井口健二のOn the Production
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2004年02月14日(土) 大脱走、妄想代理人、かまち、パピヨンの贈りもの、ランダウン、真珠の耳飾りの少女、ケイナ、H、恋愛適齢期

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『大脱走』“The Great Escape” 
1963年製作ジョン・スタージェス監督作品のリヴァイバル。
日本でも63年に初公開され、その後70年に一度リヴァイバル
公開されたようだが、僕自身は初公開当時にロードショウで
見て以来40年ぶりの再見だった。
とは言うものの、正直のところ初公開を見た頃はまだ子供だ
ったから、印象に残っているのは、スティーヴ・マックィー
ンのオートバイなどアクションばかりで、今回は全く新鮮な
気持ちで見られたものだ。
そして今回見直して、いろいろ細かい要素もあったことに改
めて気付かされた。
実際、この物語の捕虜たちは、ほとんどがイギリス軍人で、
アメリカ人はほとんどマックィーン一人だけだったというこ
とにも、以前は全く気がついていなかった。アメリカ映画な
のだし、当然アメリカ人が主人公だと思っていたのだが…。
また、当時はマックィーン始め、ジェームズ・ガーナー、チ
ャールズ・ブロンスンといったすでにテレビで見慣れていた
俳優たちに目が行っていたものだが、実はこの後の『ナポレ
オン・ソロ』で人気を得るデイヴィッド・マッカラムがかな
り重要な役だったことも記憶していなかった。
さらに最終的に逃げ切れたのは、映画に登場する3人以外に
も10人以上いたようだ。それも今回初めて最後の方でちゃん
と報告が行われていることに気がついた。
ハリウッド映画らしくドイツ軍も英語を喋るが、それでも要
所ではちゃんとドイツ語だったりフランス語だったり、そん
なところが違和感なく細かく演出されているところにも、今
回初めて気がついたところだ。
ついでに脚本がジェームズ・クラヴェルだったことにも、今
回初めて気がついたし、上映時間が2時間57分もあったこと
にも初めて気がついた。
なお、昔のアクション映画を見直すと、テンポがかなり遅く
て驚くことがあるが、この作品ではそのようなこともなく、
さすがスタージェスという感じもした。
ということで、昔見た映画を見直すのも、結構面白いものだ
ということが解かったのも収穫だった。

『妄想代理人』
『東京ゴッドファーザーズ』の今敏監督がWOWOW用に製作し
たアニメーションシリーズ。全13回の内の第1回と第2回放
送分の上映と、声優及び監督の舞台挨拶。そして上映後に監
督を交えたディスカッションというイヴェントを鑑賞した。
正直なところ、全13回の内の第1回と第2回しか見ていない
のだし、その2回分もこの記事をホームページにアップする
頃には放送が終わっている。従って、いまさらここに何を書
いても仕方ないのだが、一応、記録しておきたい。
それで、その上映された2回分だが、実はこれが、これから
の物語を構築するであろう両極の登場人物の紹介に終始して
いて、結局これからどのような物語が展開するかもまるで解
からない。
でも、この作品には、何か描かれているものにものすごく引
かれるものを感じてしまう。確か『東京…』の時にも書いた
と思うが、今監督の作品というのは、僕が期待しているアニ
メーションとは違うのだけれど、それでも何か親しみやすさ
を感じてしまうのだ。
それで今回、イヴェントの中での発言をいろいろ聞いていた
のだが、実は、監督は筒井康隆のファンなのだそうで、その
辺で親しみが沸く理由が納得できた気がした。結局、この監
督には、宮崎や押井より「SFファン」に近い部分があるの
かもしれない。
なお、監督の発言の中で、いろいろなシーンの使い回しの話
が出てきて、その一部は『東京…』のプレスシートにも紹介
されていたものだったが、そのことでディジタルアニメーシ
ョンの有効性のようなことを力説していた。
でもこの使い回しは、手塚治虫が『鉄腕アトム』をアニメー
ションシリーズ化したときのセルの使い回しと共通する話。
確かに今はディジタルで手軽だろうが、手塚さんはそれをア
ナログでやっていたのだと考えると、その凄さも改めて思っ
てしまった。

