井口健二のOn the Production
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2003年02月02日(日) 散歩する惑星、北京ヴァイオリン、二つの塔、クローサー、ロストイン、ノーグッド、レプリカントジョー、キャッチミー、ピノッキオ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
※一部はアルク社のメールマガジンにも転載してもらって※
※いますので、併せてご覧ください。         ※
※(http://www.alc.co.jp/mlng/wnew/mmg/movie/)   ※
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『散歩する惑星』“Sanger fran andra vaningen”    
スウェーデンの映画作家ロイ・アンダースンの2000年の作品
で、同年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞している。 
プレスに載っている監督インタヴューを読むと、物語に脈絡
のない映画を目指したかったのだそうだが、映画はかなり明
確なメッセージを持った理解し易い作品になっている。しか
もそのメッセージは、僕には納得できるし共感してしまうも
のだった。                      
30年勤め上げたサラリーマンが突然リストラされたり、道に
迷った人が謂れのない暴力を振るわれたり、いろいろな不条
理な出来事のはびこる世界。お偉方は不毛の論議を続け、し
かも状況を打開する方策は見当たらない。        
そんな中で行われているのは、若者に因果を含めて死をもた
らす儀式。その後老人たちは良心の呵責にさいなまれている
風は見せるが、実際にはゴルフバックを頂点に膨大な荷物の
載ったカートを押して幸せの国への搭乗チケットカウンター
に先を争っている。                  
主人公の男は、営業していた自分の店に火を付け、本当は放
火の罪を負うはずだったが、上手く行き過ぎて罪にもならず
保険金を得てしまう。しかし2人の息子の1人は本人の優し
さゆえに心の病に侵されている。            
そして主人公の前に、借りた金を踏み倒していた友人の霊が
現れる。主人公は前非を悔いているのだが、最早死んでしま
った友人に金を返す手段がない。その内、因果を含められて
殺された少女など、いろいろな霊が彼につきまとい始める。
不条理劇といえば不条理劇だが、カリカチャライズされた政
治や風俗は、今の日本にはほとんどそのまま当てはまり、風
刺と言うより今の日本の現実を見せつけられているような感
じがした。                      
2000年当時のスウェーデンは、今の日本と同じような不況の
最中だったはずだが、その後は急速に景気が回復した。どこ
が日本と違ったのか、そんなこともちょっと考えさせられる
作品だった。                     
なお、原題のSaとfraとvaのaの上に丸が付きます。    
                           
『北京ヴァイオリン』“和你在一起”      
すでにハリウッド進出も果たした陳凱歌監督の02年作品。 
中国のとある田舎町。13歳のシャオチュンは料理人の父親の
男手一つで育てられてきた。              
彼は母親の形見というヴァイオリンを手に、人々の心に響く
演奏をする。そんな息子を連れて父親は北京の音楽院を訪ね
る。そこで少年は優秀な腕前を披露するが、北京に居住権が
ないために入学を断られる。              
しかし諦めない父親は、音楽院の教授に頼み込み、個人教授
を受けさせる。ところがその教授は、自分自身を見失った人
生の破綻者だった。この他、親子の周りには、娼婦まがいの
生活をしている女性や、いろいろな人生が巡っている。  
そんな環境の中で、少年はいろいろなことを学び成長して行
く。そしてその目標は、国際コンクールに中国代表として選
抜されることだったが…。               
音楽の国際コンクールでアジア系の若手音楽家が活躍を続け
ており、それを背景に中国でも音楽熱が高まっている。  
この物語も、そんな子どもの父親を描いた中国テレビのドキ
ュメンタリー番組で、練習場の窓から聞こえてくる我が子の
演奏に至福の表情を浮かべる父親の姿を見た監督が、思いつ
いたという。                     
もちろん映画の全体はフィクションだが、多分いろいろな実
話に基づくであろうエピソードが、現代の中国の実情を活写
し、その一方で深い感動を生み出している。特に父親の描き
方が、演出、演技ともに素晴らしい。          
なお、ヴァイオリン演奏は映画にも登場し、来日公演も予定
されている李伝韻が担当しているが、演じている少年も実際
に音楽院に学ぶヴァイオリニストということで、その演奏シ
ーンは見事だ。                    
                           
