井口健二のOn the Production
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2004年02月29日(日) ゴッド・ディーバ、スイミング・プール、イン・ザ・カット、リアリズムの宿、スクール・オブ・ロック、卒業の朝、上海家族

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ゴッド・ディーバ』“Immortal Ad Vitam”       
フランスのグラフィックノヴェル作家エンキ・ビラル原作、
脚本、監督によるSF映画。              
ビラルが1980年から発表しているニコポルのシリーズ3部作
の中から、第1作の『不死者のカーニバル』と第2作『罠の
女』に基づく映画化。                 
『ブレードランナー』のヴィジュアルイメージの基になった
作家と宣伝コピーにあるが、確かにこの原作は1980年の発表
だから、1982年公開の作品には符合している。本作にも登場
する空中に浮かぶメッセージボードなどの映像は、なるほど
と思わされた。                    
2095年ニューヨーク。ハドソン川の上空には巨大なピラミッ
ドが出現し、一方、セントラルパークに出現した異空間は、
人々の調査を拒絶している。また街にはミュータントやエイ
リアンが溢れている。                 
そのピラミッドの中では、一人の古代の神が反逆罪に問われ
死刑を宣告されている。彼は刑の執行までに7日間の猶予を
与えられ、地上へと降り立つ。そして冷凍監獄を脱出した政
治犯ニコポルの助けを借りて、一人の女性の探索が始まる。
物語は複雑と言うほどではないが、程よくいろいろな要素が
組み合わされ、それに見事な未来世界の映像が展開されて、
1時間44分は飽きさせない。特に、架線から給電を受けて空
中を行き来する古びた乗用車の映像は気に入った。    
ビラルは、映画の監督作品も既に3本目と言うことで演出も
手慣れているし、また、主演にシャーロット・ランプリング
や、『戦場のピアニスト』のトーマス・クレッチマンらを据
えているから、見ているほうにも安心感が有る。     
しかも生身の出演者を主要な人物だけにして、ほとんどの登
場人物がCGIという作り方も、ビラルのヴィジュアルを再
現するには適当な方法だったようだ。これらが見事に融合し
て、相乗効果を上げている。              
基本はビラルのヴィジュアルを楽しむ作品。従来のアニメー
ションでは描き切れなかった世界が、3D−CGIで見応え
充分に描き出されている。               
                           
『スイミング・プール』“Swimming Pool”        
シャーロット・ランプリングとリュディヴィーヌ・サニエの
共演、『8人の女たち』のフランソワ・オゾン監督で、2003
年カンヌ映画祭で上映された作品。           
見終って一言、やられましたと言う感じだった。     
年代の違う女性2人の共演で、ジェネレーション・ギャップ
を描くのかと思いきや、事件が起こり、さらに謎に満ちた結
末に導かれる。誰が誰を騙しているのか、はたまた本当に事
件は起きたのか。観客の想像力を見事に掻き立てる。   
オゾン監督は、『8人の女たち』の時も、見事に映画ですと
言う感じの作品を提示してくれたが、本作もまた別の意味で
映画を感じさせてくれた。               
最近、別の映画の宣伝コピーで、「アメリカ中が騙された」
というような文を見かけたが、観客を騙すと言う意味では、
この作品の方が数段上だ。               
ランプリングは、『ゴッド・ディーバ』に続いて見ることに
なったが、未来映画の中で、ある意味中性的に描かれた主人
公に対して、本作ではいろいろな意味で女を演じている。し
かも監督が、女性を撮らせたら当代一とも言えるオゾンなの
だから、その演じっ振りも見事なものだった。      
一方、サニエは『8人の女たち』に続くオゾン作品だが、ち
ょっと蓮っ葉な感じが、最初は違和感を感じさせない訳では
ない。しかし、それが逆に最後に活かされているというとこ
ろでもあった。                    
それにしても、結末の解釈がいろいろできて、いつまでも楽
しめる作品だ。                    
                           
