井口健二のOn the Production
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2003年05月02日(金) HERO、Bモンキー、ベアーズ・キス、プルートナッシュ、灰の記憶、ドリームキャッチャー、すてごろ、ハンテッド、ホーリー・スモーク

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
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『HERO』“英雄”                 
『初恋のきた道』のチャン・イーモウ監督の02年作品。本国
では、『タイタニック』を超える史上最高の興行を記録した
そうだ。                       
紀元前200年頃の秦国。天下統一を目指す秦王は、各国から
の刺客に狙われていた。そのため王宮には、刺客が身を隠せ
ないように調度もなく、人々は王から100歩以内に近付くこ
とを許されなかった。                 
そんな王宮に「無名」と名乗る男が現れる。男は1本の槍と
2振りの剣を携えている。その槍と剣こそは、秦王を狙った
中でも最高の刺客と言われた「長空」「残剣」「飛雪」の所
有していたもの。男は彼らを倒したと宣言する。     
男は、王の求めに応じて、彼らを倒したいきさつを語り始め
る。その巧緻に長けた作戦。そしてその功績により、王に10
歩のところまで近付くことを許されるのだったが…。   
監督の今までの作品のイメージとは180度違った武侠作品。
アン・リー監督が『グリーン・ディスティニー』を撮ったと
きにも驚いたが、中国人の監督にとっては、武侠ものという
のは離れられないものらしい。             
とは言っても、さすがに映像の美しさでは群を抜くイーモウ
の作品。ほとんどモノクロームに近い雨の中での戦いや、銀
杏の葉の舞うほとんどが黄色の中での戦い、そしてそれが一
瞬で紅葉に変わるなど、その様式美にあふれた映像が見事に
決まる。                       
しかもその中で、アクションのカタログと呼べるほどいろい
ろな剣戟シーンが展開するのだ。この剣戟を、ジェット・リ
ー、トニー・レオン、マギー・チャン、ドニー・イェン、チ
ャン・ツィイーらの世界に通じるアクションスターたちが演
じてみせる。                     
中でもツィイーは、『グリーン・ディスティニー』では、舞
台挨拶と本編での印象の違いに驚かされ、その後に『初恋の
きた道』を見て、そのイメージが綯い交ぜになっていたが、
本作ではそれら全てが揃っているようで、さすがに彼女を最
初に使った監督だけのことはあると感じた。       
まさに剣戟武侠映画、しかしイーモウの手に掛かると、一つ
また違った世界が展開する。              
                           
『Bモンキー』“B.Monkey”              
『トリプルX』で鮮烈な印象を残したアーシア・アルジェン
トの主演作。といっても本作の製作は1996年(公開は98年)
だそうなので、この方が前の作品だ。          
ロンドンの街で手際の良い強盗を繰り返す男女のチーム。女
の名はベアトリス。イニシャルからBモンキーと呼ばれる彼
女は、イタリアの実母と継父の基を逃れて、この街に流れ着
いた。                        
手口は盗難車を使い、証拠を全く残さない。人を殺したり傷
を負わせることがなく、しかも背後には組織が付いている。
このため、警察も現行犯以外ではほとんど動くことはない。
彼らは犯行を楽しんでいた。              
彼女には「家族」がいる。相棒のブルーノと、彼の愛人のよ
うなドラッグ中毒のポール。しかしブルーノとポールが仲違
いしたとき、彼女はごく平凡な小学校教師のアランが、彼女
の実像を知らずに恋心を寄せていることに気が付く。   
そして彼女も、アランの想いを感じ、彼と共に平凡な生活を
求めようとするのだが…。               
元々のシナリオはイギリス人女性が主人公だったそうだが、
アルジェントのために書き替えられたということだ。そうし
たくなるくらいに彼女の存在感が輝いている。また、脇にも
ルパート・エヴェレットやイアン・ハートらを配して見事な
配役。                        
ロンドンの伝統あるパブやミルクバー、それにパリ、ウェー
ルズの寒村(カンブリア)など、ロケーションも素晴らしい
効果を上げている。物語の展開も知的で無駄がなく、まさし
く映画という感じがした。               
                           