『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』        
       “The Lord of the Rings: The Two Towers”
いよいよ第2部が登場した。              
最早ここまで作られると何も言う言葉がない。何しろ最初か
ら最後まで、見事の一言に尽きる映像が展開されている。 
原作は、時間の流れがかなりいい加減で、物語が先に進んだ
り戻ったりしていたが、映画ではその辺を整理して時間通り
に進められる。このため、実は今回の映画では、原作の第2
部の最後まで行っていないのだが、これは仕方ないことだろ
う。                         
また、いくつか落ちているエピソードも第3部を見ないと何
とも言えない。特に、第2部の最後をかなり積み残している
ので、第3部がちょっと心配になる。第2部の上映時間は2
時間59分だったが、第3部はさらに長くなるという噂もある
ようだ。                       
第2部では登場人物も増えるが、俳優が演じるキャラクター
はともかくとして、やはりゴラムとエントが見ものだった。
ゴラムについては、その特異なキャラクターが一般的な話題
にも上るだろうが、僕はエントの方に注目した。     
エントは、日本で原作が子供向けと誤解されている中で、特
に童話的なキャラクターだけにその描き方が気になっていた
ものだ。しかし、見事に童話的なキャラクターになっていて
嬉しくなった。この辺は監督が解かっているとしか言いよう
がない。                       
とにかく、映画史上最高の作品がここにあると言ってしまお
う。僕にとっては、ついに『2001年宇宙の旅』を超える
作品が出現したという感じだ。             
                           
『クローサー』“夕陽天使”              
台湾のスー・チー、香港のカレン・モク、中国のヴィッキー
・チャオ、中華3地域のトップ女優が顔を揃えたアクション
映画。                        
女優3人の主演で、しかもこの原題では、てっきり『チャー
リーズ・エンジェル』のパクリかと思いきや、当然のことな
がらアクションが一枚上手の上に、ストーリーにも捻りがあ
って見事な作品。第一、配給が『チャーリーズ…』と同じソ
ニーなのだから、なまじの作品であるはずがない。    
物語は、香港のセキュリティ会社のコンピュータシステムが
ウイルスに襲われるところから始まる。そこにワクチンソフ
トの売り込みが入り、そのワクチンでウイルスは駆除される
のだが…。その取り引きに現れた電脳天使と自称する女の目
的は、単なる取り引きではなかった。          
スー・チーとチャオの姉妹は、父親の残した盗視システムを
武器に、狙った相手を派手な手口で、しかも証拠を残さずに
始末する殺し屋。スー・チー扮する姉が実行者で、チャオ扮
する妹はシステムを駆使して姉をサポートする体制だ。  
しかし、今までは翻弄してきた香港警察に、カレン・モク扮
するアメリカ帰りの女性刑事が加わり、姉妹を追い詰め始め
る。一方、姉妹に殺しを依頼した組織も、証拠を完全に消す
ため、姉妹の抹殺に動き始める。            
何しろアクションがいい。『チャーリーズ…』の3人も頑張
ってはいるが、こちらの3人は最初からそういう訓練を受け
ているのだから、それは見事。しかも監督は、ジェット・リ
ーと共に『リーサル・ウェポン4』などのアクション監督を
務めたコーリー・ユンなのだから、その華麗さは、見てい
るだけで満足という感じだった。                    
                           
