井口健二のOn the Production
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2004年11月06日(土) 第17回東京国際映画祭(コンペティション+アジアの風)

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※このページでは、東京国際映画祭のコンペティション、※
※およびアジアの風部門で上映された作品から紹介ます。※
※なお紹介するのはコンペティション部門全作品15本と、※
※アジアの風部門の中で見ることのできた7本です。  ※
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<コンペティション部門>               
『風のファイター(韓国公開バージョン)』       
極真空手の大山倍達(韓国名:チェ・ペダル)が、日本一の
空手武道家になるまでを描いた韓国の人気コミックスの映画
化。                         
元々朝鮮半島の出身だったペダルは、戦前の日本に密航して
航空学校に入学、しかし特攻は拒否して終戦を迎える。そし
て池袋で浮浪児のような生活を始めるが、そこで朝鮮で彼の
家の使用人だった達人と再会し、強くなりたいと思うように
なる。                        
やがて芸者の陽子とつきあうようになったペダルは、米兵か
ら婦女子を守る正義の味方として活躍するようになるが…。
日本でも評判になった『リベラ・メ』のヤン・ユノ監督の作
品で、韓国ではこの夏大ヒットしたということだ。今回の上
映ではタイトルに但し書きついたが、韓国俳優が喋る日本語
のせりふにはかなり辛いものがあった。         
しかし、メインの相手役の陽子は平山あや、敵役の加藤は加
藤雅也が演じるなど、その辺りがちゃんとしているのは良か
った。                        
この他にも、再現された日本シーンにはかなり誤解や間違い
も目立つが、この辺は日本人の観客でも最早気が付かないよ
うな部類に属しそうだ。あえてその部分を取り上げて、文句
を言い出す連中は出てきそうだが、この辺は鷹揚に楽しみた
い。                         
姫路城などの現地ロケも上手く取り込まれているし、娯楽作
品としては良い感じだった。特にスタントなしで演じられた
空手のシーンは、専門家が見るとどうかは判らないが、それ
なりに様になっていて気持ちが良かった。        
                           
『るにん』                      
俳優の奥田瑛二が監督した第2作。           
松坂慶子の主演で、江戸時代(天保6年)の流刑地八丈島を
舞台した愛憎物語。                  
松坂が演じる女は、元々が廓の出身で流刑地でも娼婦の仕事
で生活を続けている。そして役人にも取り入って赦免状を待
っているが、何時まで待っても届きはしない。そんな彼女は
潮の音を聞き分け、何かが変りそうだと感じている。   
そんな八丈島に新たな流人が到着する。その中にはやはり廓
出身の若い女や、何やら仕掛けそうな若い男の姿もあった。
女は黄八丈の機屋に行き生活を立て直そうとする。男は島を
巡って、いろいろと調べ始める。そして彼らによって島には
変化が訪れるが…。                  
絶海の孤島の流刑地という設定では、『パピヨン』を思い出
さざるを得ないが、本作は、そこからは着かず離れず上手く
展開されている。女性を主人公としているので変化は付け易
かったかも知れないが、オリジナル脚本にしては骨太の良い
作品だった。                     
幕府の禁制品が流人の手元にあったり、かなり強引な展開も
あるが、それはフィクションとして認める範囲だろう。芸術
貢献賞は別の作品に行ってしまったが、同じ日本映画なら、
僕はこの作品の方が芸術には貢献していると感じたものだ。
                           
『インストール』                   
芥川賞を史上最年少で受賞した綿矢りさ原作による映画化。
自宅マンションの押入に隠したパソコンで、小学生の男の子
と登校拒否の女子高生が風俗チャットを始め、大成功してし
まうというお話。                   
こういうことが有り得ない訳ではないし、原作もベストセラ
ーになっているのだから、内容をどうこうと言うつもりはな
いが、それにしても幼い発想の作品だ。いまさらこんなもの
を見せられても、感動もしないし、ここから得るものなど何
もない。                       
ただの娯楽作品というのならそれでもいいが、これを映画祭
に出品するというのは何かの間違いだろう。今回は日本作品
の3本の内2本は間違いだった(1本は受賞しているが)と
思うが、他に出品できる作品がなかったのかと問いたくなる
感じだ。                       
昨年出品のの日本映画は、好き嫌いの問題を別にすれば、そ
れなりに意欲的な作品だったと思う。しかし今年は、何か選
考の仕方が変だったとしか言いようがない。少なくとも星取
表で下から数えて2本目と3本目の作品が日本映画というの
は問題だろう。                    
                           
