井口健二のOn the Production
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2004年05月14日(金) イブラヒムおじさんとコーランの花たち、トロイ、ヒロイック・デュオ、トスカーナの休日、カーサ・エスペランサ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』       
      “Monsieur Ibrahim et les Fleurs du Coran”
オマー・シャリフが、2003年のヴェネチア映画祭で特別功労
賞を受賞した作品。                  
1960年代のパリの裏町を舞台に、街娼の居並ぶその町に住み
家族の愛情を知らずに育ったユダヤ人の少年と、トルコから
の移民でやはり家族を持たないイスラム教徒の老人の交流を
描いた物語。                     
ユダヤ人とイスラム教徒。今の時代では、それだけでいろい
ろな考えが浮かんでしまう組み合わせだが、1960年代の彼ら
は何の屈託もなく、互いに信頼の置ける関係として物語は進
んで行く。                      
主人公の少年モモは、13歳の誕生日に16歳と偽り、長年貯め
た貯金箱の金で街娼を買う。そんな彼を、日曜日にも朝8時
から夜12時まで店を開けていることからアラブ人と呼ばれて
いる老人は、いつも優しい眼差しで見守っている。    
しかし老人は、トルコからアラビア半島までを指す三日月地
帯の出身で、コーランを読むイスラム教徒と名乗るが、戒律
主義を否定するスーフィーだから飲酒も厭わないと言う。そ
して本当は別のユダヤ人の名前を持つ少年を、親しみを込め
てモモと呼ぶ。                    
一方、少年は、割礼をしているイスラム教徒の老人に、ユダ
ヤ人と同じだとして、親しみを持つ。そんな2人の交流の始
まりから、互いの信頼を築いて行く姿が描かれる。    
1999年の『13ウォリアーズ』以降、一度は引退を考えていた
シャリフは、この作品に出会い、映画界への復帰を決めたそ
うだ。現代の、互いの信頼が失われ、それを再構築しようと
さえしない時代に、この映画は大きなメッセージを伝えてく
れる。                        
                           
『トロイ』“Troy”                  
ブラッド・ピットが演じるアキレス、オーランド・ブルーム
のパリス、エリック・バナのヘクトル、そして、監督ウォル
フガング・ペーターゼンが繰り広げるホメロスの叙事詩「イ
リアス」にインスパイアされた歴史絵巻。        
トロイの王子パリスによるスパルタの王妃ヘレン誘拐に端を
発し、トロイとギリシャ軍との間で10年に渡って戦われたト
ロイ戦争。その戦いの全貌が、CGIなどの最新の映画技術
を駆使して再現される。                
CGIで描いた戦いというと、最近では“The Lord of the
Rings”が比較の対象になるが、魔物も登場するLOTRに比べ
るとスケールや多彩さでは一歩譲るものの、肉弾合い打つと
いうリアルさでは、本作は迫力満点に描かれている。   
元々の物語は、ヘラ、アテナ、アフロディテの3女神による
美の競い合いに始まり、アキレスやオデッセウスなどの神話
の人物も巻き込んで展開するが、今回の映画化では、一応ア
キレスは神の血を引くとされているものの、全体は人間ドラ
マとして描かれている。                
従ってトロイ戦争もかなりリアルな描き方で、登場する武器
は弓矢と剣、槍や矛と行った普通のものばかり、そしてこれ
らを力任せに打ち合うという戦い方なのだから、まさに古代
の戦いが再現されているという感じだった。       
ただし、その中でアキレスだけは特別で、人物としては人間
臭く描かれているものの、戦いぶりは身軽さを強調した殺陣
が見事に決まっていた。実際この部分はVFXを使って描か
れている訳だが、リアルとノンリアルが見事に交錯してその
バランスも見事だった。                
ギリシャ一の美女ヘレン役は、『ミシェル・ヴァイヨン』に
も出ていたドイツ出身のダイアナ・クルガー。他に、ブライ
アン・コックス、ショーン・ビーン。またピーター・オトゥ
ール、ジュリー・クリスティらのベテランも共演している。
上映時間2時間40分の大作だが、事前に展開を知っているせ
いかも知れないが、ちょっと短く感じられるくらいだった。
                           
『ヒロイック・デュオ−英雄捜査線−』“双雄”     
本土の返還以来、ちょっと勢いの落ちていた香港映画だが、
昨年の『インファナル・アフェア』以降、復活の兆しを見せ
始めたとも言われている。そんな新生香港映画の一篇。  
映画の発端は、催眠術によってベテラン刑事が犯した犯罪。
その事件を追う刑事は、殺人の罪で服役していた催眠術師を
事件の捜査のために仮釈放させる。しかし、その刑事もまた
催眠術に掛かり罪を犯してしまう。           
自分自身が追われる身となった刑事と、彼に援助の手を差し
伸べる仮釈放中の催眠術師。催眠術師は果たして事件解決の
糸口なのか、二人の虚々実々の心理戦が始まる。     
クンフーを中心にアクション映画の一時代を築いた香港映画
だが、その香港映画が開発したワイアーワークは、逆に訓練
を積んでいないハリウッドスターでも華麗なアクションが可
能なことを証明してしまい、結局自らの首を絞めてしまった
感がある。                      
そんな香港アクション映画がようやく復調してきたというこ
とだが、確かに本作で描かれるアクションは、ある意味で原
点に戻った感じもする。スタントシーンには、当然安全策は
講じられているのだろうが、何というか生身のアクションと
いう感じがした。                   
ただし本作は、話をちょっと捻り過ぎて、かえって散漫にな
ってしまった感じもする。その辺のバランス感覚を磨き直し
て、往年の香港映画の輝きを取り戻すことを期待したい。 
                           