『ロスト・イン・ラ・マンチャ』“Lost in La Mancha”  
2000年9月に撮影開始されたテリー・ギリアム脚本、監督の
“The Man Who Killed Don Quixote”が、撮影開始6日間で
製作中止に至るまでを記録したドキュメンタリー。    
製作監督は、『12モンキーズ』のメイキングでギリアムの信
頼を得たというメムバーで、この作品も完成までのメイキン
グのはずだったのだが、思わぬ展開を記録することになって
しまったというものだ。                
記録は撮影開始の6カ月前から始まり、絵コンテの制作やロ
ケハンなどの映像からギリアムの思いの丈が伝わってくる。
しかし製作費の削減から、俳優の拘束時間が限定され、スケ
ジュールが厳しくなってくる。             
それでもギリアムの作品に賭ける熱意が、スタッフ達を動か
して行く。その中では、ギリアムが次々繰り出す難題を、最
初は無理だと言いながらも作り上げ、ギリアムが喜ぶ姿など
も写されている。                   
ところが、俳優の拘束時間の無理が祟り、主人公キホーテ役
のジャン・ロシュホールが体調不良で乗馬シーンの撮影が困
難になったことから、代役は考えられないとするギリアムの
意向もあって、製作は中止になってしまう。       
しかし、中で語られるギリアムのアイデアや、出演者のジョ
ニー・デップらの姿を見ていると、本当に素晴らしい作品に
なりそうで、それが中止されたことの悔しさを僕らも共有で
きるような作品だ。                  
それにしても、国立公園の中で撮影しているのに、上空をN
ATO軍のジェット戦闘機が爆音を轟かせて飛行したり、突
然の豪雨でロケ地が水浸しになったり、そんな映像を見てい
ると、本当にドン・キホーテの呪いとしか言いようがなくな
ってくる。                      
実際、この題材はオースン・ウェルズも試みて未完成に終わ
っているものだ。しかし、ギリアムは、今年の9月にデップ
のスケジュールが空くのを待って、再び挑戦する意向だそう
だ。願わくば、本作がその壮大な予告編になることを期待し
たい。                        
それにしても、ギリアムが常に前向きな素晴らしい人物であ
ることも解かったし、登場したデップが、いきなり脚本にア
イデアを出してギリアムを喜ばせるなど、全ての人が好人物
なのにも感動した。                  
                           
『ノー・グッド・シングス』“No Good Deed”      
ハメット原作「コンチネンタル・オプ」シリーズの一編「タ
ーク通りの家」の映画化。               
主人公の刑事は、隣人の頼みで家出した娘を捜しにターク通
りへ向かう。しかし老女の帰宅の手助けをした刑事は、思い
も依らず犯罪の現場に入り込んでしまうことになる。そこで
は、5人の老若男女が銀行から大金を詐取する計画を練って
いたのだ。                      
手足を縛られて犯罪を傍観するしかない刑事。しかし犯行が
始まったとき、アジトに残った若い女との間で微妙な関係が
生まれ始める。ロシアからの移住者の女には、男を操ってし
か生きて行けない性があった。             
原作は19ページの短編だそうだが、ハードボイルドの元祖と
も言われるハメットの味を活かし、一方、監督ボブ・ラファ
エルスンが、特有の男女の機微を見事に描き出して素敵な作
品に仕上げている。                  
主演は、サミュエル・L・ジャジュスンとミラ・ジョヴォヴ
ィッチ。今、乗りに乗っている2人の共演も魅力だ。   
                           
『近未来蟹工船/レプリカント・ジョー』        
自主映画の松梨智子監督による最新作。過去にいろいろな受
賞歴もある監督のようだが、僕は今回初めて鑑賞させてもら
った。                        
監督はバカ映画の女王と呼ばれているようだが、この作品の
物語自体はそれほどバカとも思えないし、日本映画としては
むしろまともすぎる作品だろう。実際もっと意味不明の作品
を何度も見ているので、ほっとした感じがした。     
映画自体は悪いとは思わない。ただし、舞台俳優を起用した
演技は映画のものではない。この演技を舞台で見たのなら、
多分それほどの違和感はないのかも知れないが、特に外国映
画のナチュラルな演技を見慣れている目には、かなり辛いも
のがあった。                     
物語は、労働力をアルバイトで賄うことで成功した企業の社
長が、中国進出のために賃金のカットを通告する。これに対
して主人公は、組合を作って対抗しようとするのだが、その
設立総会の席上で手痛い仕返しを受ける。        
こうして会社を追われた主人公は、社長や自分を裏切った元
の同僚達への復讐のために、マッドサイエンティストの元で
最強のレプリカントとなる処置を受ける。        
一方、実は高校の同級生だった社長と主人公の間で翻弄され
た主人公の妻は、一人で生きようとするが、中国人マフィア
の首領などの間を流されて行く。            
そしてついに、主人公が復讐を遂げる日がやってくる。  
結局、何がバカなのかと問われれば、マッドサイエンティス
ト云々という辺りになるのだろうが、SF映画の観点から言
えば順当な感じだし、それを除いた物語は、日本映画ではよ
くあるレベルの話のように思える。           
結末だって、旅客機を乗取って高層ビルに突っ込む現実より
は、よほどまともだろう。正直に言って、もっと馬鹿な映画
を見たかった、そんな感じがした。           
                           
