井口健二のOn the Production
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2003年10月03日(金) 東京ゴッドファーザーズ、ロイヤル・セブンティーン、かげろう、チャーリーと14人のキッズ、1980、ピニェロ、リクルート

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
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『東京ゴッドファーザーズ』              
『千年女優』などの今敏監督の第3作。         
実写では映像化の難しいSFやファンタシーのアニメーショ
ンは理解できるが、普通の現代劇のアニメーションなんて、
実写で描けるものだし、あまり意味が無いと思っていた。し
かしこの作品では、なるほどこの感覚はアニメーションでな
くては得られないという感じがした。          
クリスマスイヴの夜、中年男と、オカマと家出少女の3人の
ホームレスが、ごみ捨て場に置かれた赤ん坊を発見する。天
から授かった喜ぶオカマは警察に届けることを拒否、結局3
人で親を捜すことにするが…、手掛かりは数枚の写真だけ。
そして雪の降り頻る東京で、3人の活躍が始まる。    
恐らくリアルに描けば嫌みになるし、汚らしくなる。そこを
アニメーションという手段で見事にオブラートにくるみ、物
語の本質に集中できるようにする。アニメーションにこんな
使い方があったのかという感じだ。           
次々起こる奇跡のような出来事も、実写だとばかばかしくな
ってしまうところだろうが、アニメーションでそれを救って
いる。ソニーが世界配給も計画していということで、海外展
開も面白くなりそうだ。                
                           
『ロイヤル・セブンティーン』“What a Girl Want”   
17歳のアメリカ人の少女が、イギリスの貴族家庭で騒動を巻
き起こすティーンコメディ。              
主人公ダフネの母親は、17年前に北アフリカを旅行中、イギ
リス人との恋に落ちる。そしてベドウィン式の挙式の後イギ
リスに渡るが、伝統ある家柄を守ろうとする人々にその仲を
裂かれ、アメリカに帰国する。             
その後に生まれたダフネは、毎年の誕生日に父親に会うこと
を願うが、その望みは叶わない。しかし17歳の年、彼女は単
身イギリスに向かい、父親に会うことを決意する。その父親
は下院選挙に出馬して次期首相を噂され、参謀の娘との婚約
も発表されていた。                  
ということで、ニューヨークのチャイナタウン育ちの少女が
イギリス貴族社会に旋風を巻き起こすのだが、まあ夢物語の
骨頂という感じ。最後はアメリカのスタイルが勝つというの
が、アメリカ人のお好みというところだろうが、貴族社会へ
の憧れみたいなものがそこここ見えるのも微笑ましい。  
少女小説というのはどこの国でもあまり変わらないというと
ころだろうが、イギリス貴族社会の俗物性をちくちくとやる
辺りは結構笑えるし、選挙が絡むシチュエーションも結構描
いていて、ライトコメディとしてはよくできていると思う。
                           
『かげろう』“Les Agares”              
エマニュエル・ベアールの主演、アンドレ・テシネの監督で
描く、第2次世界大戦を背景にしたドラマ。       
戦争の早期に夫を戦場で亡くした主人公は、子供2人とパリ
を離れ南仏に向かっている。しかし爆撃で乗ってきた車は炎
上、逃れた一家は不思議な青年の導きで森の中の屋敷に逃げ
込む。そこは戦火から遠く離れた楽園のような場所だった。
そこで一家と青年の微妙な共同生活が始まるが、謎に包まれ
た青年の行動に一家の生活は翻弄される。何か起きそうで何
も起きない、しかしいつも異様な緊張感に包まれている。戦
争という背景が見事にドラマを作り上げて行く。     
95年のシラク大統領発言によって、フランス・ヴィシー政権
によるナチス協力が公式に認められてから、ヨーロッパでの
第2次大戦を描いた映画製作が盛んになったということだ。
その中で『戦場のピアニスト』のような作品も生まれている
訳だが、戦場以外にも戦争に翻弄された人々はいた。このド
ラマは戦争が無ければ起こらない物語。原作は実話に基づい
ているそうだが、21世紀になって、いよいよ、こういう物語
が語られ始めることになりそうだ。           
                           
『チャーリーと14人のキッズ』“Daddy Day Care”   
エディ・マーフィ主演で、アメリカでは1億ドル突破の大ヒ
ットを記録したコメディ。               
エリートサラリーマンがリストラされ、妻に替って子供の面
倒を見る内に、町の保育園不足に気づく。そこで自宅を使っ
て男性保育士だけの保育園を開設。それは大成功するが、ラ
イヴァルのエリート教育が売りものの保育園と対立すること
になり…。                      
男性の育児参加というのは世界的な傾向なのだろうが、それ
を見事に映画の題材にした作品。男の育児というと、『スリ
ーメン&ベイビー』など先行作も無い訳ではないが、男が率
先して育児を始めるというのは、さすがにようやく作られた
というところだろう。                 
ということで、自分もそれなりに育児に参加したつもりの僕
としては、1時間32分のこの映画は文句無く楽しめた。  
とは言うものの、この映画の場合は、出演している子供たち
のキャラクターのユニークさが、男の育児というメインテー
マを押し退けるくらいに面白い。子供には皆個性があるとい
うサブテーマも見事に描かれている感じだ。       
それに加えて楽しめるのが、『スター・トレック』ネタのギ
ャグのオンパレード。                 
何しろ、保育されている子供の1人がトレッキーという設定
で、クリンゴン語しか喋らない。一方、大人の1人も初期の
ユニフォームで登場するようなトレッキーで、この2人の間
でクリンゴン語の会話が成立してしまう。この部分は丁寧に
字幕まで出る。                    
この他にも、『スタ・トレ』の決まり文句のファイナル・フ
ロンティアが本当に出てきたり…、人気もここに極まったと
いう感じがした。因に本作は、UIPの配給ではあるが、パ
ラマウントの製作ではない。              
それから、アンジェリカ・ヒューストン扮するライヴァル保
育園々長の助手を演じるレイシー・シェバートという女優が
ちょっと気になったので調べてみたら、98年製作の『ロスト
・イン・スペース』のペニー・ロビンスン役で映画デビュー
とあった。だからどうという訳ではないが、『スタ・トレ』
ネタも含めてSF映画ファンにもアピールしたい作品と言え
そうだ。                       
                           
