井口健二のOn the Production
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2003年12月31日(水) ヘブン・アンド・アース、恋する幼虫、悪霊喰、ブラザー・ベア、ハンター、ソニー、ギャザリング、ドッグヴィル

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ヘブン・アンド・アース』“天地英雄”        
ソニー=コロムビア資本で製作された中国映画。     
唐と呼ばれていた時代の中国西域を舞台にした物語。シルク
ロードによる交易が盛んになる中、西域には仏教を基とした
諸国が成立している。しかしその間の争いは絶えず、さらに
西からはトルコによる侵略が始まっている。       
そんな中に一人の日本人・来栗がいた。彼は、遣唐使として
13歳で海を渡り、長安で武術、戦術を学び、その才能を認め
られて、皇帝の命により悪人を捕える官吏となっている。し
かし渡航して25年が経ち、望郷の念に苛まれている。   
その来栖に、帰国の許可と最後の任務が与えられる。その任
務とは、皇帝に任官された上官の命に背き、トルコ人処刑の
拒否とその逃亡を助けた男・李の逮捕または殺害。しかし李
の行った行為は人道に叶ったものだった。        
ところがその上官がトルコ軍に殺され、来栖は上官の娘を安
全な長安に送り届ける役を受ける。そしてその行程で、来栖
は隊商を護衛する李と遭遇、壮絶な闘いの中で李の人格に触
れた来栖は、李が隊商警護の任を全うした後、長安で決着さ
せることとして、旅を共にすることになる。       
しかしその隊商には、西域の将来を左右する重要なものが積
まれており、それをトルコ軍が執拗に狙っていた。    
この日本人・来栖役を中井貴一がある意味飄々と巧みにこな
している。実際には、李と上官の娘・文殊にもう少し焦点が
当てられてもいいし、多分三角関係になっているところも匂
わせるが、敢えてその辺を切り落としてアクション映画に徹
しているところは巧い。                
そのアクションは、来栖と李の1:1の闘いも良かったし、
町中での闘いや騎馬戦、そしてトルコ軍との壮絶な戦闘も巧
く描かれていた。実際、ほとんどのべつ幕無しに、手を変え
品を変えての闘いが続く構成も見事だった。       
上映時間は1時間59分。よく似た作品では、先に韓国映画の
『MUSA』があり、あの作品は2時間13分もあった割りに
はちょっと喰い足りない感じだったが、その点、本作の長さ
は丁度よいという感じだった。それだけ密度が濃いと言うこ
とだろうか。                     
                           
『恋する幼虫』(日本映画)              
前作『クルシメさん』が話題になった劇団・大人計画の俳優
でもある井口昇監督の新作。              
前作も見ていないし、特別に見る理由はなかったのだが、取
り敢えず同姓と言うことが気になって見に行ったというとこ
ろ。上映前に挨拶があり、自主映画のスタンスと言うことな
ので、評価もそこから出発したい。           
物語は男女のトラウマを背景に、それが引き起こす騒動を描
く。そして全体は、ちょっとH(Horror)なラヴコメディー
として展開する。テーマ自体は悪くないし、自主映画の割り
には、荒川良々、新井亜樹、乾貴美子といった俳優も揃って
いて、見ていて違和感はなかった。自主映画の中では水準は
高いと言える。                    
だが、構成がやはり弱い。劇団系の人の作品にはいつも同じ
ような感じを持つが、結局、映画と舞台の違いがそこにある
のかもしれない。1時間50分の作品だが、単純には後20分ほ
ど短くした方が良いように思う。全体にテンポが感じられな
いと言うか、映画のテンポではないのだ。        
それから結末は、やはりハッピーエンドはおかしい。この展
開では、アンハッピーエンドにするのがセオリーだろう。敢
えてセオリー外しをしたと言いたいかも知れないが、その域
に達してはいない。いろいろ苦言を呈したが、次回作も見た
いという気持ちは持った。               
                           
