井口健二のOn the Production
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2004年09月14日(火) エイプリルの七面鳥、ゴースト・ネゴシエーター、沈黙の聖戦、ソウ、恋に落ちる確率、赤いアモーレ、アンナとロッテ、約三十の嘘

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『エイプリルの七面鳥』“Pieces of April”       
『アバウト・ア・ボーイ』などの脚本家ピーター・ヘッジス
の初監督作品。                    
アメリカ中のオーヴンが七面鳥を焼くために忙しくなるとい
う感謝祭。その日、エイプリルは、離れて暮らす家族を招待
して七面鳥を焼こうと決心する。実は、母親と反りの合わな
いエイプリルは、今まで母親のために料理などしたことが無
かった。しかし母親がガンで余命いくばくもないと判り、そ
れをする気になったのだ。               
ところが下ごしらえも済み、いざ焼きに入ろうとしたとき、
オーヴンが点火しないことが判明する。彼女はアパートの各
部屋を訪ね、オーヴンを借りようとするのだが…。    
一方、招待を受けた家族は父親が運転する車で、エイプリル
の住むN.Y.へと向かう。同乗するのは母親、弟、妹、そ
して祖母。しかし、エイプリルとの思い出が不愉快なものば
かりの一家は、思い出すたびに停車を余儀なくされ、行程は
遅々として進まない。果たして、一家は揃って感謝祭の七面
鳥を食べることが出来るのか。             
ほぼ同じ年頃の娘が、一人暮らしを希望して家を出ている一
家の父親としては、いろいろ思い当たる節もあるし、所詮家
族ってこんなものだろうとも思える。その辺のところが、実
に見事に描かれた作品だ。               
人種の坩堝と言われるN.Y.で、人種を超えて協力ができ
あがって行く描き方も素晴らしかったし、いろいろ描くべき
ことがちゃんと描かれている。ある意味、理想論の映画かも
知れないけれど、そんなところが素敵な作品だった。   
なお、本作でオスカー候補にもなった母親役のパトリシア・
クラークスンと、主人公エイプリル役のケイティ・ホームズ
の演技が素晴らしく、ホームズ出演の“Batman Begins”が
益々楽しみになってきた。               
                           
『ゴースト・ネゴシエーター』             
東京テアトルを中心にした“ガリンペイロ”製作による邦画
作品。先に紹介した『犬猫』がその第3弾で、本作が第4弾
となる。                       
現世に出没する幽霊と直接交渉し、成仏させるエキスパート
を主人公にした日本映画。               
主人公は、高校時代の事故で幽霊が見えるようになってしま
った女性。その特技を活かしてこの職業に就いていたが、現
在は結婚して仕事を辞めようと思っている。そして最後の仕
事として臨んだ新婚家庭の幽霊も、彼女なりに決着をつけた
のだが…。                      
その夜、デートの最中に仕事の依頼が入る。その幽霊は八王
子の音楽大学に出没するもので、すでに普通の人の目にも見
えるほどに力をつけていた。              
タイトルからして『ゴーストバスターズ』からのインスパイ
ア作品であることは判るが、視覚効果満載で描かれたハリウ
ッド作品に比べて、チープな作品であることは否めない。と
は言うものの、アイデアでは良い線に行っていると思ったの
だが…。                       
何だか、展開にもろにチープさが出てしまっているような作
品になってしまった。                 
第1に、音楽大学で歌われる歌が『恋のバカンス』というと
ころから退いてしまう。それを歌う幽霊が南野陽子だから難
しい歌は無理だったのかも知れないが、それにしても、とい
うか、いくらなんでもという感じにさせられてしまう。  
第2に、設定を延々とナレーションする感覚も判らない。こ
れは往年のテレビ番組のパロディのつもりらしいが、時代錯
誤というか、しかもここだけパロディにしても自己満足でし
かない。もちろん中にもそれなりの衣装なども出てくるがパ
ロディが生きていない。                
他にもいろいろあるが、大体この映画は展開にいろいろなエ
ピソードが多すぎる。だからそれぞれのエピソードの底が浅
くなってしまっているし、その結果全体の印象が薄っぺらな
ものになってしまっている。              
例えば主人公が仕事を辞めたい理由も、これだけでは物足り
ないというか、ここにもっとドラマがあっていい。それに、
ちゃんと納得できるような交渉をしているシーンも、一つは
見せるべきだろう。逆に、はなわのエピソードなど何のため
にあるのか、必要性が感じられない。          
と、ここまで脚本の問題点を羅列したが、多分、この脚本は
読めば面白かったのだろうと思う。しかしそれは、読む側が
行間を埋めていたからで、その行間を埋めて固定した映像に
して提示するという作業が、本作では監督によってなされて
いない。                       
大体、試写で配られたプレス資料に監督の言葉が無い辺りか
ら、監督のこの作品に対する思い入れの無さが見えてくる。
本職はテレビの監督らしいが、とりあえず脚本通りに撮りま
したでは、この手の作品は面白くはならない。      
『犬猫』は、製作費的にはもっと低予算だったろうと思える
が、あの作品には監督の思い入れがいっぱい詰まって、それ
が見る側に伝わってくる嬉しさがあった。しかしそのような
感覚がこの作品からは伝わってこない。         
それと、本来、日本映画においてプロデューサーは脚本を兼
ねるべきではないと思う。しかも新人監督に撮らせるような
作品では…。結局この映画では、その辺から全てが野放しに
なってしまって、作品に文句を言える人が内部にいなかった
ところに問題がある。                 
再びプレス資料によると、プロダクションノートを寄稿して
いるアシスタントプロデューサーの人には、それなりの感覚
があったようなのだが、その感覚を活かせるような製作体制
を作ることが必要のように感じられた。         
以上、必要があると感じるのでここに記す。ただし僕は『犬
猫』は好きだし、この映画も嫌いではない。       
                           