『1980』                     
舞台演出やCDプロデュースなどで知られるケラリーノ・サ
ンドロヴィッチ(日本人)の初映画監督作品。      
題名の通り1980年を背景に、3人姉妹のグラフィティが展開
する。この3人姉妹を犬山イヌコ、ともさかりえ、蒼井優が
演じ、他に及川光愽、田口トモロウらが脇を固める。   
ノスタルジアを感じさせる年代を背景にした作品で、いろい
ろな当時を思い起こさせる出来事やアイテムがちりばめられ
ているから、その時代を生きた人間にとっては面白く見るこ
とができるだろう。                  
2時間3分という上映時間はちょっと長いが、全体的にはテ
ンポもよく、退屈するようなことはなかった。特に、女優3
人がそれぞれ個性豊かに30代、20代、10代を演じてくれるの
には、かなり楽しめた。                
ただ、3人の物語が付かず離れず平行して進むのは良いのだ
が、それぞれの話の掘り下げ方に物足りないところはあり、
ちょっと散漫な感じは残った。多分バランスを気にしすぎた
のだろうが…。                    
物語の語り手であるはずの男子が途中消えてしまったり、構
成的に疑問の点もあるが、まあ、初めての作品でこれだけ作
れれば合格だろう。取り敢えず、サーヴィス精神の旺盛なと
ころは買える。次回作ができたら、また見てみたいものだ。
                           
『ピニェロ』“Pinero”                
プエルトリコ出身の詩人・俳優・劇作家ミゲル・ピニェロの
生涯を描いた作品。なお原題のnの上には〜が付く。   
ピニェロは子供の頃に親と共にアメリカに移住。しかし移民
の子の定番で、麻薬や犯罪に手を出し監獄との間を行き来す
る人生となる。ところがその監獄で彼は詩の才能を発揮、さ
らに監獄での経験に基づく戯曲“Short Eyes”は評判となり
オビー賞も受賞する。                 
この戯曲は映画化もされ、彼は一躍ニューヨーク在住のプエ
ルトリカン(ニューヨリカンと自称)の中心的存在となる。
そして『刑事コジャック』などにゲスト出演するようにもな
るのだが、若い頃からの酒と麻薬で肝臓病を悪化させ、88年
に40歳で死去する。                  
という彼の人生が、医者から余命6カ月を宣告された辺りを
中心に描かれるのだが、多分この映画の想定する観客はピニ
ェロを熟知しているというつもりなのだろう。話は前後の脈
絡がなく描かれるので、最初はちょっと面食らった。   
しかし、元々詩人の話なのだし、これくらいの感性で描くの
が正解なのだろう。いろいろ朗読される詩のリズムも心地よ
く、ラテン系の音楽も楽しめて、1時間35分の上映時間もち
ょうど良い感じだった。                
なお、ピニェロの母親役でリタ・モレノが出演。さすがに老
けたが、子供時代のピニェロとダンスをするシーンなどは良
かった。                       
また映画の製作を、『ショート・サーキット』に出演し、そ
の続編ではインド人まがいのロボット学者の役で主演したフ
ィッシャー・スティーヴンスが担当しており、途中の劇場の
シーンでは切符売りの役で顔も見せていた。       
                           
『リクルート』“The Recruit”             
『13デイズ』のロジャー・ドナルドスンの監督で、アル・パ
チーノ、コリン・ファレルが共演したCIA内幕もの。  
ファレルが扮するのは、コンピュータが専門でMITを優秀
な成績で卒業した前途有望な若者。しかし彼は、石油会社に
勤めていたはずの父親の突然の死に疑問を抱いていた。そん
な彼に、パチーノ扮するCIAのスパイ訓練官バークが接近
してくる。バークは彼にスパイになることを勧め、父親の死
の謎をほのめかす。                  
こうしてスパイになる決心をした主人公を待ち構えていたの
は、他人を信用することを忘れさせる過酷な訓練だった。し
かも、バークは訓練生の中に2重スパイがいることを告げ、
彼にその摘発のための捜査を命令する。それは愛する人も裏
切らなくてはならない非情な任務だった。        
この2重スパイの狙っているのが、CIAが開発した電源ラ
インを通じて浸透するコンピュータウィルスで、その名前が
「アイス9」。実はこの名前がカート・ヴォネガットの『猫
のゆりかご』に準えて付けられ、その後も主人公が『スロー
ターハウス5』を読んでいたり、主人公の作る朝食が『チャ
ンピオンたちの朝食』だったりと、何かファンには嬉しいエ
ピソードが用意されていた。              
お話は、途中でネタは割れるが、後半までかなりサスペンス
を盛り上げて面白い。結末はもっと衝撃的でも良かったと思
うが、ハリウッド映画ではこの程度が限界だろう。多分これ
を超えると、嫌みに感じる人も多くなってしまうと思う。 
ということで、大作をどっぷり見た後の、正月明けの時期の
公開には、もって来いの作品のように感じられた。    


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井口健二