『かまち』
1977年に17歳で死んだ山田かまちが残したメッセージを基に
描いた作品。詩と絵を描くことが好きで、ビートルズが好き
だった少年の残したメッセージがスクリーンに甦る。
僕は今までかまちの作品に触れたことはなかったが、この映
画の中で描かれるメッセージが、見事に現代に通用すること
に驚かされる。
もちろん、現代の目で見て、大人の解釈として、そういった
ことを見つけ出してしまっているのだとは思うが、逆に25年
前も現在も、子供の悩みに変りがなく、それが現在はいろい
ろな形で顕在化してしまっているということも考えさせられ
てしまった。
それで映画は、そのかまちの最後の2年間と、現代の同年代
の子供たちが描かれる。そこにメッセージ性を盛り込もうと
した意図が明白な作品だ。そしてそのメッセージは、多分か
まちに興味を曳かれて来るであろうこの映画の観客には正確
に伝わると思う。
しかし映画としてみたとき、僕は、どうしてもこの映画の過
去と現在の描き方に違和感を感じてしまう。恐らく、この映
画の制作者が想定している観客には、そのようなことはどう
でもいいのだろうが、この映画を万人に見せるには、それが
弱点のようにも思える。
普通に考えれば、この映画で現代の部分は不要であろう。も
っとかまち本人に迫っても良かったはずだ。しかしそれでは
メッセージ性が弱くなってしまう。で僕は、逆に過去のシー
ンをカットしてしまっても良かったのではないかと考える。
もちろんそんなことをしたら、かまちのファンに不満を募ら
せるかも知れないが、僕は過去から始まっている物語を、思
い切って現代から始めて、そこにフラッシュバックで過去の
かまちの実像が入った方が、映画的には馴染んだものになっ
たのではないかと思った。
この映画の制作者たちは、当然その辺までも考えて、この構
成にしたのだとは思うが。
なお、本作は日本ヘラルドの製作だが、今回は宣伝会社の関
係で試写を見られたものだ。
実は、僕宛のヘラルドの試写状を昨年末で切られたらしく、
“The Lord of the Rings: The Return of the King”も、
“The Texas Chainsaw Massacre”も、試写を見せて貰えな
かった。
ということで、今後このページでは、今回のようなケースを
除いて、ヘラルド作品は紹介できませんのでご了承下さい。
まあ、そういう会社は他にもいろいろあるが、肝心の時に急
に切られるのは、こちらも対応に困ってしまうところだ。

『パピヨンの贈りもの』“Le Papillon”
蝶だけを愛する孤独な老人と、家族の愛に飢えた少女の交流
を描いた物語。
少女の年齢は8歳。シングルマザーの母親と共に、老人の住
んでいるアパートの階上の部屋に引っ越してくる。その少女
は施設での暮らしが辛かったと語るが、臨時雇いの看護師と
して働く母親は、小学校の下校時の迎えにも来られず、休み
も思うように取れない。
そんな少女と老人が、何となく親しくなって行く。そしてあ
る日、老人は幻の夜行性の蝶の情報を掴み自家用車でその捕
獲に向かうのだったが、その車に少女が潜んでいた。
子供の扱いが解からず、同行者も煩わしい老人は、最初に少
女を警察につれて行く。しかし少女は、言葉巧みに老人を変
心させ、挙げ句の果てに、蝶捜しの山歩きにまで同行するこ
とになるが…。
この少女が、こましゃくれていると言うか、機転が利くと言
うか、見事なキャラクターになっている。そして、この役を
演じているクレール・バニッシュは、1994年生まれだそうだ
から、実際に撮影当時8歳だった訳だが、これがまた抜群に
巧い。しかもこれが、嫌みにならないのだから、見事な演技
力と言えるだろう。
何しろ彼女は、この作品の前に、『千と千尋』や『サイン』
のフランス版の吹き替えの声優もしていたと言うのだから、
並の8歳ではない。
まあ、お話は心暖まる良い話ではあるけれど、それ以上に何
かあると言うものではない。でも子役の見事な演技も見られ
て、一服の清涼剤のような感じのする映画だった。
 