『沈黙の聖戦』“Belly of the Bast”          
スティーヴン・セガールと、『HERO』『LOVERS』
のアクション監督=チン・シウトンが手を組んだアクション
作品。                        
タイを舞台に、娘を反政府組織に誘拐された元CIAのエー
ジェントが、娘の救出のために作戦を繰り広げる。    
セガールは実際に元合気道の師範で本格的な武道家。一方、
シウトンはワイアアクションで時代を築いた人。この2人が
手を組んで一体何が始まるかというところだが、残念ながら
まだ完全にしっくりとは行かなかったようだ。      
特に前半は、セガールは深呼吸と合気道の形をしているだけ
で、相手が勝手にすっ飛ぶといったワイアアクションが目立
ち、水と油のような感じがした。            
しかし後半、トム・ウーとの絡みで1対1の勝負となったシ
ーンや、その前の女優の名前は不明だが、謎の女レナとの闘
いの辺りは、多分相手の俳優がシントウFXを判っている面
もあるのだろうが、それなりの見せ場になっていた。   
この部分をもっと作り込んで、映画の全体に活かせるように
なれば、面白いアクションが生み出される可能性はあるとも
感じた。                       
セガールも、ハリウッド大手を離れてからはなかなか良い作
品に出会えないが、まだ52歳、もう一と花咲かせてもらいた
いものだ。                      
なお、お話はいつもの通りなので、あえて紹介はしないが、
勧善懲悪ハッピーエンドの展開は、安心して見ていられる。
                           
『ソウ』“Saw”                    
今年2月の米サンダンス映画祭で絶賛され、カンヌ映画祭の
マーケットで世界中の映画会社が飛び付いたという作品。 
10月末の日米同時公開では、アメリカはライオンズゲートの
配給で2000館の拡大上映が行われ、日本も全国一斉の公開が
決まっている。                    
荒廃した、巨大なバスルームらしい白いタイルで覆われた空
間。その対角に位置するパイプに鎖で繋がれた2人の男。そ
の間に転がる死体。そして一方の男に、他方の男を殺せば助
けてやるという指令が下る。それは連続殺人鬼が仕掛けた巨
大なパズルだった。                  
サイコパスもので、いかにも異常なシチュエーション、作為
ありありの展開が宣伝の売りとなる作品。従来この手の作品
では、話題性はあるが、ヒットはそこそこというのが常識だ
ろう。それを敢えて拡大公開に踏み切るのは、興行者が今ま
での作品にない面白さを感じたからに他ならない。    
作品を作り上げたのは、原案・監督のジェームズ・ワンと、
原案・脚本・主演のリー・ワネル。僕が見た試写会では、2
人の挨拶と上映後ティーチインが行われた。       
2人はオーストラリアの映画学校の同級生ということで、プ
レス資料ではワネルがワンを立てている風が見えるが、実際
の作品には、ワネルの脚本の見事さが光る。       
ティーチインでの質問にもワネルが主に答えていたし、脚本
に関する質問の答えで、撮影中に細かな修正はしたが、決め
のせりふは絶対に動かさなかったという辺りには、自信があ
ふれていた。                     
この脚本に、8分のDVDを添えたオファーに対して、ケア
リー・エルウェズ、ダニー・グローヴァー、モニカ・ポッタ
ーらが応じたのだから、脚本の完成度は本当に高かったとい
うことだろう。                    
物語は、閉じ込められた2人の男の行動と、過去の経緯の説
明、同時進行で進む別の事件などが交錯するが、それらの結
びつきが巧みで混乱が無く、これほど判りやすい映画は見た
ことがないと思えるほど上手く作られていた。      
R−15指定なので、多少血みどろのシーンはあるがスプラッ
ターというほどではない。               
なお、アメリカでは突っ込みどころの沢山ある映画というこ
とで、ティーチインでもその手の質問が出ていたが、ほとん
どは枝葉末節の意見だった。              
すでに、業界の人にもリピーターが出ているようで、これは
ちょっと行けそうな感じだ。              
                           
