井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2004年03月31日(水) スパイダーマン2、MAY、クリムゾンR2、dot the i、ミッシング、エージェントC、ヴェロニカG、キッチンS、深呼吸、コールドM

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『スパイダーマン2』(特別映像
7月10日公開予定作品のDirector's Previewと称する12分の
映像が上映された。実はこれが、本編映像としては世界初公
開で、しかもこの後は世界中どこでも公開の予定がないとい
うまさに特別映像だ
この種の特別映像というのも今までいろいろ見せてもらった
が、昨年の『ハルク』でPC出力をスクリーンに映しながら
ILMの担当者による解説を受けたのを除くと、実際は長め
の予告編といった感じものがほとんどだった。
ところが今回上映されたのは、多分映画の前半の見せ場とな
るシークェンスを丸々一つ。しかもこれが全くの未完成で、
CGのラッピングはされていないは、吊りのワイヤーは消さ
れていないは、バトルはまだアニメーションでキャラクター
にもなっていない。
つまり、これから7月の公開までに追い込みで作られて行く
VFX映像の大元のものが上映されたという代物だ。しかし
映像的には未完成といっても、動きなどの編集はすでにされ
ているもので、その迫力は充分に伝わってきた。
具体的な内容は、暴走する高架鉄道を舞台に、今回の敵役ド
ク・オクとの死闘が描かれたもので、しかもこの作品ではお
定まりのヒーローが一般市民に助けられる様子も描かれると
いう、作品中では最も重要なシーンと言えるもの。
こんなものを惜しげもなくという感じだが、逆に言えば、こ
ういう重要なシーンを未完成の状態で見せて、完成したらど
うなるのだろうと想像させるのも狙いなのかも知れない。
それにしても凄いものを見たという印象で、取り敢えずは完
成が待ち遠しくなった。

『MAY−メイ−』“May”
USCの映画脚本課を卒業したラッキー・マイキーという監
督が、学生時代の仲間と作り上げた自主製作映画。本作は昨
年の東京を始め各地のファンタスティック映画祭を席巻し、
監督は、すでに“The Woods”という作品でプロデビューも
果たしている。
子供の頃から抑圧されて育った少女が、ある日その発露を見
出すという『キャリー』タイプの作品。         
主人公のメイは動物病院で看護婦として働いている。今まで
ボーイフレンドを持ったことのない彼女は、ある日、町の自
動車修理工場で働く手のきれいな男性に恋をする。しかし男
性とのつき合い方の分からない彼女は、やがて彼に疎まれる
ようになってしまう。                 
そして彼女は、一部がきれいで好きになった相手でも、全部
になると嫌いになってしまうことに気がつく。さらに彼女は
首のきれいな女性や脚のきれいな女性、肩のタトゥーがきれ
いなパンク少年らを目に留める。
となれば、後はご想像の通りのスプラッターとなるのだが、
これがやるせなさ、切なさというか、メイの気持ちが巧く表
現されていて、スプラッター自体もさほどどぎつくもなく、
全体として巧くまとまった作品になっていた。この監督には
ちょっと注目だ。
なおメイを演じるのは、ゼフィレッリ監督作品やテレビでの
主演(TV版『キャリー』)もあるアンジェラ・ベティスと
いうプロの女優で、彼女の演技力というか存在感がこの作品
の完成度を高めているとも言えそうな作品だった。

『クリムゾン・リバー2−黙示録の天使たち』
  “Les Rivieres Pourpres--Les Anges de Apocalypse”
2001年にジャン・レノ、ヴァンサン・カッセル共演で日本公
開された作品の続編。
前作はジャン=クリストフ・グランジェ原作の映画化だが、
今回はリュック・ベッソンがキャラクターを借りて作り上げ
たオリジナル脚本によるもので、主演のジャン・レノは同じ
配役だが、相手役にはブノア・マジメルが起用されている。
フランス北部の修道院で、壁に十字架の形で埋め込まれた死
体が発見される。その事件の捜査に当るのはニーマンス刑事
(レノ)。一方、そのニーマンスが訓練学校の教官だったと
きに指導したレダ刑事(マジメル)は、別の殺人事件を追っ
ていた。そしてその2人が遭遇する。
別々の事件がまとまって2人の刑事が揃うという展開は前作
と全く同じ。この辺の手順の踏み方は、さすがリュック・ベ
ッソンらしいが、この展開は、今後シリーズ化された場合に
は踏襲されることになるのだろうか
そして今回の事件は、第1次大戦後にドイツ国境に作られた
巨大要塞マジノ線を舞台に、またまたナチスの亡霊が絡む事
件へと発展する
前作の雪の閉ざされた大学というのも雰囲気があったが、今
回のマジノ線というのは地下に設けられた巨大迷路のような
要塞で、いろいろの仕掛けも施されて、これまた奇っ怪な雰
囲気を醸し出している。
ただ前作は、この雰囲気が全体として落ち着いた流れになっ
ていたが、今回はこれに超人的なアクションを見せる謎の集
団が登場して、思い切り加速した展開になっている。
そしてまあ、この連中が走りに走るし、壁を乗り越えたり、
飛び降りたりのパフォーマンスが見事。これを追いかけるマ
ジメルのパフォーマンスも良かったが、全体にスピード、し
かも人間が出すスピードの限界という辺りを見事に描いてい
た。前作とはちょっと違った雰囲気かも知れないが、これは
これで面白い。
なお、『王の帰還』では出演シーンをすべてカットされたク
リストファー・リーが、本作では堂々と敵役を演じている。

