井口健二のOn the Production
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2004年07月31日(土) LOVERS、珈琲時光、リディック、アラモ、最狂絶叫計画、ティラミス、お父さんのバックドロップ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『LOVERS』“十面埋伏”             
チャン・イーモウ監督の『HERO』に続く武侠映画。  
監督は、『HERO』の来日記者会見で、武侠映画は癖にな
りそうだと語っていたが、その発言通り第2作が誕生した。
しかも『HERO』のときは初めての武侠映画で、色使いな
どにイーモウらしさはあったものの、全体は明らかにアクシ
ョンに流されていたのに対し、本作『LOVERS』では、
主人公3人の感情の起伏が見事に描かれ、間違いなくイーモ
ウの映画になっている。                
時は西暦859年、中国は唐の時代。その朝廷を脅かす一大勢
力・飛刀門。しかしその組織は謎に包まれ、その本拠の所在
すらも知れなかった。                 
そこでその本拠を探るべく、罠が仕掛けられる。それは飛刀
門の頭目の娘と思われる盲目の踊り子を一旦逮捕し、官吏の
一人が彼女の脱走を手助けして信用させ、本拠地へと案内さ
せようというものだ。                 
その任に付くのは金。金は女性を救出し、彼女の言うままに
北へと馬を走らせる。しかしその後を追うのは事情を知らな
い朝廷の派遣した兵士たち。金は任務の遂行のため壮絶な闘
いを強いられる。そして彼女も見事な闘いを披露し始める。
この盲目の踊り子をチャン・ツィイー、金を金城武が演じて
いる。主人公にはもう一人、アンディ・ラウが演じる役柄が
あるが、上記の物語からも明らかなように、全体の展開の中
では、金城とツィイーの2人が主演と言っていい。    
また金城の役柄は、コミカルから壮絶なアクションまで幅広
い演技力が要求されるものだが、金城はイーモウ監督の初の
起用によく応えている。逆に彼の持っている演技の幅が、イ
ーモウに金城を起用させた理由のようにも感じられた。  
なお、アクションはワイヤーを多用したトリッキーなものだ
が、『グリーン・ディスティニー』を髣髴とさせそれを数段
上回る規模で行われる竹林での闘いや、遊郭でのツィイーの
踊りに絡ませたアクションなどが、随所に登場して息もつか
せず楽しませてくれる。                
『トロイ』のCGIアクションや、『キング・アーサー』の
物量を掛けた闘いのシーンも見事だが、本作のようにいろい
ろの仕掛けやワイヤーワークを駆使した生身の闘いも見応え
があった。                      
                           
『珈琲時光』“珈琲時光”               
小津安二郎生誕100年記念作品と銘打たれた台湾の侯孝賢監
督作品。歌手の一青窈を主演に、自立した女性のちょっとし
た日常が描かれる。                  
台湾で日本語教師をしながらフリーライターで生計を立てて
いる女性が主人公。彼女の、恋人と言っても良い古本屋の主
人(浅野忠信)や群馬県に住む両親(小林稔侍・余貴美子)
との交流が、淡々とした演出で描かれる。        
映画はワイド画面だが、巻頭スタンダードサイズの松竹のロ
ゴが登場する。                    
一方、物語の始めでは、鬼子母神近くの都電の走る風景から
写し出される。この都電は都内に住んでいる自分には意外性
はないが、都電が残っていることを知らない人が見たら、一
気に小津ワールドという感じなのだろうか。       
正直に言って、小津が描いた日本の風景など、現代の東京か
らは失われたものと考えがちだったが、この作品は、日本人
の目には写らない日本の風景を、外国人の監督の目によって
見事に写し出されてしまった感じだ。          
神田神保町の古本屋街の路地裏や、御茶ノ水駅での中央、総
武、丸の内3線の立体交差、これらは小津全盛の昭和20年代
から存在していたのだった、と今さらながら思い出された。
その一方で、風俗街なども写し出されるが、それも含めて東
京庶民の風景というところなのだろう。         
現代の東京を写したということでは、『ロスト・イン・トラ
ンスレーション』が比較の対象になりそうだが、あの訳の判
らない若者の生態より、僕はこの作品の方が納得できた。 
なお物語では、ちょっとした出来事はあるが、それでも時は
淡々と流れて行く。その出来事に対する父親の反応には、自
分も年頃の娘を持つ父親として共感するところもあり、全体
として良い感じの作品だった。             
                           