『イン・ザ・カット』“In the Cut”          
この題名で、カットという言葉が何を意味しているのか疑問
だったが、まさかバラバラ殺人事件の話とは思わなかった。
もちろん他の意味も含んでいるが。           
主人公は、ニューヨークのスラム街で英語の授業をしている
女性教師。作家志望でもある彼女は、生徒にスラングなどの
言葉集めもさせている。そんな彼女が、生徒と会うために立
ち寄ったバーで、男女の営みを目撃してしまう。     
数日後、彼女の住むアパートに刑事が現れ、バラバラ殺人事
件の聞き込みを始める。その被害者は、彼女がバーで見かけ
た女性だった。しかも刑事は、単に聞き込みをするだけでな
く、主人公に好意を抱いていることを告白する。     
こうして、彼女の生活の中に事件が入り込んでくる。しかも
その事件は、連続殺人へと発展する。          
刑事は登場するが、映画は事件を捜査しているところを描く
訳でもなく、推理ものとしては中途半端な感じは否めない。
それに真犯人もちょっとアンフェアな感じもする。    
でも、ジェーン・カンピオン監督の作品は、別段、推理を描
くことが目的ではないし、結局事件に翻弄され、その中で成
長して行く女性を描いている訳で、しかもその主人公をメグ
・ライアンが演じているのだから、これは正に鬼に金棒だ。
決して若くはないのに、何か浮ついた感じの主人公が、いろ
いろな出来事の中で、徐々に足が地に着いて行く。そんな感
じが見事に描かれていた。               
それにしても、ライアンの大胆な演技には恐れ入った。最近
の映画には珍しくぼかしや、フィルムが削られた画面も登場
して、しかもそういうシーンのいくつかはライアンが演じて
いるのだから、本当に思い切った作品と言えるだろう。よく
がんばったものだ。                  
                           
『リアリズムの宿』                  
つげ義春の原作から、『ばかのハコ船』の山下敦弘監督が映
画化した作品。                    
実は、山下監督の前作は試写状をもらいながら見に行ってい
なかった。つげ原作の映画化も過去に何本かあるが、これも
見てはいない。これらは僕の食わず嫌いによるところだ。そ
ういう組み合わせの作品を今回は見てしまった。     
それで感想は、面白かった。              
主人公は、面識はあるが今まではろくに話をしたこともない
2人の男。この2人が共通の友人に誘われて冬の鳥取にやっ
てくる。しかし、共通の友人は現れない。こうしてほとんど
知らない者同士、2人の男のロードムーヴィが始まる。  
中国地方日本海側が舞台のロードムーヴィということでは、
大島渚の『帰ってきたヨッパライ』を思い出した。ヒット曲
をモティーフにしたこの作品は、期待して見に行った割りに
は面白くなく、がっかりしたものだが、今回は面白かった。
主人公2人の設定が映画青年で、一人は脚本家、一人は監督
という辺りから、映画ファンの気持ちをくすぐる。実際、こ
の2人の会話が実にありそうで、タイトル通りリアリズムな
のだが、それがまた本当のリアルさでない辺りが巧く作られ
ている。                       
それにしても日本映画のコメディ作品で、声を上げて笑えた
のは久しぶりのことだ。『ゲロッパ』も『1980』もそれ
なりに面白かったが、声を出して笑うほどではなかった。 
井筒作品のように見慣れていると、笑い方も判ってくるが、
初めて見た監督でこれだけ笑えたのは大したものだ。日本人
のコメディセンスも、正統派の映画監督の手になると捨てた
ものではないと言う感じを持った。           
本当にありそうで、でも本当はある訳が無くて、この感じは
ファンタシーに通じるところがある。そんな感覚でも楽しめ
る作品だった。                    
                           