『恋に落ちる確率』“Reconstruction”         
昨年のカンヌ映画祭でカメラ・ドールと批評家週間最優秀作
品賞を受賞したデンマーク製作の作品。         
舞台はコペンハーゲン。恋人もいて友達にも恵まれた男が、
ふと行き違った女性に魅かれてしまう。女性は作家の妻で、
夫の講演会に同行してスウェーデンから来ていたが、夫は作
品の仕上げにも忙しく、相手にされずに一人で街を彷徨って
いたのだ。                      
そんな2人が出会い、恋に落ちるが、女とベッドを共にした
男が自宅に戻ると、そこでは彼が住んでいた部屋そのものが
消失し、友達も恋人さえも彼の存在を記憶していない。別の
女を愛したことが、彼の住む世界そのものを変えてしまった
ようだ。                       
男は、作家の妻との逃避行を望みながらも、元の恋人も忘れ
られない。しかし彼が元の恋人を再び愛したら、作家の妻の
記憶から彼の存在が消えてしまうことに…。そんな究極の選
択を迫られる物語。                  
男女の関係の一つの側面が描かれていると言えばそんなもの
だろう。この条件では、普通なら心変わりした男の方が、恋
人や女の存在を忘れてしまうのだろうが、それを逆にしてみ
たという感じだろうか、そんな特殊なシチュエーションが実
に上手く描かれていた。                
しかも本作では、登場する元の恋人と作家の妻を同じ女優が
演じているから、よけいに話が面白くなる。もちろん髪形な
ども大幅に変え、別人としての配役だが、見ている方として
は、男が女に弄ばれているような感じにも写る。     
しかし2人が別人であることの証が、彼に住んでいた部屋の
消失という物理的な変化で描かれる訳で、その辺の脚本の巧
妙さにも感心した。                  
撮影は全てコペンハーゲン市内で行われているが、空中写真
で登場人物たちの位置を示すなどの手法も使われ、その辺の
斬新さがカメラ・ドール受賞につながったようだ。    
なお、原題は上記の英語題名が使用されており、その意味と
登場人物の一人が作家という設定からは、別のテーマも読み
取れるが、それは物語の本質では無いと思う。      
                           
『赤いアモーレ』“Non ti Muovere”          
セルジオ・カステリット脚本・監督・主演、ペネロペ・クル
ス共演による2004年イタリア映画。           
主人公は、学会発表も行うベテランの医師。医師の妻はジャ
ーナリストで、彼は妻を愛してはいるが、避妊リングを装着
している彼女に距離も感じている。そんなある日、彼の車が
道端で故障し、彼は、自宅の電話を貸してくれた女性を襲っ
て強姦してしまう。                  
その女性は、移民の子で雑草のように生きている女。しかし
再び女性の元を訪れた医師は、彼女を愛し続けると同時に、
妻にも子供を持つことを希望する。そして…。      
物語は、主人公の娘が交通事故で瀕死の重傷を負い、主人公
の勤める病院に運び込まれるところから始まる。その発端以
後、時間を縦横に行き来して物語が綴られて行くが、その構
成が実に巧みで素晴らしかった。            
監督の妻でもあるマルガレート・マッツァンティーニ原作、
イタリアではベストセラーになり、文学賞も受賞した小説の
映画化。原作は、主人公の回想という形で描かれているよう
だが、映画化ではその時々の物語として描くことで、妻以外
の女性を愛した男と、そんな境遇でも男を愛し続ける女の至
上の愛が見事に描かれる。               
ヴァラエティ紙の評ではペネロペ・クルスの変貌ぶりが評価
されたようだが、女優ならこのくらいはやるだろうという感
じではある。しかし、かなりきついメイクで登場していた彼
女が、途中でその化粧を落とすシーンには、なるほどと思わ
せるものがあった。                  
                           