『トスカーナの休日』“Under the Tuscan Sun”     
夫に裏切られて離婚した女性ライターが、傷心旅行先のイタ
リアで一軒の家を衝動買いしてしまったことから始まる人間
ドラマ。果たして彼女は、その家に賭けた自らの思いを遂げ
ることが出来るのか。                 
原作は、実際にトスカーナに家を購入したアメリカ人作家の
回想録ということだが、実はこの原作には映画化できるよう
なドラマはなかったそうだ。              
そこにドラマを構築したのは、監督も手掛けたオードリー・
ウェルズ。1997年に公開された『ジャングル・ジョージ』の
共同脚本家の一人でもある彼女は、本作の脚色では原作には
ない人物を主人公にして、見事なドラマを作り上げている。
なお彼女は、『Shall we ダンス?』のハリウッドリメイク
の脚本も手掛けているということで、リチャード・ギア、ジ
ェニファー・ロペス共演で、この秋全米公開される作品も楽
しみになってきた。                  
お話は、家を購入するまでの経緯や購入した家の改修工事の
顛末、そしてそれを取り巻く人間模様で、敢えてここに書く
ようなものではないが、そのドラマの展開が実に巧く、また
そこで語られるいろいろなエピソードが素敵なものだった。
さらにトスカーナ地方の風景の美しさ。風光明媚という言葉
がピッタリのこんな場所に素敵な家を見つけたら、僕だって
衝動買いしてしまうかも知れない。実際には無理でも、そん
な夢を見る気持ちにさせてくれる作品だった。      
                           
『カーサ・エスペランサ〜赤ちゃんたちの家〜』     
                 “Casa de los babys”
マギー・ギレンホール、ダリル・ハナ、マーシャ・ゲイ・ハ
ーデン、スーザン・リンチ、メアリ・スティーンバーゲン、
リリ・テイラーと、リタ・モレノ、ヴァネッサ・マルチネス
の共演、ジョン・セイルズ監督による社会派ドラマ。   
舞台は南米の架空の国、国力は貧しく、町にはストリートキ
ッズが溢れている。その国の唯一の輸出品は、映画の中でも
現地の登場人物が自嘲気味に言うように赤ん坊。つまりアメ
リカ人が現地の赤ん坊との養子縁組のためにやってきて外貨
を落として行くのだ。                 
そして上記の初めの6人は、その養子縁組のために当地を訪
れているが、その手続きには時間が掛かり長い人は2カ月に
も及ぼうとしている。そして滞在の資金が底を尽きかけた人
は、食費を削ってまで希望を繋ごうとしている。     
この手続きの長さには裏の事情も垣間見せるが、実際、セイ
ルズが映画のヒントを得たというベトナム戦争孤児との養子
縁組を描いたドキュメンタリーでも、1カ月以上待たされて
いるという話が出てきたそうで、その手続きの長さは現実の
ようだ。                       
ただし映画は、彼女たちの物語だけでなく、中年になっても
革命を夢見ている現地の男たちや、ストリートキッズの実態
なども描き、どこに焦点を絞れば良いのか迷うような展開に
なっている。それくらいに問題の根は深いところにあると言
いたいかのようだ。                  
しかし映画の中では、彼女たちの一人と現地人のメイドが、
母親になりたいと願う気持ちと、子供を手放した母親の気持
ちを、互いに理解できない英語とスペイン語で話すシーンが
見事に描かれており、監督の気持ちがここにあるようにも感
じた。                        
それにしても、オスカー受賞者3人を含む女優たちの共演が
見事。年齢もキャリアもばらばらな彼女たちが、それぞれの
個性を全開にした演技は、セイルズがキャスティング実現の
段階で、95%出来上がったと豪語しただけのことはある。 
この顔ぶれは、ハリウッド映画で主演を貼る人たちではない
かも知れないが、彼女たちのキャリアはハリウッド映画を語
る上で決して忘れてはならないものばかりだ。そんな個性派
の演技のぶつかり合いが素晴らしかった。        
それと、試写会で配られたプレスに寄稿された2つのエッセ
イが、映画の背景を知る上で貴重だった。この種のエッセイ
は、通常は言わずもがなのことが綴られていることが多いも
のだが、今回のエッセイは内容も鋭く、ここだけでなく広く
公表してもらいたいとも思った。            


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井口健二