『悪霊喰』“The Sin Eater”              
最初に、配給会社の資料でこの映画の原題は“The Order”
となっている。確かに9月にアメリカで公開されたときに題
名も“The Order”だったようだ。しかし試写で上映された
フィルムの記載は“The Sin Eater”となっており、僕はそ
の原題を採用する。                  
原題の意味は、極悪人の罪をも喰ってしまい、罪びとを天国
に導いてしまう能力を指す。映画の中では、ゴルゴダの丘で
十字架に架けられたキリストも、隣に架けられた罪びとの罪
を喰ったと説明される。                
しかし現在のキリスト教では異端の存在であり、それを研究
することも異端とされる。そして主人公は、ニューヨークで
そのSin EaterやExocismなどを研究している司祭。しかし研
究の指導者だった先輩の司祭がローマの研究室で謎の死を遂
げてしまう。                        
主人公は、その調査を法王庁の枢機卿から依頼される。そし
てローマに飛んだ主人公は、現代に生きるSin Eaterの存在
に行き当たる。                    
Sin Eaterという言葉は以前から聞いていたが、その実際の
意味や歴史的な背景などを詳しくは知らなかった。この作品
は、その辺りを判りやすく説明してくれているもので、その
意味では勉強になる作品で興味深かった。        
と言っても、そんなことに興味を持つ人間がどれだけ居るか
ということで、興味がなければおしまいかもしれない。確か
に人間ドラマとしては中途半端なところもあるし、ちょっと
物足りないのだが、僕はそれなりに楽しめた感じだ。   
監督のブライアン・ヘルゲランドは、『ロック・ユー』など
でも知られるが、脚本家として『L.A.コンフィデンシャ
ル』や、最近ではクリント・イーストウッド監督の『ミステ
ィック・リバー』なども手掛けている。         
ただしこれらの作品では、共通して人間が描けていない印象
を持ち、僕は一部の作品では不満も感じている。しかし本作
では、逆に人間関係を排してSin Eaterの存在に迫っている
辺りが好ましく、こういう作品には向いているかも知れない
とも感じた。                     
それから本作では、現地ロケされたローマの風景が美しく、
映画の内容から見て内部の撮影は別なのだろうが、いろいろ
な寺院の映像も美しかった。              
                           
『ブラザー・ベア』“Brother Bear”          
Pixerやジブリではない、ディズニー本体が製作した2003年
度のアニメーション作品。               
舞台は、マンモスが生きている時代。腕力が優先するこの時
代に、シャーマンから愛の象徴のトーテム・熊を与えられた
若者が、そのトーテムに不満を持ったことから始まる人間と
熊の物語。                      
主人公は、自分のトーテムである熊を殺してしまったことか
ら、自然の掟を破った罰として熊に変身させられられてしま
う。そして母熊とはぐれた小熊と巡り会い、母熊を探す旅に
同行することになるのだが…。             
ディズニーのアニメーションでは、『バンビ』を始め野性の
動物を扱った作品にも秀作があったが、1994年の『ライオン
・キング』以来、ここ10年間は作られていなかったというこ
とだ。                        
と言ってもこの作品は、野生動物というよりは人間が主人公
のファンタシーの趣が強く、その意味では、動物を無理に擬
人化しているようなところもなく素直に楽しめた。逆に、コ
メディリリーフ的に登場する擬人化された部分も判りやすく
良い感じだった。                   
Pixer作品などのように、大人も楽しめるかと言われると、
ちょっと躊躇するところはあるが、元々お子様向けの作品と
して丁寧に作られたもので、ターゲットはしっかりと捉えて
いる。後は日本語吹き替え版の出来しだいというところだ。
なお、この作品では、画面サイズが最初1.85:1のヴィスタ
サイズで始まって、途中から2.35:1のスコープサイズにな
る。試写では、前半スクリーンの両サイドに黒みが出る状態
で上映されたが、出来ればちゃんとスクリーンのマスクを移
動してもらいたいものだ。予告編との切り替えでは出来てい
るのだから。                     
                           
『ハンター』(カザフスタン映画)           
今年のNHK主催のアジア・フィルム・フェスティバルのた
めに製作された作品。                 
2000年の東京国際映画祭シネマプリズムで、『3人兄弟』と
いう作品が上映されたセリック・アブリモフ監督の新作。前
作はソビエト時代に核実験場だった場所の近くに住む少年た
ちの成長を描いていた。                
この作品は完成が遅れ、事前の試写が行われなかったものだ
が、実は事前の資料に掲載された物語と映画の内容が異なっ
ており、何か未完成のような印象を受ける。       
物語は、カザフスタンの山岳地方の雄大な風景を背景に、一
人の少年の成長が描かれる。そこには性への目覚めや大人へ
の成長が描かれ、それなりにまとまっているようにも思える
が、資料に掲載された話はもっとドラマティックなものだっ
た。                         
それに、上映時間も事前の資料では110分となっていたが、
上映された作品は91分、特に後半が大幅に欠落している感じ
で、未完成の印象は拭えない。             
このフェスティバルは隔年開催で、今回を逃すと上映の機会
は2年後となってしまう訳だが、それにしても、この作品が
未完成だったとしたら、入場料を取って上映するのは正しい
ことではないと思う。                 
                           
