井口健二のOn the Production
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2004年01月31日(土) マスター&C、殺人の追憶、LovelyR、ビッグ・フィッシュ、ハッピー・F、いつかきっと、ディボース・S、ペイチェック、グッド・ガール

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『マスター・アンド・コマンダー』
  “Master and Commander The Far Side of the World”
『いまを生きる』のピーター・ウィアー監督が、ラッセル・
クロウの主演で描く19世紀初頭を背景にした海洋冒険作品。
パトリック・オブライエン原作の海洋シリーズの一篇で本邦
未訳作品の映画化。
1805年4月ブラジル沖、英国海軍のフリゲート艦サプライズ
号は、フランスの私掠艦アケロン号の動きを追っていた。こ
の時代、ナポレオン治世のフランスは、アメリカで建造され
た最新鋭艦を大西洋に投入、イギリスに遅れをとった海洋支
配を目指していた。
そのサプライズ号は、ラッキー・ジャックの異名を持つジャ
ック・オーブリー艦長の下、数々の戦果を挙げていた。そし
てその艦には、博物学者でもある軍医マチュリンや、弱冠12
歳で士官候補生として乗り組むウィル・ブレイクニー少年ら
の姿もあった。
しかし装備、船足共に劣るサプライズ号は、アケロン号から
の度々の襲撃にも策略を巡らして窮地を脱するしか術が無か
った。それでも彼らは追跡を続け、ホーン岬を廻って太平洋
へ。そして、イギリス捕鯨船団が補給基地とするガラパゴス
島でアケロン号撃破の策を練る。
アメリカではフォックスが配給したが、日本はブエナ・ヴィ
スタ配給。昨年の『パイレーツ・オブ・カリビアン』に続く
海洋ものということで、ついでに主人公の名前がジャックで
同じというのも、良い感じだ。
いわゆるチャンバラシーンは後半に多少ある程度だが、それ
までにいろいろ巡らされる策略や、その時の艦内の様子など
が活き活きとして面白く、2時間19分の上映時間はむしろ短
く感じられたほどだった。
ウィアー監督は、今まではどちらかというと人間ドラマで評
価されていたと思うが、アクションも見事なもの。しかもそ
こに、上に立つものとしての非情さなどの人間ドラマが描か
れるのだから、正に鬼に金棒という感じだ。
また、軍医役のポール・ベタニーが、『ビューティフル・マ
インド』でも共演したクロウと息の合ったコンビネーション
を見せている。因に原作は、この2人、オーブリーとマチュ
リンが主人公のシリーズのようだ。
実写を織りまぜているというホーン岬の嵐のシーンも見事だ
ったし、また劇映画では初めてというガラパゴス島に上陸し
て撮影されたシーンも効果的だった。

『殺人の追憶』(韓国映画)
1986年から91年にソウル近郊の農村で発生した連続婦女暴行
殺人事件。今だに未解決のこの事件を描いた刑事ドラマ。
ソウル近郊の農村で暴行されて殺された女性の遺体が発見さ
れる。地元警察の刑事がその捜査に当るが、現場の保存や鑑
識の手配もままならない。そして第2の事件が発生、同一犯
による連続殺人と見なされたこの事件の捜査に、ソウル市警
の刑事が派遣されてくる。
派遣された刑事は、警察署に来て早々に過去の失踪事件の書
類の中から最初の犯行を割り出し、その被害者の遺体を見つ
け出す。書類からのプロファイリングで事件に迫る都会の刑
事。その働きに地元の刑事の焦燥が募る。
しかし自分の勘だけに頼って犯人を割り出そうとする地元の
刑事は、昔ながらの拘束拷問という手法で目星をつけた男の
供述を引き出すものの、誤認逮捕の失態を繰り返す。こうし
て2人の刑事は、確執を持ちながらも徐々に真相に近付いて
行くが…。
実際の事件、しかも未解決の事件を描くと言うのは、かなり
微妙な問題を含むと思うのだが、この作品では、ユーモアや
謎解き、推理を巡らす展開を織り込んで、見事にエンターテ
インメントに仕上げている。
もちろん当事者にとっての評価は別になるだろうが、第三者
としてみる目には良くできた物語だ。偶然の重なりはいくつ
かあるが、まあそんなものだろうという感じもする。実際こ
の物語はフィクションなのだし、その意味では面白かった。
なお、この映画の大ヒットを切っ掛けに、事件に対する再捜
査を要求する動きが出たということだ。それだけ韓国国民に
とっては印象深い事件なのだろう。

