井口健二のOn the Production
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2003年10月16日(木) ブルドッグ、ヴァンダの部屋、ストーリー・ビギンズ・アット・ジ・エンド、悪い男、アフガン・零年、ジョゼと虎と魚たち、キル・ビル

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
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『ブルドッグ』“A Man Apart”             
『トリプルX』のヴィン・ディーゼル主演、『ミニミニ大作
戦』のF・ゲイリー・グレイ監督によるアクション映画。 
今回のディーゼルの役柄は、米司法省麻薬取締局(DEA)
の捜査官。ストリートギャング上がりの彼は、7年の捜査の
末にドラッグの総元締めルセロの逮捕に成功する。しかし新
たにディアブロと呼ばれる元締めが現れ、ルセロ以上に過酷
な取り引きを始める。                 
そしてディアブロの魔手は主人公にも及び、銃撃戦で最愛の
妻を殺され、彼自身も重傷を負わされる。その傷の癒えた主
人公は、復讐の鬼と化してディアブロを追いつめて行く。 
まあ、典型的なアクション映画のパターンではあるが、その
分安心して見ていられると言うか、変にごたごたした裏話が
ないのはすっきりと楽しめる。アクションも、銃撃戦と、後
は走って悪者を追いつめるというシンプルさで、かえって新
鮮な感じだった。                   
そして最後の犯人逮捕の描き方も、ちょっと最近のハリウッ
ド映画とは違う美学が感じられて、良い感じだった。   
ディーゼルは、『ワイルド・スピード2』に続いて、『XX
X』の続編も降板してしまったが、そんな彼が、多分一番B
級の『ピッチ・ブラック』の続編には出演している。そんな
彼の好漢振りが発揮された作品というところだ。     
                           
『ヴァンダの部屋』“No Quarto da Vanda”       
リスボン市内で、移民たちが多く住むスラム街フォンタイー
ニャス地区。ここにDVカメラを持ち込んで、2年間に亙っ
て撮影されたドキュメンタリー。この地区は、現在再開発が
進んでおり、次々に破壊される住宅のすぐ傍に住む人々の生
活が描かれる。                    
街は、昔は活気もあったのだろうが、今や住んでいるのは行
き場のない人々ばかりで、そのほとんどはジャンキーという
ありさま。その中から、母親と妹、それに刑務所に入ってい
る姉の子供などと一緒に暮らしている女性ヴァンダと、その
幼なじみの黒人青年ニョーロに焦点は向けられている。  
ところがこの2人もジャンキーで、ほとんどの場面は麻薬の
吸引ばかりという状況だ。ただしヴァンダは、同じ監督の前
作の劇映画には演技者として出ているということで、彼女の
麻薬吸引がフェイクであるかどうかは解からない。なおエン
ディングクレジットでは、母親とやはりジャンキーの妹も同
じ苗字だった。                    
ということで、どこまでがドキュメンタリーでどこからがフ
ィクションか判然としない作品だが、映画全体はドキュメン
タリーらしく淡々と進む割りに、3時間の上映時間をほとん
ど飽きさせることなく見せ切っているのは凄い。     
これはやはり演出された作品のようにも思えるが、進行中の
いくつかのストーリーを並行して見せるなど、テクニック的
には上手く作られていた。               
そして現在進行形のドキュメンタリーらしく、結論らしい結
論もないまま映画は終ってしまうのだが、何かずっしり重た
いものを持たされたような、そんな感覚が残った。    
こういうのを見せられると、日本のホームレスなんて甘いも
のだと思ってしまう。もっともこの映画の人々には、一応家
はあるのだが。                    
                           
