井口健二のOn the Production
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2003年09月16日(火) 龍城恋歌、アイデンティティー、ネレ&キャプテン、フレディVSジェイソン、マッチスティック・メン、しあわせな孤独、MUSA、NCW

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
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『龍城恋歌』“龍城正月”               
『HERO』のチャン・イーモウ監督が製作総指揮を手掛け
た96年の作品。監督には、オスカー候補になった90年の『菊
豆』でイーモウと共同監督を手掛けたヤン・フォンリャンが
単独でクレジットされている。             
舞台は19世紀か20世紀初頭の中国。婚礼の日に起きた一族虐
殺の中を偶然に難を逃れた花嫁と、腕利きの刺客であるが為
に女に裏切られた男。その日まで人に恋することのなかった
2人が、女の望む仇討ちという目的のために巡り合い、その
過程で愛に目覚めて行く。               
しかしその仇討ちを成就するためには、2人には過酷な試練
が待ち構えていた。                  
2つの家の抗争を巡る因果の物語は、一種の武侠物語にも通
じるところがあると思うが、この作品ではその物語に男女の
愛を織り込んで、イーモウ作品らしい素敵な物語に仕上げて
いる。そして映像では、これまたイーモウ作品らしい色彩表
現に溢れている。                   
製作総指揮とは言いながら、これは間違いなくチャン・イー
モウの作品と言えそうだ。               
テーマや展開はクラシッカルだが、ストーリー展開にも無理
がなく、またぎこちなく愛を確かめ合って行く2人の描き方
も見事で、1時間半の上映時間を充分に楽しめた。    
                           
『“アイデンティティー”』“Identity”        
『17歳のカルテ』で精神病医学の盲点を突いたジェームズ・
マンゴールド監督と、脚本は『キラー・スノーマン』のマイ
クル・クーニー。この2人が仕掛けたのは、連続殺人を犯し
た精神病患者を背景に置く、見事な心理サスペンスだった。
死刑が翌日に迫った男の再審請求が受理される。男の犯した
罪はアパートでの大量虐殺。再審の審議のために嵐の中を深
夜に呼び出された判事達はいらだっている。しかし弁護士が
同席を要求した死刑囚の到着が遅れている。       
一方、嵐の中、人里離れたモーテルに閉じ込められた10人の
男女。そこには、娼婦や女優や家族づれ、そして犯罪者を護
送中の刑事など、性別や年齢、経歴もまちまちな男女が集ま
っていた。そしてその中の1人1人が死んで行く。    
それは殺人だけでなく、明らかな事故死もあったのだが、そ
の死体のそばには、ナンバーのカウントダウンするモーテル
のルームキーが置かれていた。             
実は大きなトリックがあるのだが、それはここでは明かせな
い。結局、こういう物語の展開というか、トリックは、見る
側がそれに同調できるかどうかが鍵になると思うが、僕は気
に入っている。上に書いた監督の前作と比較するとかなり面
白いとも感じた。                   
映画は巻頭で、フラッシュバックを上手く利用して観客を映
画の舞台に引き摺り込んで行く。しかも嵐という設定が違和
感を消し、その世界に入って行くことを助けているようだ。
この演出とシナリオの巧みさがアメリカでナンバーワンヒッ
トに輝いた理由だろう。                
かなりグロテスクなシーンはあるが、いわゆるスラッシャー
(と最近は呼ぶらしい)ムーヴィほどではなく、映画の手法
を最大限に活かした見事な作品といえる。        
                           
『ネレ&キャプテン』“Wie Feuer und Flamme”     
1989年のベルリンの壁崩壊以前の東西ベルリンを舞台にした
青春ドラマ。                     
ネレは、東ドイツを脱出した父親を持ち西ベルリンに暮らす
少女。ある日、東ベルリンで行われる祖母の葬儀のため初め
て東側を訪問する。                  
そこには西側で聞かされていたような暗いイメージはなく、
とある遊園地でパンクロックの音楽で遊ぶ若者たちまで見か
けてしまう。しかし当局からは、すでに白い目で見られてい
るらしい彼らに、彼女は興味を引かれて行く。      
その後、何度か東側を訪ねたネレは、キャプテンと自称する
ヴォーカルが率いるバンドと親交を持って行く。そして当局
の締め付けが厳しくなって行く現状に、彼らの窮状を西側に
知らせるべく、映像を西側に持ち出すなどの行動を起こすの
だが…。                       
主人公の2人はフィクションだが、描かれるエピソードはす
べて現実にあった話だということだ。実に馬鹿ばかしいやり
方の当局の締め付けが描かれるが、これが現実だったという
ことだ。                       
東側のパンクロックの話は、以前にどこかで聞いたことはあ
ったが、こういうエピソードを見せられると考えさせられる
ところも多い。ちょっと政治的な部分の描かれ方が強いよう
な感じもするが、興味は引かれる物語だった。      
                           