ということで、以前の紹介も含めて今期の4作品を紹介した
が、1昨年の前回に比べて、作品のレヴェルは下がっている
感じがした。実際、今回の作品の中で、金を取って見せられ
るのは『恋之風景』だけのように思える。『OSAMA』は
かろうじて話題性があるという程度だろう。       
NHKも、ただ金をばらまいているだけではいけない時期に
来ているのではないか。製作者としての立場をもっと発揮す
るべきではないかと感じた。              
                           
『ソニー』“Sonny”                  
ニコラス・ケイジの初監督作品。1980年代初め頃のニューオ
ルリンズを舞台に、一人の男の生き様が描かれる。    
兵役を終えた主人公が生まれ育った街に帰ってくる。そこは
売春宿の並ぶ歓楽街で、主人公はその街で12歳の時から客を
取ってきた男娼。実の母親に教え込まれたテクニックは伝説
とまで言われていた。                 
しかし兵役の中で堅気の生活を知った主人公は、そんな境遇
を抜け出したいと思うようになっていた。とは言うものの、
堅気の生活を全く知らない主人公は、そこを抜け出す手段す
ら判らぬまま、ずるずると元の生活に戻ってしまう。   
そんな主人公に、彼が居ない間に彼の母親が育て上げた一人
の娼婦が好意を寄せる。そして彼女は、主人公と共に堅気の
生活をすることを夢見るのだったが…。         
特殊な境遇の主人公の物語ではあるが、その根底にある人間
ドラマは普遍のものだ。物語自体が良くできていて、多分脚
本もしっかりしていたのだとは思うが、ケイジの演出は小細
工もせず、正面から物語を描き切っていて好感が持てた。 
主演は、『スパイダーマン』で主人公のライヴァルを演じた
ジェームス・フランコ、相手役には、『アメリカン・ビュー
ティ』のミーナ・スヴァーリ。ケイジも主人公が関わるヤク
中男の役で出演している。               
                           
『ギャザリング』“The Gathering”           
この作品を紹介する場合には、どうしてもネタばれが生じて
しまう。と言っても、これはこの作品の基本設定みたいなも
のだし、物語自体は別の展開なので、ご了承願いたい。  
物語は、イギリス南西部のグラストンベリーで始まる。その
町で若い男女が行方不明になり、それをきっかけに土砂に埋
められた古い教会が発見される。そしてその修復、調査に当
った学者は、そこに隠された大いなる謎を解き明かすことに
なる。                        
一方、学者の家に妻が起こした交通事故で記憶喪失になった
女性が暮らすことになる。やがて彼女は、町で老若男女を取
り混ぜた一団に遭遇し、言い知れぬ不安に駆られる。そして
彼らが、町を襲う災厄の前兆であることに気付く。    
よく似た作品では、1992年公開の『グランド・ツアー』が思
い出される。あの作品では未来人がタイムマシンで過去の災
害現場を観光旅行に来るというものだったが、本作では丁度
その逆の展開と言えそうだ。              
そして1992年の作品が、VFXを見せ場とした一種のディザ
スター映画であったのに対して、本作では見事に人間ドラマ
を展開している。また物語の展開にも破綻がなく、しかもか
なり強いメッセージ性を持っていることにも感心した。  
主演はクリスティーナ・リッチ。脚本は、作家でもあるアン
ソニー・ホロヴィッツ、監督を、1997年版『オスカー・ワイ
ルド』などのブライアン・ギルバートが手掛けている。小品
だが見逃したくない作品と言えそうだ。         
                           