『Lovely Rita』“Lovely Rita”
オーストリア出身の女性監督ジェシカ・ハウスナーの長編デ
ビュー作で、カンヌ映画祭の「ある視点」部門でも上映され
た2001年作品。ドイツ−オーストリアの合作だが、原題は英
語で表記されていた。
父親はちょっと厳格で、自宅に射撃場を作る程のガンマニア
だが、まずまず普通の家庭の両親と共に暮らすリタ。通って
いる学校ではちょっと浮いた存在だが、頭が悪いふうではな
い。ただし学校はさぼりがちで、通学バスの運転手が気にな
ったりもしている。
また、家では父親に叱られて部屋に閉じ込められたりもする
が、その一方で父親の作業を手伝って照明を付けたり、父親
の誕生日にはプレゼントをして、一緒に歌を歌ったり…。
そんなありふれた少女の日常の中で、何かが徐々に壊れて行
く。そして…。
幸い自分の娘はすでにこの年代を通過しているが、振り返っ
てみると、ここに描かれる父親の姿には思い当たるところが
多々ある。
実際、この映画を作ったのは、撮影当時まだ28歳だった女性
なのだし、ここに描かれる内容のかなりの部分は彼女の心情
を表わしていると考えていいだろう。そう思ったときに、自
分が自分の考えていたような父親だったと言えるか、そんな
ことを考えさせられた。 
同様の世代を描いた作品では、2003年7月16日付で紹介した
『KEN PARK』が近いと思うが、昨年の作品が、衝撃
的な映像の割りには内容的に覚めた感じだったのに対して、
この作品は映像自体は淡々と描かれているのに何か突きつけ
られるものを感じた。 
なお、本作の撮影はDigital Videoで行われたようだが、色
調その他でVideoと感じる部分はあったものの、画質の点は
問題ないように思えた。日本のHDでないDV作品の画質は
劣悪なことが多いが、何が違うのだろう。

『ビッグ・フィッシュ』“Big Fish”
ダニエル・ウォレス原作の映画化。ティム・バートン監督の
最新作。
主人公の父親は無類の語り部。主人公の結婚式でもその語り
口調で招待客を魅了し、その日の主役が誰かも忘れさせてし
まう。しかもその内容は、金の指輪に目のない巨大魚や、魔
女や、ユートピアのような町など、荒唐無稽なものばかり。
そんな父親の語りを子供の頃から何1000回も聞かされて育っ
てきた主人公は、世界でただ一人の父親の話に耳を傾けない
人間。そしてその日、ついに父親と仲違いをしてしまう。
それから3年、父親が突然倒れたとの知らせに、身重の妻と
生家に戻った主人公は、ふと荒唐無稽と思われた話に真実が
含まれていたことを知る。そして父親の謎に包まれた人生を
調べ、父親を理解しようと思い立った主人公は…。
独自の視点でファンタシーを作り続けてきたバートン監督に
は、スティーヴン・スピルバーグ以上に大人になり切れない
大人子供の感じが持たれていた。従って彼の作品には、若年
層には受けても大人の観客には受け入れられないという評価
が定着していたようだ。
それがこの作品では、間違いなく大人の映画を作り上げてい
る。しかも、スピルバーグは実話の映画化など現実的な内容
に頼らなくてはならなかったのに、バートンは堂々と自らの
ファンタシー世界でそれをやり遂げてみせたのだ。
もちろん、アルバート・フィニー、ユアン・マクレガー、ダ
ニー・デヴィートらのしっかりした演技がそれを支えたとも
言えるが、常にファンタシーと現実との間にいるような、そ
んなバートンの特有の雰囲気が、この物語に見事にマッチし
たとも言えそうだ。
なお、バートンの次回作は、“Charlie and the Chocolate
Factry”。ロアルド・ダール原作のファンタシーの2度目の
映画化は、ジョニー・デップ主演で今年5月の撮影開始がす
でに発表されているが、今回発揮した大人の映画作りがそれ
にどう活かされるか。脚本を、本作と同じジョン・オーガス
トが担当しているのも楽しみだ。
因に、出演者のデヴィートは、ダール原作『マチルダ』の監
督でも知られており、今回の出演にはその絡みもあったのか
も知れない。また、本作では、ジェシカ・ラング、ヘレナ・
ボナム=カーター、アリスン・ローマンら個性的な女優の配
役も見事だった。