『フレディVSジェイソン』“Freddy vs Jason”     
『エルム街の悪夢』のフレディ・クルーガーと『13日の金曜
日』のジェイソン・ボーヒーズという2大殺人鬼が一緒に登
場する恐怖映画。                   
84年にニューラインでスタートした『エルム街』は、94年ま
でに7作が製作されている。              
一方、元々はパラマウントで80年にスタートした『13金』の
シリーズだが、10年ほど前にその権利がニューラインに売却
され、93年の『ジェイソンの命日』からはニューラインで再
スタートが切られたものだが、昨年の『ジェイソンX』まで
新作は途切れていた。                 
その2シリーズの合体という訳だが、この企画に関しては、
実際には『命日』の最後でアナウンスメントが行われていた
もので、それから10年掛けてようやく実現となったものだ。
その実現までに、練りに練ったシナリオということだろう。
物語は、フレディの最後の事件から4年後という設定で、惨
劇のあったオハイオ州スプリングウッドの町では、事件その
ものの記録を封じることで、子供たちを恐怖心から遠ざけ、
フレディの名前も忘れ去られようとしていた。      
この事態にフレディは、子供たちの恐怖心が消えたことで力
が弱まり、危機感を覚えていた。そして子供たちの恐怖心を
蘇らせるために、ニュージャージー州クリスタルレイクのジ
ェイソンを復活させ、スプリングウッドへと呼び寄せる。 
そしてジェイソンが起こす惨劇は人々に恐怖心を呼び戻し、
フレディの力も復活し始めるのだが…。ジェイソンは、フレ
ディの獲物だった子供たちも襲い始めてしまう。こうしてフ
レディVSジェイソンの闘いが始まることになる。    
一方、事態を分析した主人公たちは、2人の特性を利用して
反撃を試みるのだが…。                
どちらも長く続いたシリーズだから設定もいろいろとある訳
で、今回はその設定をかなり巧みに利用しており、その意味
では納得できるお話だった。製作は、『13金』のショーン・
S・カンニンガムだが、結構フレディに花を持たせた感じな
のも好感が持てた。                  
なお、試写会では、2人の好きな方に投票するというイヴェ
ントがあり、僕はフレディ派なのだが、結果はジェイソンの
勝ちだった。劇場前売り券も2種類が作られ、その売り上げ
で人気が競われることになっているようだ。       
                           
『マッチスティック・メン』“Matchstick Men”     
リドリー・スコット監督とニコラス・ケイジが手を組んだコ
ン(詐欺師)ムーヴィ。                
スコットと言えば、『エイリアン』『ブレードランナー』に
始まって、『グディエーター』『ブラックホーク・ダウン』
などアクション主体の作品のイメージを持つが、本作は意外
にも父娘の関係を中心にした詐欺師物語。アクションはほと
んどなく、新境地開拓と言うところだ。         
父娘を中心にした詐欺師物語と言えば、どうしたって『ペー
パー・ムーン』が頭に浮かんでしまうが、本作はそれに負け
ず劣らずの心に暖かいものを残してくれる見事な作品だ。 
異常なまでの潔癖症の中年の詐欺師と、14歳の彼の娘。長く
離れ離れだった娘の出現で、彼の潔癖症も納まり始めるが、
父親譲りの詐欺の才能を発揮する娘を、ふと大仕事に巻き込
んだために、事態は思わぬ方向に進んでしまう。     
実は映画を見終ったときに、最初はこれでいいのかと思った
のだが、これが見事なハッピーエンドであることに後から気
がついた。つまり僕も映画の術中に見事に填められていたと
いうこと。脚本の上手さと演出の上手さ、そして俳優の見事
な演技が重なってすばらしい作品に仕上がっている。   
特に、14歳の娘を演じるアリソン・ローマンは、今年初めに
『ホワイト・オランダー』を見ているが、その時にも見せた
彼女の演技には今更ながらに舌を巻く。次はティム・バート
ン監督の“Big Fish”が控えているが、今度はどんな演技を
見せてくれるか楽しみだ。               
考えてみればスコットは、『エイリアン』『ハンニバル』な
ど、女性を主人公にした作品にも見事な手腕を見せてくれて
いるのだった。                    
                           