『ベアーズ・キス』“Bear's Kiss”           
96年の『コーカサスの虜』で知られるセルゲイ・ボドロフ監
督の作品。                      
映画の製作国はカナダのようだが、舞台はヨーロッパ。ロシ
アから、ドイツ、スペインなどにロケされている。そして、
主人公たちの台詞は英語だが、それぞれの国の言葉も織り込
まれている。このようにいろいろな国の言葉が聞けるのも心
地よいものだ。                    
サーカスで育ち、ブランコ乗りをしている少女ローラ。いつ
も孤独な彼女は、「両親」と共に訪れた動物商の檻にいた小
熊を買ってもらう。そしてミーシャと名付けていつも一緒に
いるようになるのだが…。               
やがて「両親」は仲違いし、花形スターの「母親」を無くし
たローラ達は、サーカス団からも追い出されてしまう。それ
でもローラはミーシャを手放さなかった。そしてある日、ロ
ーラは、鍵の掛かったミーシャの檻の中に裸の若者を見つけ
る。                         
シベリアの民話に基づく作品らしい。ロシアの民話と言うと
「石の花」などを思い出すが、素朴でいかにも民話という感
じがする。この作品も舞台は現代にしているが、その雰囲気
が、間に挟まれるアニメーションと共に愛らしい。まさにメ
ルヘンという感じだった。               
ボロドフ監督は、『コーカサス』のときも、素朴な雰囲気を
醸していたが、スペインの賑やかな音楽が流れていても、静
かな雰囲気が保たれているのは素晴らしい感覚だ。しかも要
所にはアクションを絡めるという構成も見事。      
                           
『プルート・ナッシュ』“Pluto Nash”         
エディ・マーフィの主演で、2080年の月面が舞台のSFコメ
ディ。                        
正直に言って、アメリカではコケてしまったと伝えられてい
る作品。従って日本では、完成披露試写も行われず、ひっそ
りと公開されることになるらしいが、どうして見事に作られ
たSF映画で、『ギャラクシー・クェスト』以来の応援した
くなるような作品だった。               
21世紀後半の月面。以前は鉱物資源の採掘でブームタウンと
なったこの地も、一時の勢いはなく、裏の組織が力を付けて
いる時代。つまり、西部劇をそのまま月面に持っていったよ
うな設定のお話だ。                  
そして物語は、主人公がペット禁止の月に冷凍チワワを密輸
した罪での刑に服し、街へ帰ってくるところから始まる。 
ここで、月面ハイウェーをスペースカーが疾走してくるとこ
ろから開幕するのだが、このドームシティの入り口に「重力
注意」の案内板があるのが最初に気に入った。つまり、ドー
ム内は重力調整がしてあるという設定で、外部と違いが明確
にされているのだ。                  
結局このような些細な点に、この他にもいろいろと気が使わ
れている。その意味で感心して見てしまった。こういう拘わ
りって、昔のSFファンは結構気に入って見てくれたと思う
のだが…。                      
一方、最近のマーフィ作品は、彼自身がミスキャストのとこ
ろが多く感じられたが、本作ではそのようなところもない。
アクションも適度だし、彼自身のイメージにも良くあってい
て違和感はない。                   
なお物語は、街に帰ってきた主人公が寂れたナイトクラブを
再興し、そこに賭博場を開こうとする謎の顔役が絡んで…、
という展開だが、結構テンポも良く、最後まで楽しめた。 
これで、なぜアメリカでコケてしまったのか、本当に理解で
きないところだ。                   
                           