『ドット・ジ・アイ』“dot the i”
2人の男と1人の女の三角関係を、ちょっと捻った角度で描
いたラヴサスペンス。
女性は、ストーカーから逃れるために母国スペインを離れて
ロンドンにやって来た。そこで彼女は、自分に尽くしてくれ
る裕福な男性と巡り会う。そして彼と結婚することになるの
だが、その独身時代に別れを告げるパーティで1人の男性と
出会ってしまう。
2人の男性の間で揺れ動く恋心、彼女はその気持ちを押さえ
最初の男と結婚するのだが、彼女の所在を突き止めたパーテ
ィの男との蓬瀬を重ねてしまう。しかも彼女の周辺には、ス
トーカーの影が見え隠れし始める。
かなり捻った展開で、最初のうちはちょっとやり過ぎの感じ
もしたが、その捻り具合が度を過ごす辺りから面白くはなっ
てくる。しかし、正直に言ってやり過ぎの感は最後まで強く
残り、その感じが消えないのは、やはり演出が未熟なのだと
思われる。
脚本監督は、詩人で、作家で、大学の先生でもあるというマ
シュー・パークヒル。短編映画の監督はしているようだが、
映画はもっと単純なもので充分なのに、今回はちょっと頭の
良さが出過ぎたと言うところだろうか。同じ題材で、例えば
ブライアン・デ=パルマが撮ったら、多分もっと気持ち良く
見られる作品になったことだろう。
とは言え、映画の展開自体は見るべきところはあるし、サン
ダンス映画祭で観客が熱狂したというのも判る。恐らくは、
日本の若い映画ファンも熱狂させることになりそうだ。

『ミッシング』“The Missing” 
ロン・ハワード監督が、ディズニーの大作“The Alamo”を
降板してまで撮ったトミー・リー・ジョーンズ、ケイト・ブ
ランシェット共演の西部劇
ブランシェットが演じるのは荒野に在する牧場で、治療師を
しながら女手一つで二人の娘を育て上げた気丈な女性。ある
日その牧場に一人の初老の男が訪ねてくる。彼は、女性が幼
い頃に、母と彼女を捨てて家を出ていった父親だった。
父親の行動が許せない彼女はけんもほろろに彼を追い出す。
しかしその日、町に出かけた娘たちが行方不明となり、よう
やく見つけ出した下の娘から、上の娘が人身売買の誘拐団に
さらわれたことを告げられる。
そして保安官や騎兵隊の協力も得られないと判ったとき、彼
女に残された道は誘拐団の素性も知る父親の協力を仰ぐこと
だった。こうして、母親の後を追うと言って聞かない下の娘
も含めた親子3代の追跡劇が始まる。
ジョーンズとブランシェットが、確執を持った親子を見事に
演じ切る。そこにユーモアやアクション、さらに超自然のイ
ンディアンの呪術までも織り込んで、とにかく2時間17分の
上映時間を一気に見せ切ってしまう。その巧さはまさに一級
のエンターテインメント、ハワード監督の手腕も光る作品と
いうところだ。
それに、下の娘を演じたジェナ・ボイドが良い。1993年生ま
れだから撮影時10歳ということになるが、馬は見事に乗りこ
なすし、ジョーンズ、ブランシェットを向こうに廻して引け
を取らない演技力もある。いやはや末恐ろしいことだ。