『スクール・オブ・ロック』“The School of Rock”   
主演のジャック・ブラックが、今年のゴールデン・グローブ
賞のコメディ/ミュージカル部門の主演男優賞にノミネート
された作品。                     
実は、ちょっと太めの主人公がギターの極めポーズを取って
いるポスターには、多少退くところがあった。しかもブラッ
クは、アメリカではそこそこの人気はあるようだが、日本で
はまだ有名と言うほどではないから、これはかなりきつい。
しかし、本作でノミネートの実績は伊達ではなかった。  
過激な演奏スタイルで、バンド仲間からも嫌われてしまった
主人公が、取り敢えず家賃を稼ぐために、友人の名をかたっ
て小学校の代用教員になる。しかもそこは、厳格なしつけで
評判の名門校。                    
最初は2週間をごまかし続ければ金は稼げると思い、授業態
度もいい加減だったのだが、ふと子供たちの音楽の才能に気
付いたことから、子供と一緒にバンド合戦に出ることを思い
つく。こうして、子供たちをロック・ミュージシャンにする
指導を始めるのだが…。                
第一に資格もないのに教師をやっているし、それも学校には
隠れてロックを教えている。その上、子供たちにもバンド合
戦の意味については嘘をついている訳で、2重3重に嘘で固
まってしまっている。                 
それを乗り越えて行く話だから、下手に作ったら本当に嫌み
になってしまうところだが、それを見事にクリアしているの
だから大したものだ。                 
それに、子供たちの演奏がどこまで本物かは判らないが、見
ている限りは見事なものだったし、実際にかなり様になって
いる。こういう辺りも手を抜かないのが、ハリウッド映画の
底力と言うところだろう。               
なお、僕が見た試写会は、音楽関係者が多く来場していたよ
うで、上映前はプレスシートの内容に文句を着けたり、あま
り芳しい状況でなかったのだが、それが映画が始まると、途
中で拍手は出るは、最後は「感情移入しちゃうよな」なんて
言う発言が出ていたから、かなり良い感じだったようだ。 
                           
『卒業の朝』“The Emperor's Club”          
イーサン・ケイニン原作『宮殿泥棒』の映画化。     
原作者は1960年生まれということで、1976年の名門高校が舞
台のこの作品は、彼自身が学生の時代を描いている。そして
主人公は、その名門校で歴史を教えるベテラン教師。そのク
ラスに、上院議員を父親に持つ転校生が入ってくる。   
この転校生がかなりの悪餓鬼で、授業の妨害などもしょっち
ゅうだが、彼には同級生の心を掴むカリスマ性がある。そし
て、その生徒がある切っ掛けから、一旦は教師が信頼を寄せ
るまでの優等生になるのだが…。            
物語は、その教師が引退し、一方、生徒は大企業家になり、
その元生徒が学生時代に優勝を果たせなかった学内のコンテ
ストに再挑戦したいと言い出すところから始まる。しかしそ
のコンテストには、教師も苦い思い出があった。     
実に、いろいろなことを考えさせられる物語。原作者は現在
大学のライターズ・クラスで教鞭を取っているということだ
が、それを聞くとなるほど、テクニック的には巧い物語を作
り上げていると感じる。                
そしてその物語の中に、教師や生徒のそれぞれの持つ挫折感
などが巧妙に描かれている。              
映画は、教師役のケヴィン・クラインと、生徒役のエミール
・ハーシュをフィーチャーしたもので、その一点でも良くで
きている。なお、1970年代に男子高だった学校が、最後に映
る現在では共学になっているという辺りに時代性を感じた。
                           
『上海家族』“假装没感覚”              
中国の女性監督が描いた現代上海を舞台にした女性映画。 
主人公は、英語の教師をしている母親とその15歳の娘。その
母親が2年間の不倫を解消できない夫と離婚し、娘を連れて
実家に戻る。しかし実家は弟の結婚を控え母子のいる場所は
ない。やむなく子連れの男性と再婚するが、男はけちで入浴
にまで注文をつける。                 
そんな母子の行き着く先は…。             
女性監督と言うこともあるのだろうが、主人公の母子を含め
登場する女性たちが見事に本音を語るところが気持ち良い。
祖母の昔の女性を代表するような発言や、弟の嫁なども見事
に言いたいことを言う。                
それに対して男たちのだらしなさ。これを見ると、中国の男
性も日本の男性と同様、相当に目標を見失っているようだ。
そんな男たちを尻目に女たちはしたたかに生き抜いて行く。       
なおプレスの解説によると、中国は政治体制の変革で不動産
の個人所有が認められたが、法律上の問題でその権利のほと
んどは男性が独占してしまったのだそうだ。その事実を踏ま
えると、この映画の結末の意味は、日本人が考える以上のも
ののようだ。                     


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井口健二