<アジアの風部門>                  
『ジャスミンの花開く』                
チャン・ツイィーが、ジャスミンの中国名に準えて茉、莉、
花と名付けられた三代の母子を演じ分け、ジョアン・チェン
が、それぞれの母親(ツイィーの成長した姿)を順番に演じ
て、第2次世界大戦前から現代にいたる中国を描いたエピッ
クドラマ。                      
戦前の映画スターを夢見る少女や、戦後を力強く生き抜く女
性などを、ツイィーが可憐にまた骨太に演じ分ける。特に、
映画の巻頭での夢見る少女の姿は、『初恋のきた道』の頃を
思い出させてファンには堪らないところだ。       
その発端で、ツイィーは女手一つで切り盛りしている写真館
の一人娘。ある日映画のプロデューサーに誘われてスタジオ
を訪れ、スクリーンテストを受けて女優になるのだが…。こ
のスクリーンテストでの余りにも下手糞な演技も見ものだっ
た。                         
また、映画では主人公の暮らす写真館の名前が時代ごとに変
って行くのも、面白く時代の変化を表わしており、その辺の
端々にも良く気の使われた作品という感じがした。    
監督は、チャン・イーモウ作品の撮影監督などを務めたホウ
・ヨンのデビュー作。カメラもしっかりしているし、それ以
上に戦前戦後の中国の風物が見事に再現されている。   
物語も、ほぼ同じ話が3回繰り返されるにも関わらず、それ
ぞれの時代背景や社会情勢でまったく違う展開になる。その
辺の面白さも見事な作品だった。            
                           
『恋愛中のパオペイ』                 
現代中国を舞台にした現代的なラヴ・ストーリー。ナント映
画祭のグランプリやベルリン映画祭などでも受賞歴のある女
性監督リー・シャオホンの作品。            
ヴィデオテープに残された男が心情を吐露する映像と、その
テープを偶然手に入れた女性パオペイの恋愛関係が描かれる
が…。確かに雰囲気は伝わってくるし、主人公たちの行動も
判るのだが、何か言いたいことが伝わってこない、そんな印
象を受けた。                     
巻頭では、密集した住宅が並ぶ住宅街を取り壊して行く風景
に続いて、そこに高層ビルを建てるCGI映像が挿入された
り、海外出張する男の乗る飛行機の窓の外をパオペイが飛ん
でいる映像があったりなどで、興味は繋がれる。     
しかし全体的には単純な男女の物語の中に、それらのシーン
の脈絡がうまく溶け込んでいない感じがした。なお、音楽に
は小室哲哉が参加して、KEIKOが歌うエンディング曲も
提供している。                    
ところで映画の中でパオペイについて、「愛称は山口百恵だ
った」というせりふがあり、多分中国語でもそうなのだろう
が、これが英語の字幕では、「Audrey Hepburn」となってい
て、なるほどという感じがした。            
                           
『可能なる変化たち』                 
「アジアの風」部門で最優秀アジア映画賞を獲得した作品。
韓国での脚本コンテストの受賞作の映画化ということで、前
評判はかなり高かった。実際受賞も果たした訳だから、その
評価も妥当ということだろうが、僕にはあまり感心できる作
品ではなかった。                   
30代半ば男2人が、生活に飽きてアバンチュールを楽しもう
と決意する。そして、一人はネットで知り合った女性を呼び
出し、もう一人は学生時代の後輩を呼び出す。こうして望み
通りのアバンチュールがスタートするのだが…      
最近の韓国映画なので、ベッドシーンはかなり過激に描かれ
る。ただし、今まで紹介された作品では、それなりに意味を
持った描き方だったと理解していたこれらのシーンだが、こ
の作品で全くの願望充足でしかない。          
映画全体がつまらないと言うか、何の意味もなさないばかば
かしさに終始しており、不快さだけが残る感じだった。確か
に世間がどんどん不条理になって行く中で、この不快さを映
画の価値と捉える向きもあるのだろうが、僕はそのような価
値観には賛同しない。                 
                           
『見知らぬ女からの手紙』               
1948年にジョーン・フォンテインの主演で映画化された作品
(邦題『忘れじの面影』)のリメイク。1997年公開の『スパ
イシー・ラブスープ』などの主演女優シュー・ジンレイの脚
本・監督・主演による作品。              
本作の舞台は1949年の北京。作家の男の許に1通の手紙が届
く。そこには18年前に彼と巡り合い、その後も何度も顔合せ
ながら、彼に自分の思いを伝えられなかった一人の女性の生
涯が綴られていた。                  
彼女は、彼の子を身籠もりながらもその事実さえも伝えず、
男の目には彼女の面影すらも残っていない。       
ジンレイは1974年生まれだそうだが、18年間という長い年月
に渡るこれだけの物語を見事に描き切っている。実際、これ
だけの期間に渡る物語の時代背景の把握なども容易ではなか
ったはずだが、この脚本までも手掛けているというのは大変
なことだ。                      
97年の主演作は見ており、コメディ調の青春映画だったと記
憶している。本作はジンレイの監督第2作のようだが、これ
からも期待して見ていきたいと思わせた。        
                           