『エージェント・コーディ』“Agent Cody Banks” 
昨年3月14日の週末に第2位で初登場し、以後4週に亙って
ベスト10入りして、最終的には4700万ドル余りの興行成績を
記録した若年向けスパイコメディ。
スパイ物の雑誌が好きだったり、スパイグッズを購入しただ
けでCIAにスカウトされた少年が、サマーキャンプを装っ
た訓練プログラムで、スパイとして一通りのテクニックをマ
スターし、国家の危機を救うべく大活躍するというお話。
昨年公開された『コンフェッション』や、正月公開の『リク
ルート』でも、一般人を徴用してスパイを養成する話が出て
きたが、こう立て続けに見せられると、こういうお話が、唯
の作り話ではないような感じがしてきた。
それはさて置き、高校生の主人公は、学校ではいじめられっ
子的存在だが、実は空手やドライヴィングテクニックも抜群
で、そのことを周囲には隠している。それが一旦ことが起こ
ると、その能力を発揮して大活躍するのだから、これは典型
的な願望充足型の物語。
この手のスパイコメディもいろいろ公開されたが、本作は、
『スパイキッズ』ほどのお子様ランチではなく、『オーステ
ィン・パワーズ』ほどアダルトでもない。その中庸さ加減が
興行成績に現れているとも言えるが、まさにティーンズ狙い
というところだろう。
しかし大人向けには、いろいろな映画のパロディがこの作品
でも楽しめる。特にはセットの造形が凝っていて、007を
始めいろいろ登場してくるが、ヒロインが閉じ込められる場
所が『スローターハウス5』にインスパイアされているとは
思わなかった。
他にも、主人公のメンター役の女性が往年のラクウェル・ウ
ェルチ張りの容姿で、当時の彼女を思わせるジャンプスーツ
で登場したり、着信音が『電撃フリント』(これは定番にな
りつつあるようだ)だったり、映画ファンにはその発見もお
楽しみだ。
アメリカではちょうど続編が公開中だが、この続編はちょっ
といろいろな作品に囲まれて興行は苦戦中のようだ。でも、
できれば上の2作同様のトリロジーになることを期待したい
くらいに、楽しめる作品だった。

『ヴェロニカ・ゲリン』“Veronica Guerin” 
1990年代のアイルランドで、麻薬組織に敢然と立ち向かった
女性ジャーナリストの姿を、ケイト・ブランシェットの主演
で描いた実録物語。
ゲリンはフリージャーナリストから出発し、その後にサンデ
ー・インディペンデント紙の記者となったとあるが、この経
歴のせいか常に単独行動で、それが彼女一人に名声を与える
と同時に、組織の恨みも集中させてしまう。
それにしても、ここまで彼女は単独でやったのだろうかとい
うことには疑問も沸く。映画の巻頭には、事実に基づきフィ
クションも織り交ぜたと書かれていたようにも思ったが、そ
れは何を意味しているのだろうか。
しかし彼女の行動によって、麻薬組織撲滅のため国を挙げて
の行動となり、最終的には犯罪発生率を15%も低下させたと
いう実績は真実なのだろう。1時間38分のこの映画は、その
事実を、余分の描写を極力廃して純粋に描いている。
主演のブランシェットは、先に『ミッシング』を見たばかり
だが、本作でも子を持つ母親でありながら、自分の使命に立
ち向かって行く女性を見事に演じている。
そしてその子役が、今回は本当に幼い男の子でほとんどのシ
ーンは遊んでいるだけだが、1回だけ凄い演技をして見せる
のも見事な演出だった。
その他の配役では、ブランシェット以外は全員がアイルラン
ドの俳優で固められている。また、ダブリンの下町などロケ
ーション撮影はすべて現地で行われたということだ。
なお、もとスポーツ少女で女子サッカー選手だったこともあ
るという主人公が、子供とサッカーに興じるシーンなどで、
SHARPロゴ入りの赤のマンUのユニファームを着ている。こ
れが一種の時代の示唆のような扱いで興味深かった。

