2004年11月05日(金) |
第17回東京国際映画祭(コンペティション) |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、東京国際映画祭のコンペティション、※ ※およびアジアの風部門で上映された作品から紹介ます。※ ※なお紹介するのはコンペティション部門全作品15本と、※ ※アジアの風部門の中で見ることのできた7本です。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ <コンペティション部門> 『ココシリ:マウンテンパトロール』 コンペティション部門で審査員特別賞を受賞した作品。 ココシリとはチベットの地名で、中国語では「可可西里」と 書くらしい。映画の中の説明だと、チベット語では「美しい 山」、モンゴル語では「美しい娘」の意味だと言う。映画は この地域で1996年から97年に掛けて起きた実話に基づくもの だそうだ。 この地域でのチベットカモシカの個体数が、毛皮を狙った密 猟で激減し、それを守ろうとした人たちが民間で山岳パトロ ールを組織して密猟団のボスを追跡する。その行動が同行し た新聞記者によって報道され、最終的には政府を動かしたと いう物語だ。 物語は、パトロール隊員の一人が密猟団に殺され、それを記 事にしようとした新聞記者がココシリを訪れるところから始 まる。ちょうどその時、密猟団の動きが察知され、記者も同 行してそれを追跡することになるのだが… 彼らは民間組織ゆえに資金もなく、人材も乏しいままで、荒 野を追跡して行く。これに対して密猟団は、当然資金も豊か で人材や武器も揃っている。しかもそこには、過酷な自然条 件や高山病、さらに流砂などの危険が待ち構えているのだ。 以前に紹介した『運命を分けたザイル』も今回の特別招待作 品として上映されているが、それにも増して過酷なサヴァイ ヴァルが繰り広げられる。 それにしても、ここまでしてカモシカを守ろうとした彼らの 原動力は何だったのか…。それが映画の中にもほのめかされ ているように、決してきれいごとだけではなかったという辺 りも、映画の真実味を増しているように感じた。 『ニワトリはハダシだ』 コンペティション部門で最優秀芸術貢献賞を受賞した作品。 舞鶴を舞台に、検察トップの汚職事件を暴く証拠を巡って、 知的障害児とその家族、若造の刑事、擁護学級の女教師、そ れに指定暴力団の組長らが繰り広げるどたばたコメディ。こ れに、戦後の引揚げ船の沈没で祖国に帰れなかった朝鮮人の 話などが絡む。 『男はつらいよ』第1作の共同脚本や、第3作では監督も務 めた森崎東の監督作品。 それにしても面白くない作品だった。主人公たちの行動の意 味も判らないし、最終的にこれで何が解決したのかも判らな い。多分脚本家の頭の中では決着しているのだろうが、それ がちゃんと説明されていない感じだ。障害児をこのように描 くことにも疑問に感じた。 東京国際映画祭のコンペティションは、以前は監督3作目ま での作品という規定があったが、昨年からその規定は外され ている。とは言うものの、功なり名を遂げた人が応募すると いうのはいかがなものか。増してや審査委員長がこの人の時 にという感じがした。 会場で配られた各紙の記者による星取表では、最低に近い評 価だったが、僕もその評価には異論がない。この作品のどこ が芸術に貢献したのかも判らない。 『サマーソルト』 オーストラリアで短編作品やテレビドラマでの実績を持つ女 性監督ケイト・ショートランドの長編デビュー作品。製作に は、ジェーン・カンピオンが名を連ねていた。 シドニーでシングルマザーの母親と暮らしていた少女が、あ るきっかけで家を飛び出し、スキーリゾートにやってくる。 そして、その土地で奔放な生活をしようとするのだが…。い ろいろな社会情勢が彼女を成長させて行く。 さすがにカンピオンが目を付けた作品だけのことはあるとい う感じで、現代の若い女性の姿が見事に描かれている。