『灰の記憶』“The Grey Zone”             
アウシュヴィッツで行われたゾンダーコマンドと呼ばれる実
話の映画化。                     
収容所で行われたユダヤ人の抹殺で、遺体の処理などをドイ
ツ人が行ったはずはなく、それを実行したのは、同じユダヤ
人のコマンドだった。それは食料の優遇と4カ月の処刑延期
との引き換えに行われた。               
結局、ゾンダーコマンドは13期に渡って実施され、映画は、
その第12期の人々が試みた反乱の模様を描いている。そこに
は、妻子を人質にされてナチスに協力し、戦後この事実を記
録に残したユダヤ人医師の姿もある。          
ユダヤ人によるユダヤ人虐殺への加担という、本当ならタブ
ーとして闇に葬られるような物語を映画化する勇気に感心し
た。脚本監督は、『マイノリティ・リポート』などにも出演
しているティム・ブレイク・ネルソン。自身が主演した舞台
劇の映画化だそうだ。                 
そして製作には、ドイツ人軍曹役で出演しているハーヴェイ
・カイテルが当っている。               
その収容所にはいくつもの火葬場が作られ、その煙突からは
煙と炎の噴き出すのが止むことはない。ゾンダーコマンドは
複数の班で構成され、その第1班と第3班では密かに反乱の
準備が進められている。                
軍需工場で働く女性たちは火薬をくすねて、遺体に紛れ込ま
せて運び込む。そして銃器も揃い始めている。しかし班の間
の連絡を取り合うのも命懸けで、決起にはやる第1班に対し
て、第3班は慎重を期している。            
そして収容所を監督する軍曹は、研究を行うユダヤ人医師を
通じてコマンドたちの計画を探ろうとする。       
そんなとき、ガス室から出された遺体の山の中に、生き残っ
た少女が発見される。少女を匿うことは危険だ。しかし彼女
は希望の星だった。                  
実話の映画化だから描かれたのは事実でしかない。だから結
末もこれ以外にはありえないものだ。しかし試写室で僕の後
ろにいた若い女性は不満だったようだ。常識の無さゆえの反
応だろうが、一緒にいた年長の男性がそれを説明できないの
も情けなかった。                   
確かに、60年も昔のポーランドでの出来事だが…。    
                           
『ドリームキャッチャー』“Dreamcatcher”       
スティーヴン・キング原作の映画化。          
何せ4月19日公開の作品だから、ここで書いても仕方がない
が、実にすっきりとした判りやすい作品だった。原作を読ん
でいる人には不満だったようだが、原作はもっと陰惨でどろ
どろした話だそうで、その辺が全く無いのはかえって良かっ
た感じだ。                      
ネタばれになるが、物語は、精薄の少年を助けたことからち
ょっとした超能力を与えられた少年たちが、10数年経って、
地球に疫病を蔓延させようとするエイリアンと闘うというも
の。これに25年エイリアンと闘ってきた特殊コマンドの隊長
が絡む。                       
雪深い山奥での物語で、その辺の雰囲気は実に良かった。ま
た、エイリアンに身体を乗っ取られた主人公の一人の描き方
も上手くできていた。脚本のウィリアム・ゴールドマンとロ
ーレンス・カスダンの上手さだろう。          
因にアメリカでは、SF映画のジャンル分けになっている。
                           
『すてごろ』                     
梶原一騎の17回忌追悼記念作品と称して、実弟の作家・真樹
日佐夫の原作、脚本、製作で作られた作品。題名は平仮名だ
が、漢字では「素手喧嘩」と書くようだ。        
昭和20年代の幼年時代に始まるが、主には40年代、50年代の
全盛期を描いており、自分で知っている時代でもあるから興
味を曳かれた。また内容は、滅法喧嘩の強い兄弟が暴力団な
どを相手に大暴れする話で、じめじめしたところもなく、そ
れなりに楽しめた。                  
ただし、どう見てもエピソードの詰め込み過ぎで、もう少し
じっくりドラマを見たかった感じのところもある。でも、兄
弟の間には、いろいろな思い出があるのだろうし、これも仕
方ないのかな、という感じだろう。           
時代背景の再現は、かなり一生懸命やっているようだが、川
の堰がちょっと違う感じだったり、歩道に点字ブロックがあ
ったりと、これも仕方ないといえば仕方ないところではある
が、この辺が日本映画の限界なのだろうか。       
それから、最後に出てくる梶原一騎逮捕のエピソードは、こ
んな綺麗事だけではなかったような記憶もあるが、それも仕
方のないところだろう。                
それより画面に写し出される新聞の大見出しが「実刑」で、
小見出しが「懲役2年、執行猶予3年」というのは…?  
当時の新聞はこんないい加減なものだったのだろうか。  
後は、62年に死去した梶原が、享年50歳というのも、ちょっ
と驚きだった。                    
                           