『ハッピー・フライト』“View from the Top” 
グウィネス・パルトロウ主演のハリウッド版『スチュワーデ
ス物語』。
不幸な家庭に育った田舎娘が、一念発起して国際線ファース
トクラスのフライトアテンダントを目指す。と言っても、ス
タートは地方の弱小エアライン、そして徐々にトップに上り
詰めて行く過程が描かれる。
本当に、たまにはこういう罪のない映画を見るのも良い。ほ
とんど毒もないし。それでいて、成績は優秀だったが身体的
な問題で道を閉ざされてしまったマイク・マイヤーズ扮する
訓練教官の話などは、ちょっとほろりとさせられる訳で、そ
の辺の作りも壺を得ている。
監督は、ブラジル出身で『クワトロ・ディアス』などのブル
ーノ・バレット。表記の作品は政治絡みの作品だったはずだ
が、それでも重要なところでサッカーが絡んで、ちょっとニ
ヤリとする結末だったと記憶している。
この監督、現在はブラジルとハリウッドで交互に作品を発表
しているようだが、プロダクション・ノートによると、観客
が楽しいと思える作品を作りたいのだそうで、その意味で本
作は、監督の考えにマッチした作品と言えそうだ。
物語にも破綻がない、と言うか破綻が生じるような話ではな
いし、それでいて双発のプロペラ機が悠然と飛行するシーン
や、わざわざパンナムに関わる話題を出してくる辺りは、結
構解かっている感じもあって、見ている間は文句なく楽しめ
た。
本当に、たまにはこういう映画を見るのも良いものだ。

『いつか、きっと』“La Vie Promise” 
『8人の女たち』や『ピアニスト』のイザベル・ユベール主
演による母親と娘の物語。
母親は、ニースの街角に立つ娼婦。施設に預けている14歳の
一人娘が面会日に訪れても、母親は自分の境遇に染めさせた
くないのか、いつも邪険にしてそばに寄せようとしない。し
かし娘は、母親の愛情に飢えている。
そんな母親と娘が、ちょっとしたことから一緒に逃亡しなけ
ればならなくなる。思いついた行き先は、昔母親が束の間の
家庭を持った北部の村。しかし過去を捨て去ろうとしてきた
母親は、その場所の風景や住所も定かには記憶していない。
そして2人は旅の中で、時に反発し、時に寄り添いながら、
徐々に絆を再構築して行く。そんな2人を包み込むように、
フランスの田園地帯の風景が描かれる。
この描かれる風景の美しさが実に見事だった。そう言えば、
昨年紹介したエマニュエル・ベアール主演の『かげろう』で
も、美しいフランスの田園が描かれていたが、フランス映画
界に何かそう言う動きでもあるのだろうか。
なお、監督のオリヴィエ・ダアルは、この作品の次に『クリ
ムゾン・リバー2』を担当したようだが、『クリムゾン・リ
バー』も大自然が背景の作品だったから、この感覚が活かさ
れているのかも知れない。それなら期待したくなった。
母親と娘の関係の物語だから、父親の立場の僕には多少解か
りづらいところもあったが、この境遇ならこうなってしまう
かも知れないという感じは理解できた。そして彼女たちに寄
り添う男性の姿も良かった。

