き上げる。実際
その村が見事に水没するなど、そのスケールはものすごいも
のだ。                        
物語はまだ中途で、この先どれだけの悲劇が到来するのか。
それを見届けなければならないと思わせる第1部だった。 
                           
『タッチ・オブ・スパイス』“Politiki kouzina”    
1960年代のトルコ・イスタンブールを舞台に、キプロスを巡
って深まるトルコとギリシャの国家間の対立により、強制帰
国を余儀なくされたギリシャ国籍の父を持つ一家の姿を、そ
の一人息子の目を通して描いた物語。          
同じ日に見た『エレニの旅』と同様のギリシャの歴史を描い
た作品だが、本作は第2次大戦後の比較的記憶に新しい時代
の物語だ。とは言うものの、自分の記憶を辿ってキプロス紛
争という名称は憶えているが、その陰でこのような悲劇があ
ったことは記憶になかった。結局、極東の外れにいる国民と
しては、国際情勢への疎さを思い知るところだ。     
ただし映画は、全体としては悲劇だが、物語はその中で成長
した少年が、トルコ人の母方の祖父の営むスパイス店で見聞
きした事柄を中心に、トルコ料理への蘊蓄なども絡めて、心
地よく描かれている。                 
実際に、映画は国際情勢に翻弄されるギリシャ人を描いては
いるが、その一方でトルコ料理に対する愛情が描かれ、国家
と国民の思いの違いなどもうまく描かれている感じだ。  
しかし、ギリシャに帰国した人々がトルコ人と呼ばれ続ける
などのエピソードは、やはり悲劇を描いた作品と言っていい
のだろう。                      
なお、原語のせりふは言葉遊びのような言い換えが頻出し、
字幕がルビだらけになってしまっているが、これは仕方がな
い。ただ、字幕ではギリシャとなっているせりふのいくつか
が、原語ではエレニとなっていたようだった。      
                           
『ビヨンドtheシー』“Beyond the Sea”         
1950年代後半から60年代に活躍した歌手、俳優ボビー・ダー
リンの生涯を、俳優のケヴィン・スペイシーが自らの脚本、
監督、主演で映画化した作品。             
ボビー・ダーリンの名前は、ヒット曲Mack the Knifeの歌声
と共に記憶しているが、映画の題名はシャンソン『ラ・メー
ル』をカヴァーした彼のもう一つのヒット曲の題名によって
いる。                        
ボビー・ダーリン、本名ウォルデン・ロバート・カソットは
1936年ブロンクス生まれ、母親と姉、そして姉の連れ合いの
一家の中で成長するが、子供の頃に重度のリュウマチ熱を患
い、15歳までの命と告げられる。            
しかし家族の献身的な看病のもと、励ますために持ち込まれ
た楽器や、母親の指導によってエンターテイナーの才能を発
揮、歌手の道を目指すことになる。そして芸名ボビー・ダー
リンとしてグラミー賞新人賞などを受賞。        
やがてハリウッドに進出したダーリンは、共演した当時16歳
のサンドラ・ディーと結婚、一人息子のドッドも誕生、1963
年に出演した『ニューマンという男』では、アカデミー賞や
ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされるが…    
その一方で、ロバート・ケネディに心酔し、政治活動にのめ
り込む姿なども描かれる。なおそこで歌われるSimple Song
of Freedomには何となく聞き覚えもあった。       
が、やはり圧巻は、クラブ歌手としてはサミー・デイヴィス
Jr.以降で最高と言われたステージの再現だろう。特に映画
の巻頭で、最初の曲が歌い出される直前に、この歌の題名が
判る人は?というMCがあり、それが判った自分としては、
一気に映画に引き摺り込まれた感じがした。       
正直に言って、36歳で亡くなった人物を、40代半ばの俳優が
演じることには無理がある。しかしスペイシーの無理を承知
の渾身の演技には感銘を覚えたし、全曲を吹き替え無しで歌
い踊っている姿にも感動した。また、それにバランスを取る
ように登場する少年時代のダーリンを演じたウィリアム・ウ
ルリッチのパフォーマンスにも感心した。        
                           
ということで、2004年の締め括りとなります。      
ここで去年と同様にベスト10を発表しますが、このベスト10
は、僕が試写で見た洋画作品で今年公開されたものを対象と
しています。しかし今年は、僕が絶対的なベスト1と思う作
品を試写で見せてもらえませんでした。とは言え、この作品
のベスト1は譲れませんでしたので、あえて今年は第1位を
空欄としますが、第1位が無いということではありません。  
ということで、以下のベスト11となりました。      
◎一般映画                      
1.(空欄)                     
2.スパイダーマン2                 
3.Mr.インクレディブル                
4.ドッグヴィル                   
5.コールド・マウンテン               
6.春夏秋冬、そして春                
7.シュレック2                   
8.マイ・ボディ・ガード               
9.ヴィレッジ                    
10.Lovers                   
11.25時                       
◎SF/ファンタシー映画               
1.(空欄)                     
2.スパイダーマン2                 
3.Mr.インクレディブル                
4.シュレック2                   
5.ペイチェック                   
6.タイムライン                   
7.スカイ・キャプテン                
8.パニッシャー                   
9.ヴィレッジ                    
10.Lovers                   
11.ビッグ・フィッシュ                


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