『リディック』“The Chronicles of Riddick”      
ヴィン・ディーゼル主演の2000年作品『ピッチ・ブラック』
の続編。                       
前作はディーゼルの出世作の1本だが、彼は、同様の『ワイ
ルド・スピード』『XXX』の続編への出演は断った上で、
本作では自身で製作も買って出て、前作のアンチヒーローを
再演している。                    
物語は前作の数年後。リディックは身を潜めて暮らす僻地の
惑星で刺客に襲われる。彼の所在を知るのは、前作で助けた
2人だけのはず。彼はその1人の住む惑星を訪れるが、その
惑星は未曾有の危機に直面していた。          
その危機とは、全宇宙の支配を狙う暗黒帝国の侵略。そして
悪を制するには悪を以てするとして、リディックに助けが求
められたのだ。そんな要望に応える彼ではなかったが、やは
り前作で助けた少女の行方を追う内に、徐々に事件に巻き込
まれて行くことになる。                
前作は一つの惑星が舞台で、暗黒となるその世界でただ1人
暗視の目を持つリディックが活躍したが、本作ではスケール
を大幅にアップして、かなり壮大な物語を展開する。   
今回は、暗視の目の効果は期待したほどには発揮されていな
かったが、異常な惑星の風景としては、日の出と同時に生物
を瞬時に焼滅させる焦熱地獄となる惑星が登場。そこでの昼
夜分岐線との競争などのアクションが、見事な迫力で描かれ
ていた。                       
この他にも、暗黒帝国の侵略の様子や敵の頭目との1対1の
対決なども、VFXを多用して見事に描かれている。また、
リディックに救援を要請する役を、デームの称号を持つ女優
ジュディ・デンチが演じて、物語を引き締めていた。   
なお、ホームページの第65回で、監督のデイヴィッド・トゥ
ーイが不規則発言をしたことを紹介したが、上映時間を2時
間前後とする上では、この編集で問題なかったと思う。  
トゥーイは、前作『ピッチ・ブラック』の時も、公開後にデ
ィレクターズ・カットを発表しており、今回もその目算があ
っての発言だったようだ。それが発表されたときには、それ
も楽しみたいというところだ。             
                           
『アラモ』“The Alamo”                
ジョン・ウェインの監督主演で1960年に映画化されたアラモ
砦を巡るテキサスとメキシコの闘いを描いた歴史ドラマの再
映画化。前作でウェインが演じたデイヴィ・クロケット役を
ビリー・ボブ・ソーントンが演じる。          
ウェインの描いたアラモでは、西部劇の英雄たちが馳せ参じ
た印象があるが、本作のクロケットは選挙に破れ、テキサス
は平和になっていると思い込んでアラモにやってくる。それ
でも闘いには進んで参加するのだが、毛皮の帽子はイメージ
を作るためだけと称して被らないし、多分真実はこんなもの
だったのだろうと思わせてくれる作品だ。        
実際、圧倒的なサンタアナ軍の前でアラモを守るなんてこと
は無謀だった訳で、でもやらなければならなかったことで、
しかもその結果は、これで勢いづいたサンタアナ軍を自滅に
追い込み、テキサス独立を成し遂げる。歴史とはそんなもの
だということだろう。                 
アラモはどうしても愛国心の発露のように捉えられるし、こ
の映画では両軍に別れて戦ったメキシコ人の存在や、奴隷の
存在なども描かれるが、結局反戦という思想には至らない。
つまり、この映画の撮影当時のイラク侵攻当初、勝ち戦の中
のアメリカでは格好の題材だったと言える。       
しかしこの映画で、圧倒的な武力を誇るのはメキシコ軍であ
り、テキサス(アメリカ)は侵攻される側、そしてそのメキ
シコ軍は結局敗北することになるという、かなり皮肉な展開
が待ち受ける。従ってイラク侵攻が勝ち戦のまま進んでいれ
ば、それに対する批判にもなったかも知れない。     
だが、現実のイラク侵攻が批判の的となっている状況では、
この映画は愛国心を高揚させようという目的にしか見て取れ
なくなる。これも皮肉な結果としか言いようがない。   
ソーントン演じるクロケットが、結構ひょうきんで愛すべき
人物だったり、デニス・クエイド演じるサミュエル・ヒュー
ストン将軍がしっかりした戦略を持っていたり、なるほどと
思える描き方も多く、歴史ドラマとしては面白かった。特に
ソーントンは、多分頬に含み綿を入れて風貌まで変えての出
演で、良い感じだった。                
                           