『ランダウン』“The Rundown”  
ドゥエイン“ザ・ロック”ジョンスン主演アクション映画。
主人公は闇金融の取り立て屋。腕っ節は強いが銃は嫌い。そ
して、実は本人も多額の借金を抱えており、その棒引きとさ
らにその後の事業資金も提供するという約束で、ある仕事を
請け負う。それは、ブラジルに行ったまま帰ってこない金融
業者の息子の連れ戻し。
こうしてアマゾンの奥地にやってきた主人公は、考古学的発
見を夢見る息子は簡単に見つけ出すが、彼が発見したと主張
する遺物を巡って、現地の金鉱を暴力で支配する白人独裁者
や、反乱軍ゲリラとの抗争に巻き込まれることになる。
日本公開では、『ザ・ロック・イン・アマゾン』という副題
が付くらしいが、実にその通り。ジャングルで猿に襲われる
は、巨大な露天掘りの金鉱の景観は登場するはで、撮影はハ
ワイで行われたが、その気分は充分に味あわせてくれる。
ザ・ロックは、『スコーピオンキング』に続く主演2作目だ
が、到底他分野から来たとは思えないしっかりした演技で、
安心して見ていられた。アクションも、トリッキーあり、体
力任せありで、まずまずの出来だろう。
それに脇を、クリストファー・ウォーケンやロザリオ・ドー
スンらが固めているのも魅力で、特にウォーケンの怪演ぶり
は楽しめた。
なお、最初の方でサプライズゲストが登場する。僕のホーム
ページを読んでいれば誰だかは解かってしまうが、一応プレ
スでは伏せられていたようなので、ここでは割愛する。

『真珠の耳飾りの少女』“Girl with a Pearl Earring”  
17世紀のオランダの画家フェルメールの代表作とも言える絵
画(別名:青いターバンの少女)の誕生を巡る物語。
優秀なタイル制作者の娘グリートは、怪我で仕事を続けられ
なくなった父に代って生活費を得るために奉公に出る。そこ
は、画家フェルメールの住まい。しかし入り婿である画家の
家は、その妻と義母によって支配されていた。
すでに著名な画家にはパトロンもいたが、一度に1枚の絵し
か描かない画家は寡作で、妻や義母は虚勢を張ってはいるも
のの、生活は裕福ではなかった。そんな中で娘は、父譲りの
美術の才能を発揮、家事から画家の手伝いもするようになる
のだったが…。
元々は1999年に発表され、200万部を超えるベストセラーに
なったという小説の映画化で、物語は全くのフィクションだ
が、17世紀の当時の風景や、絵の具の作り方など当時の絵の
描き方も丁寧に紹介され、タイムマシンで過去世界を見るよ
うに興味深いものがあった。
それに、娘役のスカーレット・ヨハンソンが巧い。1984年生
まれで、まだ19歳ということだが、本当に17世紀にいた少女
ような純粋さ素朴さが見事に演じられていた。
コリン・ファース、キリアン・マーフィ共演。なお本作は、
今年度のオスカーで、美術、撮影、衣裳デザインの各賞にノ
ミネートされている。

『ケイナ』“Kaena”
2003年にフランスで製作されたヨーロッパ初のフルCGアニ
メーション。
フランス製作のアニメーションというと、グリモウの『やぶ
にらみの暴君』や、ラルーの『ファンタスティック・プラネ
ット』などが記憶に残るが、アメリカ製とは一線を画するイ
メージの豊さに素晴らしさを感じるものだ。
本作は、そんなフランスアニメの歴史を引き継いで、さらに
CGアニメーションに新風を吹き込む作品と言えそうだ。と
言っても今回、液体の表現などはありものの映像ではあるの
だが、これがこの先どう発展するか期待したくなるような作
品と言える。
宇宙の果てのとある惑星。その衛星に昔、異星の宇宙船が墜
落し、その影響で1本の樹が巨大化。その樹はある種の知性
を持つまでになり、その世界を支配しようとしている。
一方、樹の幹の半ばには人類に似た住民が暮していたが、彼
らに神として君臨する樹は、住民たちに過酷な貢ぎ物を要求
し、それにより住民たちの生存が脅かされるまでになってい
た。そして住民の一人であるケイナは、そんな神の存在に疑
問を持っていた。
巨大な樹の中に住む住民という設定は、ブライアン・オルデ
ィスの『地球の長い午後』を思い出させるが、別にそれを下
敷きにしている訳ではなさそうだ。
また本作では、墜落した宇宙船の乗員の末裔や樹の精のよう
な存在が登場して、オルディスとは異なる物語が展開するの
だが、それでも『地球の長い午後』が好きだった僕にとって
は、その一端が映像化されたような気分で楽しめた。
パソコンレベルの環境でのCG作成など、制作体制はまだ充
分とは言えないようだが、歴史のあるフランスアニメの復活
が楽しみだ。
なお本作はヴォイスキャストに、キルスティン・ダンスト、
リチャード・ハリス(遺作)、アンジェリカ・ヒューストン
らが揃い、台詞はすべて英語になっている。
それで気がついた面もあるのだが、実は本編の途中でremove
と発音されている台詞が、字幕はmoveとして訳されていた。
物語の流れはそれでも理解はできるのだが、やはり意味合い
がちょっと違ってくる感じもしたので、一応指摘しておく。