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』        
                “Catch Me If You Can”
スティーヴン・スピルバーグ監督、レオナルド・ディカプリ
オ、トム・ハンクス主演の犯罪ドラマ。16歳から21歳までで
280万ドル(映画では400万ドルになっている)を稼いだとい
う天才詐欺師フランク・アバグネイルの実話に基づく作品。
主人公は、16歳の時に町の名士だった父親が没落し、両親が
離婚したこともあって家出、預金も使い果たした少年は、誕
生日に父親が開いてくれた口座の小切手帳を使って大手銀行
を相手に大胆な詐欺を始める。             
その手口は、大手航空会社Pan-Amのパイロットの制服を着る
ことで相手を信用させ、多額の小切手を現金化させるととも
に、他の飛行機会社の便に無料で乗り込み、全米を渡り歩く
ことで不渡りになるのを遅らせ、足が着かないようにすると
いうもの。                      
その大胆な手口に、FBIは大人の犯罪者を追うが、やがて
一人の捜査官が、犯人が子供である可能性に気付く。そして
捜査官の元へ犯人からの電話が掛かり始める。      
1960年代の、今とは違う時代の物語。その雰囲気が、また僕
らの気持ちを楽しませてくれる。何たって、ニューヨークの
Pan-Amビルは出てくるし、尾翼にPan-Amのマークの着いた飛
行機が離陸して行くシーンもある。それだけでも楽しくなっ
てしまう作品だ。                   
47年生まれのスピルバーグが、48年生まれのアバグネイルを
描いている点もポイントだろう。それに、ディカプリオとハ
ンクスの徐々に心が通じあって行くという話も温まる。  
正直言って、スピルバーグの演出は以前から上手いと思った
ことはなく、今回もかなりあざといのだが、SFを含めてこ
の手のファンタスティックな作品ではそれが通用してしまう
ということだろう。                  
                           
『ピノッキオ』“Pinocchio”              
『ライフ・イズ・ビューティフル』のイタリア人俳優ロベル
ト・ベニーニが、同作以来の脚本、監督、主演をした作品。
元々はフェデリコ・フェリーニとベニーニで企画されていた
ものだが、ベニーニがフェリーニの遺志を継いだという形の
ようだ。                       
何を言われようと、これが原作の味ということなのだろう。
冒険というよりも、ピノッキオの子供の考え方による行動を
描いている訳で、なんて馬鹿なと思いつつも、結局そうなん
だろうなと納得してしまう。そんな感じの展開だった。  
ベニーニが演じるピノッキオは、本人も自分はジェペット爺
さんの年代と言っているが、さほど違和感もなく見事。これ
も子供の考え方による行動を描くという根本を忠実に守って
いるせいだろう。つまり、コッローディの原作の思想に忠実
ということだ。                    
出だしの丸太がジェペット爺さんの家にたどり着くまでの展
開がすごくて、この調子で続けられたら大変だと思ったが、
その後は過激なこともなく安心してみられる。      
原作の問題となる部分も上手にカットされていて、家族連れ
向けの作品と言えるだろう。              



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井口健二