星取 表の評価はかなり割れていたようだが、僕は、寒々としたス キーリゾートという背景の中で、女性の心情がうまく描かれ ていたと思った。 なおこの作品は、最近発表されたオーストラリアの映画賞で はかなりの受賞を果たしたようだ。 それから、映画の巻頭のシーンで部屋に置かれたテレビにア ニメーションが写っていて、「東京…」というような日本語 のせりふが流されていた。エンドクレジットで確認すること ができなかったが、何の作品か気になるところだ。 『狼といた時』 ロシアの寒村を舞台に、ふとしたことから傷ついた雌オオカ ミを保護してしまった猟師を主人公に、オオカミと人間との 共生の問題を提起した作品。 物語はオオカミと人間の関係で描かれるが、そこには宗教や 政治理念などの、互いに相容れない思想の対立の問題が描か れ、寓意に満ちた作品と理解することもできる。 とある村の家畜がオオカミに襲われる。村人はオオカミ狩り の名手といわれる猟師の男にその退治を依頼するのだが、よ うやく仕留めた雌のオオカミにまだ息が合ったことから、猟 師はそれを連れ帰り、介護して檻で飼い始める。 ところが檻に閉じ込められたオオカミは雄を呼び寄せてしま う。この事態に村人たちは、猟師に檻にいるオオカミの処分 を迫るのだが… 自然の中でのオオカミの生態なども良く描かれ、特に子供の オオカミの愛くるしさが見事に写されている。実際には、主 人公を演じた俳優も何度も咬まれるなど、大変な撮影だった らしいが、雪に包まれていても、何となく暖か味のある映像 も素晴らしかった。 『ウィスキー』 コンペティション部門で東京グランプリと主演女優賞を受賞 した作品。 主人公は、老朽化した靴下工場の初老の社長と、彼の片腕と も言えるベテランの女性従業員。毎朝同じ時間に出勤して他 の従業員を迎え入れ、同じ靴下を製造して発送する。社長室 のブラインドが壊れても、その修理もなかなか行われない。 そんな全く変らない日々に、ある日変化がやってくる。外国 に出てやはり靴下製造をしているが、奇抜なファッションな どを取り入れて成功している社長の弟が、母親の墓の建立に 合わせて帰国してくることになったのだ。 ところが社長は、弟には家族がいると言っていたらしく、ベ テラン従業員の女性に数日間の妻の代役を頼み込む。こうし て弟がいる間だけの夫婦生活が始まったのだが…。弟はなか なか帰ろうとせず、ついには一緒にリゾート地への旅行をす るはめに… 確かに面白いし、人間の機微を描いて秀逸な作品だと思う。 特に結末には笑えた。星取表の評価でも、『ココシリ』に次 ぐ2番目に高いものだった。しかし、どちらが優れているか と言われれば、僕は『ココシリ』の方に軍配を挙げる。 今回の結果については、審査委員長の普段の作品のジャンル に近いものが選ばれたという感じを強く持つ。確かに今年の カンヌも審査委員長の趣味で選ばれたようだが、国際映画祭 のグランプリがそんなことでいいのかという疑問は残る。 なお、本作はNHKが製作した作品だったようだ。 『ライス・ラプソディー』 シンガポールの中華街が舞台のホームコメディ。 主人公は、女手一つで3人の息子を育て上げ、しかも屋台か ら始めたという「海南鷄飯」の店を成功させた立志伝中の女 性。ところが、彼女の3人の息子の上2人はゲイをカミング アウトしており、末っ子の様子もおかしい。 そこで一計を案じた彼女は、近所の料理店の主人と図って、 フランスからの女子留学生をホームステイさせ、末息子の気 を彼女に向かせようとしたのだが…。 こういうシチュエーションは、最近の中国語圏の映画で多く なっているような気がする。まあ、日本のテレビでもカマが 売りの芸人が幅を利かせているから状況は変らないのかも知 れないが、もはやゲイが文化として定着してしまっているよ うだ。 そういう状況の話は別として、物語は古風な意識に固まった 母親と、新しい文化に染まった息子たちの確執という描き方 で、それなりに巧く作られている。この辺の巧さを見ると、 ゲイに対する考え方では日本より進んでいるようだ。 