『ストーリー・ビギンズ・アット・ジ・エンド』     
                     “Arimpara”
12月13日から開催されるNHKアジア・フィルム・フェステ
ィバルで上映される新作の1本。このフェスティバルは、N
HK出資でアジア各国の映画作家と共同製作するプロジェク
トの一環として2年に1度開催され、今回が5回目。僕は2
年前の前回から試写を見せてもらえるようになった。   
本作はインドのムラリ・ナイール監督の新作で、同監督は過
去にカンヌ映画祭の新人監督賞も受賞、今年のカンヌでは、
その部門の審査員も勤めたそうだ。           
物語の主人公は、落ちぶれかけた地主の末裔。一応農地は守
っており、裕福ではないが、若い妻と幼い一人息子とまずま
ずの暮らしはしている。そんな主人公の口元に、突然、黒い
いぼが生じる。                    
そのいぼを、最初は幸運の印などと言っているが、日々大き
くなるいぼに妻も懸念を隠せない。しかし主人公は医者に行
くことを拒み、薬草で直すと主張する。ところが、いぼはど
んどん大きくなり・・・。               
このいぼに何か寓意でもあるのかとも思ったが、別にそうい
うこともないらしい。しかも90分の映画の後半30分ほどは、
このいぼのせいで話が突然シュールに展開し始め、ちょっと
信じられない結末になる。               
資料にインフォメーションはなかったが、これはやはり民話
か何か下敷きがあるのではないかという印象だ。それとも、
そういう展開を真似て作られた作品ということなのか。いず
れにしてもこの後半の展開には唖然とした。       
単に監督の構成力に難があるということも考えられるが、そ
れにしては上記の経歴は立派すぎる。なんとも狐に摘まれた
ような感じ。                     
ただし映画は、見終ってあっけらかんとした結末などのせい
か、悪い気分にはならなかった。それだけの手腕はあると言
うことになるが、それにしてもこの展開は謎だ。     
                           
『悪い男』(韓国映画)                
映画祭常連監督キム・ギドクの02年作品。本作はベルリン映
画祭のコンペティションに選出されている。       
ヤクザの男が女子大生に目を止め接近するが、汚らわしいも
のを見るような目で避けられてしまう。そんな女を男は策略
で陥れ、借金の形として風俗街に売り飛ばす。環境の激変に
とまどい悲嘆する女。そんな姿を男はマジックミラー越しに
見続ける。                      
今時の女がこんな手口に引っ掛かるものかという部分もある
が、全体が男女の関係を描いたファンタシーという感じが強
く、そういうこととして見るべきものだろう。      
結局、男の愛の本質は映画の後半になって提示されるが、そ
の心情は理解できないこともない。男女の愛には、いろいろ
な形があると思うが、その一つの姿が提示されているという
ところで、そのテーマは解かりやすい。         
韓国製のヤクザ映画も何本か見ているが、初めてその心情を
理解できる作品だった。主人公の男は、一面ではタイトルと
は裏腹の男なのだ。それに登場する他のヤクザたちも、それ
なりに道理を踏まえた男たちであることも、納得できるもの
だった。                       
なお、プレスに<韓国の北野武>というコピーを見たが、ま
ったく失礼な言い草だ。ストーリーテリングの上手さでは、
何かと無意味な暴力シーンに逃げるたけしなど足下にも及ば
ない。年齢的にはたけしより若いが、人間に対する洞察力も
数段上だ。                      
海外の作品を扱うのに、こういう他国人を見下すような言い
方は止めるべきだろう。                
                           
『アフガン・零年』“Osama”              
第5回NHKアジア・フィルム・フェスティバルで上映され
る新作で、アフガニスタンのセディク・バルマク監督とNH
Kの共同製作作品。タリバン政権崩壊後、初めて撮影された
アフガニスタン映画で、今年のカンヌ映画祭で新人監督特別
賞を受賞している。                  
タリバン政権下のカブール。女性一人の外出が禁止され、男
性のいない一家は収入の術を失ってしまう。そこで窮余の策
として娘の髪を切り、少年として働かせるのだが、街の少年
は全員タリバンの学校に行くことを命じられる。そこで食糧
も配給されるが、やがて少女であることが発覚してしまう。
82分の作品で、物語は深くは描かれない。監督もそれを語り
切れるほどの技術は持っていないのかも知れない。しかし、
ここには真実の重みがある。恐らくは、タリバン政権下のカ
ブールで日常的に起こっていた出来事なのだろう。    
強かに生きる女たち、無邪気だが残酷な子供たち。特に、兵
器で遊ぶ子供たちの姿が恐ろしかった。         
                           
『ジョゼと虎と魚たち』                
田辺聖子原作の長編小説の初めての映画化。       
大学生の主人公は、ある日、ジョゼと自称する足の不自由な
女性と出会う。彼女は、障害者であるとの僻みからか、粗暴
な行動や言葉づかいで人々を遠ざけるが、主人公は逆にそこ
に惹かれて行く。そして、一緒に暮らし始めた彼らの生活が
描かれる。                      
この作品の最大のポイントは、障害者を特別な目で見ていな
いことだろう。しかし主人公は彼女を特別な目で見てしまっ
ている。そんなずれが、観客に真の物語を語りかける。  
恐らくは、原作の素晴らしさもあるのだろうが、それを真面
目に映画化した制作者たちにも敬意を表したい。     
大学生を演じるのは妻夫木聡。今の時点では、多分この人が
ベストだろう。等身大だし、特に演技していると言うより自
然体の雰囲気が良い。                 
対するジョゼ役は池脇千鶴。感情表現を抑えた役柄だから、
演技力はそれほど要求されなかったかも知れないが、体当た
りで演じているところは良かった。また、池脇とお婆役の新
屋英子の柔らかな大阪弁も心地よかった。        
同じ日に韓国映画の『悪い男』とこの作品を見たが、恐らく
正反対の二つの愛が、どちらも見事といえる作品だった。 
                           