『アンナとロッテ』“De Tweeling”           
オランダの女性作家テッサ・デ・ローが1993年に発表したベ
ストセラー小説の映画化。               
第2次世界大戦前のドイツに生まれ、両親の死によって一人
はドイツの貧しい農家、もう一人はオランダに裕福な家庭に
引き取られた幼い双子の姉妹の生涯を描いた歴史ドラマ。 
ドイツで育った姉は自立し、オーストリア出身のナチ親衛隊
の将校と結ばれる。オランダに育った妹はユダヤ人との親交
も結び、音楽とドイツ語を学びながら、母国への留学を夢見
る。そしてナチス台頭の中、姉妹の運命は激動して行く。 
物語は、仲良く歌い遊ぶ幼い姉妹の描写から始まる。そして
一転して現代の老いた姉が妹を訪ねるシーンが続くが、姉の
態度には躊躇が見られ、再会した妹の態度はそっけない。そ
の間の2人に何があったのか。その歴史が綴られて行く。 
ドイツ人の姉妹の運命を、そのドイツに侵攻されたオランダ
の作家が描いた物語。ナチスの政権下でその情報しか持たな
い姉と、オランダでユダヤ人も多くいる中で暮らす妹。その
ギャップは、僕らには完全には理解できないけれど、ここに
描かれる物語はその一端を見せてくれる。        
もちろん大きな歴史の流れの中で、個々人の生き方は世情に
左右されるしかない面はあるのだけれど、お互いの持つ情報
の違いが、あんなにも良かった姉妹の仲を、いとも簡単に引
き裂いてしまう。そんな歴史の非情さを見事に描いた作品だ
った。                        
                           
『約三十の嘘』                    
土田英生の同名の舞台劇の映画化。安物の羽毛蒲団を高値で
売りつける詐欺師のグループを描いた作品。土田と、『とら
ばいゆ』の大谷健太郎、そして『ジョゼと虎と魚たち』の渡
辺あやが共同で映画用の脚本を書き、大谷が監督した。  
舞台は、大阪発札幌行きのトワイライトエキスプレス。その
列車のスーパー・スィート・ルームに5人の男女が乗り込ん
でくる。それは、年に数億稼ぐと言われた伝説の詐欺師グル
ープの再会だった。                  
しかし彼らは3年前、仲間の裏切りで稼ぎを持ち逃げされ、
リーダー格の男は自信を無くしてグループを解散してしまっ
たのだ。そして当時の2番手の男が、元リーダーも含めた再
召集を掛け、彼らは集まってきたのだが…。そこにもう一人
の参加者が現れる。                  
物語は、その行きの様子が描写された後、一転、詐欺に成功
して7千万円の札束を納めたスーツケースを囲んでの帰路が
描かれる。そしてそこでの仲間同士の疑心暗鬼、虚々実々の
展開が描かれる。                   
これを演じるのが、椎名桔平、中谷美紀、妻夫木聡、田辺誠
一、八嶋智人、伴杏里。あと2人ほどせりふのある役はいる
が、事実上この6人だけで進む物語だ。しかも舞台は列車の
中。見るからに舞台劇という感じの作品だ。
ただし、元の舞台では恋愛劇はなかったということだ。これ
に対して映画では、椎名、中谷、妻夫木の三角関係が微妙に
上手く描かれていて、全体として良くできた展開になってい
る。それのなかったという舞台劇が信じられないくらいだっ
た。      
俳優の演技は、日本映画にしては概ね良好。多少引っかかる
部分も他のメンバーが上手くカバーしていた。もちろんナチ
ュラルでないことは日本映画の常だが、元々詐欺師の話とい
うことなので、その辺は了解しやすかった感じはある。  
それと映像では、トワイライトエキスプレスの疾走するシー
ンが随所に織り込まれ、これが結構良いアクセントになって
いた。特に、途中で真昼に空撮されたシーンでは、完璧なパ
ンフォーカスで、まるでジオラマの中を走る模型のような映
像があり、これが見事。この部分は、鉄道ファン、模型ファ
ンにも見てもらいたい感じがした。           
なお、映画に登場するスーパー・スィート・ルームは現実に
は無いということで、それも嘘っぽくて良い感じだった。 


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井口健二