ただ、フランス人女子留学生の置かれている状況が今一つ不 明確でもどかしいが、これは物語の触媒として作用する部分 なので、かえって不明瞭で良いということなのだろう。 なお「海南鷄飯」とは、蒸し鶏の料理のようだったが、海南 島からの移民たちが作り上げた家庭料理なのだそうで、元々 の海南島にはなかったものだそうだ。 『時の流れの中で』 台湾の故宮博物館を舞台に、そこに働く男女と、そこに所蔵 されている書を訪ねて日本からやって来た若者を巡る物語。 その書は、左遷された武人が書いたもので、それが書かれた ときの武人の心境などが、研究の成果として克明に説明され て行く。また、その書自体も数奇な運命を辿ったものとして 説明されるが、それ自体が現代の物語とどう関わるのか。 確かに、日本人青年の思いなどはそれによって明らかになる のだが、肝腎の主人公であるはずの台湾側の男女の話とのつ ながりが見えてこず、結局はただのエピソードでしかないも のになってしまっている。それなら何でこんなに丁寧に描い たのかという感じだ。 結局、主人公の男女の話は最後までごたごたしたままで、何 が言いたいのかさっぱり理解できなかった。 最初に故宮博物館製作の映画とクレジットされるので、もっ と所蔵品なども丁寧に紹介されるかと期待もしたが、そうい うこともなく。中では所蔵品をいろいろな災害から守り通し たという老人の話がアニメーションを交えて紹介されるが、 それも本編とどうつながるのか良く判らないままだった。 何かの意図を持って製作されたと思う作品だが、その意図が 全くこちらに伝わってこないというか、描く上でその辺の説 明の何かが欠落しているように感じられた。 『ミラージュ』 混乱の続くマケドニアの一般社会を背景に、学力は優秀なの に将来の道を閉ざされた少年の日常を描いた物語。 自由経済社会になったとはいえ、いくら働いても向上しない 生活。そしていまだにセルビア人が幅を利かせる警察組織。 そんな歪んだ社会の中で、少年は押しつぶされ、先の見えな い日々を送り続ける。 そして少年には、教師から優秀者はパリに招待されるという 詩作コンテストの話が伝えられるのだが…。一方、少年が隠 れ家としていた鉄道の廃車置場に、ある日パリスと名乗る男 が現れる。男は、少年に銃の扱い方などを教え始める。 脚本、監督を手掛けたのは、各国の映画祭での受賞経験もあ るドキュメンタリー作家ということで、おそらくここに描か れた物語は、すべて実際に起った出来事に基づくものと思わ れる。あまりに過酷な物語だが、これが現実ということだ。 受賞はなくても、これが伝えられただけで価値があったと言 えるだろう。 『ハリ・オム』 インドのラジャスタン地方を舞台に、地元のボスに追われる リクショー(3輪タクシー)の運転手と、恋人との豪華列車 での旅行中に彼とはぐれ、列車に乗り遅れてしまったフラン ス人女性が、列車の次の停車駅を目指して繰り広げるまさに ロードムーヴィ。 この地方に残る宮殿や、屋敷や、寺院などが次々に写し出さ れ、乗物も豪華列車からヴィンテージベンツ、リクショー、 乗り合いバスや、これもヴィンテージもののオートバイ、ラ クダまで次々に繰り出される。 そして物語は、恋人とはぐれたことで自分自身を見直すこと になった女性自身の思いや、自分の生活を考え直さなければ ならなくなった運転手、そして彼女との電話を通じて徐々に 変って行く恋人の男性の思いなどが、いろいろなエピソード の中で展開して行く。 さらにインド映画特有の歌や踊りも、それぞれの場面や、登 場する人々の状況に即して繰り出されてくる。正直、今まで のインド映画のミュージカルでは、歌や踊りがちょっと押し つけがましいところがあったが、この作品では自然に歌や踊 りが挿入される。 物語や、歌、踊りの挿入の仕方には、インド映画が洗練され てきたことを伺わせる。インド資本のインド映画だが、主人 公をヨーロッパ人にする辺りも、本格的に海外を意識した作 品と言えそうだ。 なお、インド人の運転手は『モンスーンウェディング』でウ ェディングプランナーの役を好演していたヴィジェイ・ラー ズ、フランス人の女性は『クリムゾン・リバー』のカミール ・ナタ、男性は『スイミング・プール』のジャン・マリー・ ラムールが演じている。 