『キッチン・ストーリー』“Salmer fra kjøkkenet” 
1950年代にスウェーデンで実施された台所での行動調査とい
う実話に基づく物語。
映画の舞台はノルウェー。そのとある村にスウェーデンから
調査隊が訪れる。それは独身男性の台所行動を調査するとい
うもの。そして台所に調査用の足場が持ち込まれ、調査員が
被験者の行動を線図に記録することになる。
被験者は公募だったが、主人公は馬が貰えると騙され(実は
人形)て応募したもの。従って最初から行き違いが生じ、調
査には応じたものの非協力的。しかも、被験者と調査員は一
切の会話をしてはならないなど、厳格なルールが定められて
いた。
如何にも1950年代にありそうな(実際にあった)、頭でっか
ちで非人間的な調査の模様が描かれる。しかしことは人間同
士、徐々に交流が始まってしまうという物語だ。この物語を
48歳にして長編3作目というベント・ハーメル監督は、暖か
い目で描いている。
それにしても、スウェーデンとノルウェーの間でこんなにも
確執があったとは…。取り立てて対立がある訳ではないのだ
が、会話の端々などにそういう話題が出てくるところも面白
かった。因に、監督はノルウェーの人だ。
なお物語は、スウェーデンが左側通行だった時代もので、国
境での車線変更の様子なども描かれるが、中に登場するレト
ロなスウェーデン車がすべて左ハンドルというのはなぜなの
だろう。この方が安全だという台詞もあったようだが。

『深呼吸の必要』
沖縄で今も行われているキビ刈り隊を描いた青春ドラマ。35
日間で7万本のサトウキビを収穫するために本州から公募で
集まった7人の若者たちの行動が描かれる。
若者たちは、いろいろな思いを胸にここに集まってくる。中
には、観光気分で来ている者もいるが、ほとんどの思いは自
分自身の再発見というところだろう。そんな思いがぶつかり
合いドラマが生まれる
ということなのだが、日本映画のこの手の作品はどうしても
話が甘い。最近紹介した中ではアメリカ映画の『キャンプ』
が内容的に近く、あの作品だって十分に甘いものだったが、
それでももう少しは現実に近づいていたように思える。
とは言っても、これが日本映画の現状だから仕方がない。と
いうことでこの作品を見直すと、それなりにありそうという
か、それぞれ立場はここまで際立っていなくても、それぞれ
の登場人物は、ある意味で現代の若者たちが直面している問
題を象徴しているとも言えそうだ。
物語はかなり御都合主義ではあるが、それぞれの問題を際立
たせるためには、これもテクニックかとも感じた。逆に言え
ば、これくらいやらないと、最近の観客に作者の思いが届か
ないかもしれないという感じは持つ
サトウキビ刈りというと、1968年公開の『怒りのキューバ』
を思い出す。モノクロ映画で刈り取られるサトウキビの色は
分からなかったが、乾燥したキビを刈るカーンという金属の
ような音は記憶に残った。
今回は、撮影の都合で未成熟のキビだということで、結局成
熟したキビの色は分からないのだが、頭梢の部分が青々とし
たキビは暑さも象徴しているようで判りやすかった。

『コールド マウンテン』“Cold Mountain” 
『イングリッシュ・ペイシェント』でオスカー受賞のアンソ
ニー・ミンゲラ脚本、監督による南北戦争を背景にしたドラ
マ。本作で、ルネ・ゼルウィガーがオスカー助演女優賞を獲
得した。
南北戦争末期、敗色濃厚のヴァージニア州ピータースバーグ
=クレーターの戦いとも呼ばれた戦場から、ノースカロライ
ナ州はアパラチア山脈の山懐にある故郷まで、650キロを徒
歩で帰還した男と、彼の帰りを待ち続けた女の物語。
男は、チェロキー族の言葉で「寒い山」と呼ばれる山間の村
で、大工と狩りと農家の手伝いで暮らしを立てていた。その
村に、大都会チャールストンから牧師が赴任する。その牧師
に寄進される教会を立ってていた男の前に、洗練された容姿
の牧師の娘が現れる。
一目で心を通じ合う2人、しかし折しも戦争が勃発し、1回
のキスを交わしただけで男は出征する。そして3年、音信も
ないまま男を待ち続ける女は、庇護してくれた牧師の父親を
亡くし、生活の術もなくして困窮してしまう。
ミンゲラは、オスカー受賞作でも反戦の思想を見事に描いて
見せたが、本作でもその姿勢は変わらない。巻頭で悲惨な戦
場を描き、その後も戦争の愚かさを描き切る。しかもそこに
男女の物語を織り込むことで、それをより鮮やかなものに仕
上げている。
さらに本作では、ここにゼルウィガー扮する男性の行動に批
判的な女性を配し、彼女に監督の思いを代弁させている。主
人公の女性を助けつつも自らも主張するこの役柄は、儲け役
でオスカーには最適の役柄と言えそうだ。
主演のジュード・ロウ、ニコール・キッドマンに加えて、ド
ナルド・サザーランド、ナタリー・ポートマンらが共演。
それにしても、巻頭描かれる戦場での愚行は、多くの反戦映
画が戦場を見た目よく描いてしまうジレンマを見事に解消し
ている。さすがにミンゲラというところだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二