『ドッグヴィル』“Dogville”             
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のラース・フォン・トリア
ー監督が、ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、ロー
レン・バコール、ジェームズ・カーン、ベン・ギャザラらを
招いて作った作品。                  
物語の舞台は、1930年代のロッキーの山懐に抱かれるような
町ドッグヴィル。その町は、街道の行き止まりに位置し、そ
こから先に行く道はない。元は金鉱があったらしいが、現在
は牧師のいない教会を中心に20人足らずの住人が暮らしてい
る。警察暑もない。                  
そんな町に、一人の女が迷い込んでくる。やがて警察が来て
尋ね人の張紙をするが、彼女はギャング団に追われていると
言い、匿ってくれるように頼み込む。そして住人たちは集会
を開き、彼女を匿うことに決めるのだが…。       
この物語を、広いスタジオの中に道路や家の配置を白線で描
いただけのセット(?)のみで描くというのだから、これは
かなり挑戦的な作品だ。しかも上映時間は177分。     
正直に言って、僕は見に行く前にはかなり躊躇した。まして
や、キッドマンが計画された続編に出演しないというニュー
スもあって、失敗作ではないかという印象も持ったのだ。し
かし、今は見に行って本当に良かったと思っている。   
セットの雰囲気から、全体は舞台劇のような印象になる。し
かも演技も、パントマイム的な部分も入るなど不自然なもの
にならざるを得ない。しかし監督はそれら全てを逆手にとっ
て、その中から人間の本質に迫る物語を搾り出してくる。 
しかも、監督自身が操作するステディカムが俳優の中に入り
込み、一方でナレーションも多用されて、全てが監督の視点
で物語られるという構成。この構成が巧みで、そこに飲み込
まれると3時間近くがあっという間の感じだった。    
確かに巧いし、極めて頭の良い人の作品と言える。しかし撮
影の困難さは、想像以上だったようだ。何しろ壁のないセッ
トでは、出演者は常にスクリーン上に写っている訳で、その
俳優たちがすべて演技していなければならない。     
それを演出し切れたか否かは、併映される52分のメイキング
のドキュメンタリーにも描かれているが、その点だけでも大
いなる挑戦だったと言えそうだ。しかも監督は続編も作ろう
としている。この挑戦はまだ続くと言うところだろう。  
なおキッドマンは、ドキュメンタリーでは、監督にシナリオ
の変更を提案して、監督がそれを受け入れるなど、2人の間
に確執があるようには見えなかった。他の俳優たちは別のよ
うだったが。                     
なお、このドキュメンタリーも含めて、ほぼ4時間の映像体
験は、観客としては心地よいものであった。       
                           
以上で、2003年に試写で見た長編映画の紹介を終了します。
最後に、僕のベスト10を選んでみたので紹介しておきます。
◎一般映画                      
1。ラスト・サムライ
2。LotR/二つの塔
3。シティ・オブ・ゴッド
4。シカゴ
5。パイレーツ・オブ・カリビアン
6。北京ヴァイオリン
7。ファム・ファタール
8。プルート・ナッシュ
9。ハルク
10。キル・ビルVol.1
◎SF/ファンタシー映画
1。LotR/二つの塔
2。プルート・ナッシュ
3。SIMONE
4。ザ・コア
5。パイレーツ・オブ・カリビアン
6。ハルク
7。スパイ・キッズ3−D
8。“アイデンティティー”
9。フレディvs.ジェイソン
10。ミッション・クレオパトラ
対象は2003年に公開された洋画作品です。また、一般映画と
SF/ファンタシー映画のそれぞれで選びましたが、順位が
入れ代わるのは、それぞれの立場で見た場合の評価の違いと
いうことです。特に、2〜3位の作品については、SF映画
ファンとして気に入った作品ということで、一般映画として
評価したい『パイレーツ』や『ハルク』より上にしました。
また『プルート・ナッシュ』は、不当に低く評価されている
ように思い、あえて一般映画にもランクインさせました。 
結局、『パイレーツ』以外の夏作品を落とすことになり、特
に『マトリックス』を2本とも落とすことになったのは残念
です。なお『レボリューション』については、巷では物語が
意味不明のように言われていますが、僕は全てがオラクルの
一人芝居と考えれば辻褄が合うと考えます。つまりハードウ
ェアの不具合を、ソフトウェアがウェットウェア(人間)を
操って修復する物語とすれば、話は合うはずですが…。  
来年もよろしくお願いします。             


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井口健二