物語の途中で語られる古い屋敷での少年と少女の話なども素 晴らしかったし、物語の結末の造り方も良かった。 『スキゾ』 コンペティション部門で主演男優賞を受賞した作品。 カザフスタンを舞台に、病気のために「スキゾ」と仇名され る少年を主人公にした物語。 少年は病気故に知恵遅れと見做されており、母親の恋人が仕 切る違法な拳闘試合で選手の世話をしていたが、ある日、致 命傷を負った選手の賞金を託され、彼の妻の許に届けたこと から人生が変り始める。 一目でその女性を好きになった少年は、いろいろな悪知恵を 働かし始めるのだ。 本当に彼が知恵遅れかどうかは判然としない。しかし本当に 賢くなくても、世の中を上手く渡って行いけるしたたかさ。 そんな小気味よさが上手く描かれた作品だった。 正直に言って上手く行き過ぎの感もある作品だが、監督はド キュメンタリーの出身ということで、社会を見つめる目には 鋭さが感じられる。その辺の裏打ちの確かさが、映画に存在 感を与えている感じがした。それでいて娯楽作品という感じ だ。 映画祭ではいろいろな国の作品が上映されるが、その中でそ れぞれの国の国情が見えてくるのも有意義なことだ。もちろ んドラマ作品であるから、真実からは誇張や隠蔽もあるだろ うが、それでも垣間見える真実をしっかりと見届けたいと思 った。 『ダンデライオン』 映画は巻頭、自殺を示唆する映像からスタートする。この映 像は主人公の夢であることが次ぎに明らかにされるが、この 映像の持つ意味が最後まで不明のままに終わってしまう。 主人公は郡議会の議員を目指す父親を家長とする一家で暮ら している。しかし父親との会話はなく、家族の揃う食卓も殺 伐としている。 そんな一家の近所に母娘の家族が引っ越し来る。彼はその家 の少女とつきあうようになるが、彼女の家にも問題は多い。 他にも親友はいるが、その家にも家庭内の問題はある。そし てある事件が起こり… アメリカが舞台で、アメリカの抱える家庭の問題が次々とえ ぐり出されるような作品だ。といってもこのような状況は日 本でも考えられるし、家族という視点に置いたときに直面す るドラマを描いている。 共感するところもなくはないし、良くできた作品だとは思う のだが、ただ映画は妙に冷静に描かれていて、その辺で何か 作り物めいた感じがした。 もちろんフィクションだから作り物でも良いのだが、足の置 きどころというか、物語と作者の距離が違う感じがした。そ れでは体験なしには何も描けないのかと言われそうだが、そ うではなくて、その距離を埋める努力が本作では感じられな かったものだ。 『大統領の理髪師』 コンペティション部門で最優秀監督賞と観客賞を受賞した作 品。 韓国の大統領官邸・青瓦台の近くに住み、朴大統領時代に青 瓦台の理髪師として、大統領を始め政権トップの髪を切り続 けた男の人生を描いた作品。 といっても、最初に大きくフィクションですと出る通り、こ の映画はその政権内部の抗争を戯画化してコメディタッチで 描いている。しかしその描き方には毒が充満し、良くこれだ け描けたものだとも思わせるが、それだけ観客への受けは良 いものになったようだ。 語り手は主人公の息子。この息子は父親と店に働きに来てい た女性の間に生まれるが、これが李政権による四捨五入政策 (?)のおかげという辺りから毒が撒かれ始める。やがて父 親は秘密警察のトップの差し金で諜報機関の陰謀を摘発する ことになり、その功績で青瓦台に呼ばれることになる。 そして仕事が始まるのだが、世間では北からの伝染病が蔓延 し始め、それによって近所の人々が処刑されたり、ついには 息子までもが逮捕されてしまう。そしてその息子を取り戻す ため、父親の活躍が始まるが… 正直に言って日本人の僕らには判りにくいところもあるが、 腐敗して行く政権内部の様子などはどの国でも同じようなも のだろうから、その意味では充分に楽しめる作品だった。監 督賞もうなずけるところだ。
|