『ディボース・ショウ』“Intolerable Cruelty” 
ロサンゼルスを舞台に、ジョージ・クルーニーとキャサリン
・ゼタ=ジョーンズの共演、コーエン兄弟の脚本監督で描い
た離婚裁判コメディ。
クルーニーは離婚訴訟専門の弁護士、そしてゼタ=ジョーン
ズは結婚→離婚で財産作りを目指す女性。この2人が丁々発
止のやりとりを繰り広げる。
アメリカの裁判の恐ろしさは、いろいろな映画で描かれてき
たが、現場を押さえれば絶対有利なはずの不倫による離婚裁
判を、いろいろな手段で一気にひっくり返すのだから、当事
者でない観客にとってはかなり痛快だ。
と言っても、事例は3つほど登場するが、その手段はかなり
強引で、まあお話という感じ。それより、映画の主眼はクル
ーニーとゼタ=ジョーンズのだまし合いに置かれており、そ
ちらはかなり周到に作られていて面白かった。
特に、裁判シーンでの見るから演技してますという感じのゼ
タ=ジョーンズの演技は見ものだし、全く似合っていないピ
ンクのスーツ姿も見事だった。その脇を、ビリー・ボブ・ソ
ーントンやジョフリー・ラッシュらが、見るからという感じ
で固めているのも笑えた。
とは言っても、やはりコーエン兄弟の作品、毒はかなり強い
し人も死ぬ。でも、昔ほどどぎつい描写がなくなったのは、
兄弟が成長したのか、ハリウッドに飲み込まれたのか。これ
を残念と思う人もいるかも知れないが、僕は気楽に楽しめる
今の方が好きだ。

『ペイチェック 消された記憶』“Paycheck”
フィリップ・K・ディック原作の短編小説の映画化。
映画化の監督はジョン・ウー、そして主演はベン・アフレッ
クとユマ・サーマン。
主人公は、技術の解析に天才的な能力を発揮する男。彼はこ
の能力で、企業が発表した製品に隠された技術を見破り、そ
の模倣品を他の会社に作らせることを可能にしている。しか
しそれは法に触れることであり、彼は巨額の報酬を得る代り
に、その解析を行っている間の記憶をすべて消去することで
秘密を保持する契約を結んでいる。
そんな彼に大きな仕事が舞い込む。そしてその仕事をやり遂
げ、記憶を消去された後に与えられた報酬は…、彼自身が変
更したという19個のがらくたとしか思えない品々。しかもそ
の事実にがく然とする暇もなく、彼は命を狙われ、生き延び
るためにはその品々に隠された謎を解かなければならなくな
る。
物語の発端は、『トータル・リコール』に似ているし、その
後の展開も何となく共通項が多いのはご愛嬌だろう。しかし
ポール・ヴァーホーヴェン監督、アーノルド・シュワルツェ
ネッガーの主演で、かなり泥くさい感じだった前の作品に比
べて、ウーとアフレックのコンビはかなり垢抜けている。
謎解きも結構面白く見られたし、アクションも大掛かり、且
つ派手になっている。その点では良くできた作品といえる。
ただ、僕の個人的な嗜好としては、ディックはやはりアクシ
ョンより心理面で見せて欲しい感じを持つ。ウーもその心理
面に引かれてこれに参加したはずなのだが…。
なお、ウーお決まりの白い鳩はちゃんと飛びます。 

『グッド・ガール』“The Good Girl” 
『ブルース・オールマイティ』のジェニファー・アニストン
主演、『ムーンライト・マイル』ジェイク・ギレンホール、
『シカゴ』ジョン・C・ライリーの共演で、30歳の女性の姿
を描いたドラマ。
この3人の共演で、UIP配給作品。しかも女性映画という
売り込みでは、ライトな作品を予想して気軽に見に行ってし
まったのだが、実はこれが大変な作品だった。
田舎町のディスカウントストアに勤める女性が、同じ職場の
若い男にちょっかいを出す。しかしそれが飛んでもない結果
を招いてしまう。ちょっとした切っ掛けで、誰もが陥ってし
まいそうな悲劇。そんなドラマが見事に描かれていた。
大体、映画が始まってすぐのところから、これはハリウッド
のテイストと違うなという感じがした。それくらいに見事に
ハリウッド映画ではない作品。インディペンデント映画って
何?と聞かれたら、これがそうだ言い切れるような作品だっ
た。
しかもこの顔ぶれでそれを行っているのだから、ミゲール・
アテタというこの監督の感覚はすごい。アニストンもギレン
ホールもライリーも他のハリウッド映画で演じているのと同
じような役柄で…、でもそれが少しずつ違ってくるのだ。
普段見慣れたハリウッド映画の裏に潜む現実の恐ろしさを描
く、そんな感覚が見事に表現されている感じがした。


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井口健二