『美しい洗濯機』                   
思い通りに動かない洗濯機を巡って描かれるちょっとファン
タスティックな作品。                 
主人公は、販売店で一目見て気に入った中古の洗濯機を買っ
てしまう。しかしその洗濯機は途中で動かなくなり、修理を
依頼するにもメーカーでは保証期間切れで、販売店も取り合
ってくれない。                    
ところがある深夜、洗濯機のそばに一人の女性が現れる。そ
して女性は、かいがいしく手で洗濯を始めるのだが…   
これだけ書くと、洗濯機に宿った精霊が登場するファンタシ
ーという感じだが、この後は殺人事件が起ったり、いろいろ
殺伐としたムードになってしまう。かと言ってホラー仕立て
という訳でもないし、何とも中途半端な作品だった。   
ファンタシーならファンタシー、お笑いならお笑い、ホラー
ならホラーでそれぞれの目的を持って作ってくれないと、観
客はどう楽しんでいいのか混乱してしまう。作品の意図も見
えてこないし、全く何のために作られた作品なのか理解でき
ない作品だった。                   
ヴィデオ作品で画質が悪い上に、僕の見た上映ではスクリー
ン横の非常口のランプが消灯されず、見辛かったのも評価を
下げた。                       
                           
『ひとりにして』                   
2001年の映画祭で特別招待上映された『レイン』を監督した
パン兄弟の片割れ、ダニーの監督作品。双子のパン兄弟は基
本的には、オキサイドが監督で、ダニーは編集者だったはず
だが、本作はオキサイドの製作で、ダニーの監督となってい
る。                         
主演のイーキン・チェンが演じるのは双子の兄弟。兄は発展
家で今も海外で派手に暮らしているが、その陰に隠れた形の
弟は消極的で女性関係にも恵まれず、香港でゲイの人生を送
っている。                      
そんな弟の許に兄が帰国してくる。ところがその兄は、弟の
免許証を携帯して車を運転中に事故を起こし、弟と思われた
まま昏睡状態に…。そこにはゲイの恋人も駆けつけるが、本
物の弟は真実を告げることができない。         
一方、兄の携帯電話を受けた弟は、タイに住む兄の恋人に事
情を説明するが、彼女からはすぐに来いと呼び出され、兄の
身代わりで融資の交渉に臨むのことに…。しかしその交渉が
失敗して2人は窮地に立たされることになってしまう。  
双子の兄弟が製作する双子のお話ということになるが、演じ
るのは一人の俳優でその辺がちょっとややこしいが、これを
見事に演じ分けているのも見所だ。そしてこの双子の登場シ
ーンは当然VFXで描かれるが、パン兄弟は元々VFXも得
意な訳で、最後には大サービスも用意されている。    
ただ、映画の中では中国語とタイ語が使い分けられているよ
うなのだが、その区別が日本版の字幕で判然としなかった。
最近マルチ言語の映画が増えているが、その言語に意味があ
るときの字幕の付け方には工夫が要りそうだ。      
                           
『ビヨンド・アワ・ケン』               
東京国際映画祭でワールドプレミアとして公開された作品。
事前の資料では最後まで上映時間が未定という、本当にぎり
ぎりで完成された作品のようだ。            
恋人との関係も順調な女性のもとに、元彼女と称する女性が
現れる。彼女は恋人を奪い返すつもりはないが、インターネ
ット上に公開された自分のヌード写真を返して欲しいと要求
する。それは彼のパソコンに入っていると言うのだが…  
この要求に、自分も別れた後で写真を公開される恐怖を感じ
た主人公は、彼女に協力して彼の部屋に侵入することを試み
るが、消防士の彼はかなり防備が固かった。こうして彼に部
屋に侵入するための作戦が始まるが…          
彼と付き合う振りをしながら、彼の部屋への侵入方法を模索
する。その過程が、実に納得ずくで見事に描かれていて感心
した。その展開も実にスピーディでエンターテインメントに
満ちた作品だった。                  
しかも・・・という感じが、これも見事としか言いようのな
いもので、最近流行りの時間軸の入れ替えや、他の視点から
の映像も上手く決まっている感じだった。        
なお、最終的な上映時間は1時間40分になっていたようだ。


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