『最狂絶叫計画』“Scary Movie 3”           
2000年と2001年にそれぞれキーネン・アイヴォリ・ウェイア
ンス監督によって発表されたホラーパロディシリーズの第3
弾。                         
ただし今回は、前作までの監督と、脚本を担当したマーロン
&ショーンを含むウェイアンス一家は映画会社との契約切れ
のため参加しておらず、替って監督を、『裸の銃(ガン)を
持つ男』シリーズなどのベテラン、デイヴィッド・ザッカー
が担当している。                   
このシリーズに関しては、僕は第1作は見たはずだが、基本
的にウェイアンス一家の下ネタオンパレードが耐えられず、
第2作は見に行かなかったと記憶している。従って今回の製
作スタッフが交替すると聞いたときには、僕的にはちょっと
喝采したものだ。                   
ということでザッカー監督による新生『絶叫計画』だが、当
然のことながら作品はかなり真面目に作られている。題材に
されるのは、『ザ・リング』と『サイン』を中心に、『8M
ile』『マトリックス・リローデッド』といった作品群だ
が、それぞれオリジナルのファンとしても不快になることは
なかった。                      
お話は、チャーリー・シーン扮する元神父の農夫のトウモロ
コシ畑にミステリーサークル(?)が現れ、その弟は最高の
ラッパーを目指してバトルに参加し、一方、第1作では女子
高生だったシリーズレギュラーのアナ・ファリスは今回はニ
ュースレポーターに成長して死のヴィデオの謎を追っている
が…、といった具合。これにクィーン・ラティファ扮する預
言者や、ザッカー作品には常連のレスリー・ニールセンも登
場する。                       
実は、前々作はパロディと言っても恐怖シーンの再現などは
それなりに丁寧で、その意味での楽しみもあったが、今回は
『ザ・リング』以外の元ネタはホラーではないし、しかも下
ネタが封じられている分、正直に言ってパンチ力は今一つか
も知れない。                     
しかし、登場するパロディはどれも判りやすいし、その意味
ではパロディ映画の入門編のような感じとも言える。少なく
とも上記の4本を見ている人には、そこそこ笑ってもらえそ
うだ。特に『ザ・リング』のヴィデオに対する突っ込みは、
いろいろと面白かった。                
                           
『ティラミス』“戀愛行星”              
ニコラス・ツェー主演のファンタスティック・ラヴストーリ
ー。耳の聞こえない青年がダンサー志望の女性に一目惚れす
るが、彼女はその直後に事故死してしまう。そして幽霊とな
った彼女は、青年を頼りに自分の仲間たちのコンテスト優勝
を見届けようとするが…。               
夜は独立に幽霊としていられるが、太陽の下では彼の身体に
乗り移っていなければならないとか、その間は青年の耳が聞
こえるようになるとか、いろいろな設定がされているが、そ
れらがうまく説明され、さらにそれを活かした物語の展開が
用意されている。                   
中国=香港映画で幽霊ものは定番だが、さすがに手慣れてい
るというか、うまく物語が作られていた。また、子供や老人
を使った展開もエピソードとしてうまく填っていた。後半に
ちょっと強引な展開もあるが、それも何となく許せるという
ところだ。                      
あばたもえくぼ的評価になってしまっているが、実際この種
の物語を破綻なく描き切るというのは容易なことではないも
ので、それをさり気無くやってしまっているところがこの映
画の素晴らしさとも言える。              
ツェーは、ダンスやピアノの演奏なども披露するが、どこか
らが吹き替えか判らないほどよくやっている。彼のファンに
は堪らない一編だろう。                
                           
『お父さんのバックドロップ』             
先日亡くなった中島らもが、1989年に発表した児童向け作品
の映画化。弱小プロレス団体のスターレスラーだが40歳の坂
を越えてしまった父親と、父親がプロレスラーであることが
恥ずかしくてならない小学4年生の息子が、親子の絆を取り
戻そうと苦闘する物語。                
原作がどのような展開かは知らないが、映画で盛りを過ぎた
格闘家が無謀な挑戦をするという物語は、『ロッキー』を思
い出さずにはいられない。それならもっと感動的な展開もあ
ったはずだが、そうしていないのは、わざとだろうか。  
実際、主人公の決め技がバックドロップであることは題名か
らも知れるが、僕は聞きかじりでその技のあり様を知ってい
るから了解できたが、そういう事前の知識の無い観客にこの
映画の説明で足りるのだろうか。            
またこの映画では、父親と息子の2人が主人公として描かれ
ているが、おかげで全体の印象が散漫になっていることも否
めない。やはり映画にするなら、どちらか1人に集中させる
べきだったようにも思える。              
いずれにしてもこの作品は、脚本に多少難があると考える。
脚本は、1993年『月はどっちに出ている』や1998年『愛を乞
うひと』で各賞を総嘗めにした鄭義信。         
実際この物語では、当然最後の闘いが盛り上げどころだが、
『ロッキー』以上に無謀なこの闘いで勝機を得るには、それ
なりの準備が必要だろう。               
ここで謀略などは願い下げだが、例えば策略に長けていそう
な生瀬勝久演じる菅原に、勝機を得るためのヒントをもらう
などの展開はあると考える。ただ鍛練のみの準備では話が甘
すぎるし、その辺の捻りを入れるところが映画を面白くする
ものだ。                       
逆に、息子の同級生にバックドロップの意味を説明させるの
でも良い。いずれにしても、この父親にも微かな勝機がある
ということを事前に観客に知らせておく必要がある。レスリ
ングはボクシングとは違う。その違いを活かした展開が必要
だったと思える。                   
苦言ばかり呈してしまった感じだが、僕はこの映画が嫌いで
はない。父親を演じる宇梶剛士も、息子を演じる神木隆之介
も、近所の焼肉屋の店主を演じる南果歩も、学友を演じる田
中優貴も、祖父を演じる南方英二をよくやっている。特に、
息子役の神木が良かった。               
だから逆に最後の一押しが足りないようで、残念に感じるも
のだ。                        


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