『しあわせな孤独』“Elsker dig for evigt”      
結婚を控えた幸せな生活を突然破壊した交通事故。その事故
で首から下が不随になった男の婚約者。これに対する事故の
加害者の夫で男が入院した病院の医師が、同情からやがて抜
き差しならない関係になって行く姿を描いたドラマ。   
デンマークの映画ムーヴメント、ドグマグループの作品で、
デンマークでは国民の8人に1人が見たと言われ、今年の同
国のアカデミー賞では3部門で受賞している。      
事故で幸せな生活が一瞬のうちに奪われた女と、それに同情
した男。突然自分の身にも降りかかるかも知れないシチュエ
ーションが観客の共感を呼ぶ。僕は男性として、主人公の医
師の行動には、馬鹿だなあと思う反面、自分はこの誘惑に抗
し切れるかという考えも湧く。             
不道徳な物語だが、そんな現実味が迫ってくる。ドグマの作
品は、全編手持ちカメラで、人工照明も使用しないという決
まりがあるが、この作品の現実味は、その撮影方法にも効果
があるように感じた。                 
画質を変えて登場人物の心理を描く表現手法も、映画の流れ
の中で良いアクセントになっていた。          
                           
『MUSA』“武士”                 
中国大陸1万キロにおよぶ大ロケーションを敢行したという
韓国製チャンバラ時代劇。読みがこうなら原題は『武者』か
と思ったら、韓国語の発音では違うようだ。       
時代は14世紀。明との関係が悪化しつつある高麗の派遣した
使節団が、明と蒙古との闘いに巻き込まれる。しかも行きが
かりで蒙古軍に捕えられていた明の姫を救出したことから、
砂漠の中を蒙古軍に追い立てられ、過酷な運命に翻弄される
ことになる。                     
一旦救出した姫君を要求され、彼女を差し出せは助かること
が解かっていながら、それをすることが出来なくなってしま
う。英雄物語にはよくある展開だが、三角関係を想像させる
部分もあって納得できる展開になっていた。       
そして後半は、砦に立て籠った主人公たちを襲う蒙古軍とい
う戦闘アクションで、そこには民間人もいるという図式は、
まるで『アラモ』という感じ。これもまた見ていて納得とい
う感じのものだった。                 
使節団のメムバーやその他の周囲の人々の個々のドラマもさ
りげなく挿入され、2時間を超える上映時間を飽きさせない
のは見事。また、明の姫君をチャン・ツィイーが客演してい
て、あまりアクションはないが、気の強いお姫様の雰囲気が
良かった。                      
なお、台詞は中国語と朝鮮語が入り混じっているらしいのだ
が、字幕が同じで区別が付かなかった。相互に理解できてい
るのか、いないのかという辺りが、重要になる部分もあった
ような感じもしたのだが。               
                           
 最後に、ニュー・シネマ・ワークショップ主催の『Movies
-High 4』というイヴェントを見せたもらった。      
 このイヴェントには昨年も招待されて見に行ったが、昨年
の作品は、正直に言って学生映画というか、アマチュアの作
品という感じだったが、1年経った今年は格段に上手くなっ
ているのには驚かされた。出演者にもプロの俳優や劇団の子
役を起用しているものが多く、下手なプロ作品よりしっかり
している感じのものもあった。             
 中でも、映画祭での入賞も果たしている『雨と冒険』は、
その感性の瑞々しさと懐かしさで、思わず胸が熱くなった。
この監督の次回作はぜひ見たいところだ。        
 ただ、これは去年も感じたが、全体的に大人しすぎる雰囲
気があり、何か4畳半的なこじんまりとしたまとまり方で、
弾けるような感覚に乏しいことが気になった。来年はもっと
弾けた感じの実験的な作品も期待したい。そろそろそういう
作品が現れても良い時期だろう。            
 後は、殆どの作品に共通して暗転の使い方がちょっとくど
い感じがした。多分指導者の考えなのだろうが、最近の映像
で暗転の使用は減ってきていると思うので気になった。  
 昨年は、会場の設備の影響もあって、多少見るのに努力が
必要だった面もあるが、今年の調子なら今後も見続けたいと
いう思いがした。いつの日かここから映画監督が育つことも
期待したい。                     


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井口健二