『キル・ビル』“Kill Bill vol.1”           
クェンティン・タランティーノ監督の6年ぶりの新作。  
本当は5年ぶりの作品になるはずだったが、撮影開始直前に
主演のユマ・サーマンの妊娠が発覚したために、彼女の回復
を待って撮影公開を1年近く延期したという作品。    
また、当初は1本の作品として計画撮影されていたが、編集
段階で短縮できなくなり、結局2部作で公開されることにな
ったもので、今回はその第1部。しかしこの第1部だけで1
時間53分の作品に仕上がっている。           
映画の全体は、日本のヤクザ映画とマカロニウェスタンにオ
マージュを捧げたものということだが、今回はその前半の日
本映画篇ということにもなる。             
物語は、凄腕の女殺し屋がボスに裏切られ、結婚式を襲われ
て出席者は皆殺しにされる。しかし主人公は奇跡的に一命を
取り留め、4年間の昏睡の後に回復、襲った4人とボスに復
讐するという筋立て。                 
そして襲った内の1人、ルーシー・リュー扮するオーレン・
イシイ(石井お廉?)は、今や東京裏社会の大ボスになって
おり、彼女を倒すために、まず沖縄で日本刀を作らせ、その
日本刀を携えて東京に乗り込んでくるというものだ。   
日本映画へのオマージュと書いたが、トリビュートと言った
方が良いのかも知れない。実際、映画の最初で故深作欣二監
督にささげられてもいるが、タランティーノの日本映画への
思い入れがひしひしと感じられる作品だ。           
何しろ、本当の意味での日本刀によるチャンバラが見事で面
白いし、そこに挟み込まれるユーモアや、英語・日本語取り
混ぜての決め台詞も多彩に見事に決まっている。これは本当
に日本映画を愛する人の作品といえる。         
また、登場人物の一挙手一投足がスタイリッシュに決まって
見ていて気持ちが良いし、さらに4年間の昏睡から覚めた主
人公の、身体がまともに動くようになるまでの時間経過をち
ゃんと描いているなど、脚本の周到さと言うか作者の頭の良
さも感じられた。                   
そして上映時間の1時間53分は、おそらく今年見た映画の中
では最も短く感じられたものだ。            
ただし、タランティーノの作品なので描写はかなり過激で、
血糊の量も尋常ではない、その辺が苦手の人にはちょっと勧
められないが、そうでない人には、今年一番映画らしい映画
と言って過言ではないだろう。             
        *         *
今回は少し余白が残ったので、このページの考え方を記して
おきたい。                      
このページでは、基本的に映画を誉めることを念頭に置いて
いる。と言うか、他人が貶している映画でも何とか誉められ
るところを見つけてそれを書くことを目的としている。  
特に僕しかできない誉め方ができたら最高だと考えている。
しかし僕も人間なので、全ての映画を気に入る訳ではなく、
中には良いところを見つけられない作品もある。そのような
作品の多くは、映画をバカにしていると感じられたもので、
映画を愛する者として許せなかったものだ。       
そしてそのような作品に関しては、書くこと自体が不愉快な
ので、個人的にまとめたものは残しているが、ここには載せ
ないことにしている。                 
実際、今年は先月末までに150本ほどを見ており、1月16日
〜10月3日分でここに掲載された数との差が、僕の気に入ら
なかった作品ということになる。            
つまりここに掲載している映画は、トップにも書いた通り、
少なくともどこかで僕が気に入った作品ということであり、
書いていない作品は気に入らなかったということになる。 
ただし見ていない映画も数多くあるので、その辺はご了承願
いたい。また入場料を払って見た作品は、評価の基準が変っ
てしまうので含めないことにしている。         
以上の考え方で今後も続けて行く予定ですので、気に入った
方はご愛読をお願いします。              


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井口健二