『H』(韓国映画)
猟奇的な連続殺人を追う刑事を主人公にしたサイコサスペン
ス。
塵集積場で女性の遺体が発見され、続いて別の女性殺人事件
が起こる。それらは異なる事件のように見えたが、実は、そ
の手口は、数年前に6人を連続殺人し自首してきた男の1回
目と2回目の犯行と同じものだった。
捜査に当るのは、前の事件にも関った女性刑事と刑事部に配
属されたばかりの新人刑事。新人刑事は、すでに死刑が決ま
っている前の事件の犯人を尋問するが、死刑囚は謎めいた言
葉ばかりを並べて捜査は遅々として進まない。
そして一人の男が犯人として逮捕されるが、以前の犯行を模
倣した犯罪は続いて行く。
まず事件が連続殺人であることや、主人公が女性刑事であっ
たり、犯罪捜査のために死刑囚に会いに行くが謎めいた言葉
ばかり言われるなど、この作品が『羊たちの沈黙』から想を
得たことは間違いないだろう。しかしそこから、実に見事に
別の物語を紡ぎ出している。
確かこの前にも、連続殺人ものの韓国映画を紹介したが、こ
れらの作品で共通して言えるのは、物語が少なくとも映画の
中では完結していることが素晴らしい。
これが日本映画だと、得てして曖昧模糊とした結末にして、
それを想像力を逞しくするなどとしてもてはやす向きがある
ようにも感じるが、そんなのは、脚本を完璧に仕上げられな
いことへの言い訳に過ぎない。
その点これらの韓国映画の毅然とした感じは、韓国の映画文
化が大人のものであることの証拠だろう。テレビでヴァラエ
ティまがいの作品を2、3本撮っただけの奴が、見よう見真
似で映画を撮れるような国とは違うと言うことだ。  

『恋愛適齢期』“Something's Gotta Give” 
ジャック・ニコルスン、ダイアン・キートン共演のロマンテ
ィック・コメディ。
10社もの会社を経営し、世間的には成功者だが、結婚願望は
なく、付き合う女性は30歳以下限定と言い切る63歳の男と、
演出家と結婚して一人娘の儲けたが離婚、その後は男を寄せ
つけたことの無い54歳の女流劇作家。この2人が巡り合い、
互いの真の思いに気付いてしまうのだが…。
製作、脚本、監督は、メル・ギブスンがゴールデン・グロー
ブのコメディ主演賞を受賞した『ハート・オブ・ウーマン』
などのナンシー・メイヤーズ。今回は、はっきり言って初老
の2人の恋を、一杯の愛情を込めて見事に描き出している。
そしてそれを見事に演じてみせたのが主演の2人。2人はゴ
ールデングローブに揃ってノミネートされ、受賞はキートン
のみだったが、その演技の素晴らしさがこの作品の全てと言
い切れるくらいだ。
特にキートンは、メイヤーズ脚本には4度目の主演というこ
とで、正に填り役。中でも、泣きわめきながらパソコンに向
かって新作の戯曲を打ち込んで行くシーンは、余りに大げさ
でありながら、それを観客に納得させてしまう演技力は見事
と言う他はない。
一方、多分初共演となるニコルスンは、コメディからシリア
ス、さらに怪優と呼ばれるような演技ぶりまでを変幻自在に
表現し、昨年オスカーにノミネートされた『アバウト・シュ
ミット』は僕の好みではなかったが、今回は見事にありそう
な魅力的な初老の男を活き活きと演じている。
そして、この年代の2人が、eメールでお互いの気持ちを近
づけて行くという描き方も良い感じだった。
他に、キアヌ・リーヴス、フランシス・マクドーマンド、ア
マンダ・ピート、ジョン・ファヴロー、ポール・マイクル=
グレイザーが共演。
マクドーマンドの一つの仕種だけで観客の目を引き付ける演
技も見事だったし、近くリメイク版が登場する『スタスキー
&ハッチ』のスタスキーことマイクル=グレイザーの久しぶ
りの映画出演も話題になりそうだ。


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井口健二