『ハンテッド』“The Hunted”             
『フレンチ・コネクション』で監督賞受賞のウィリアム・フ
リードキンと、『逃亡者』で助演男優賞受賞のトミー・リー
・ジョーンズ、『トラフィック』で助演男優賞受賞のベネチ
オ・デル・トロが揃い踏したアクション映画。      
軍の特務機関でサヴァイヴァルから殺人技術までをたたき込
まれた男。しかしコソボの戦闘で敵の司令官を倒し銀星賞を
受けた男は、過酷な闘いで心に傷を負い、帰国後に山に籠も
って殺人鬼と化す。                  
その男を追う特務機関の元教官。大鹿の生息する山奥から、
都会の地下工事現場、そして開発の傷跡の残る川へと、磨ぎ
澄ませた神経と、手作りのナイフを駆使して、元教官と教え
子、親子のような2人の闘いが繰り広げられる。     
手を変え品を変え、舞台を変えていろいろな闘いが繰り広げ
られる。そのヴァリエーションの豊かさと、目先の変化で、
とにかく見ている間は飽きさせない。ただ、どのシークェン
スもちょっとあっさりした感じなのは、上映時間が1時間35
分と短いせいか?                   
かなりハードなアクションを、VFXに頼ることなく(スタ
ントダブルは使っているが)ジョーンズが自分でこなしてい
るのは、さすがと感じた。なお、格闘技には『ボーン・アイ
デンティティー』でも紹介されたフィリピンのカリが使われ
ている。                       
                           
『ホーリー・スモーク』“holy smoke!”         
『ピアノ・レッスン』『ある貴婦人の肖像』のジェーン・カ
ンピオン監督の1999年作品。              
インドのカルト教団に入信した娘を救うため、母親はアメリ
カ人のマインドコントロール解除の専門家を雇って、娘の心
を取り戻そうとする。そのアメリカ人の専門家は、3日間の
期限を切って娘と対峙し、解除に挑むのだが…。     
テーマだけ聞くと、ある意味現代の病巣のようなものが提示
されて、社会派ドラマのようだが、カンピオンの作品はそう
一筋縄では進んで行かない。対峙する専門家と娘の男女の関
係が怪しくなり始めた辺りから、とんでもない方向に展開し
てしまうのだ。                    
この専門家を演じるのがハーヴェイ・カイテル、一方の娘を
演じるのがケイト・ウィンスレットなのだから、そうストレ
ートな話ではなかろうと予想はしていたが、このように展開
させるとは…。                    
ウィンスレットは、先に紹介した『ライフ・オブ・デビッド
・ゲイル』では完全な大人の役だったが、4年前の本作では
まだ少女の面影が残る感じで、成長を逆に見られるのも、ち
ょっと面白い感じがした。               
マインドコントロールの解除に関しては、3日間でこんなに
上手く行くのかという感じは持つが、手法としては納得でき
るものだった。まあ、諸外国ではかなりの事例のあることよ
うだから、その辺のリサーチはしてあるのだろう。    
また、途中でチャールズ・マンソンから統一協会までのカル
ト教団の流れのようなものがヴィデオで紹介されるシーンが
あり、当時のニュース映像などが写し出されて、それも興味
深かいものがあった。                 
物語は、結末もかなり前向きのものだったりして、結構面白
かった。                       


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井口健二