井口健二のOn the Production
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2002年12月02日(月) ブラッド・ワーク、抱擁、ブラッディ・マロリー、ケミカル、ヘヴン、銀幕のメモワール、レッド・ドラゴン、リロ&、ウォーク・トゥ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
※一部はアルク社のメールマガジンにも転載してもらって※
※いますので、併せてご覧ください。         ※
※(http://www.alc.co.jp/mlng/wnew/mmg/movie/) ※
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『ブラッド・ワーク』“Blood Work”          
クリント・イーストウッドの監督デビュー30周年記念作品。
FBIのプロファイラーだった主人公は、彼を名指したサイ
コキラーを追い詰めた瞬間、心臓発作で倒れる。     
2年後、心臓移植手術が成功し、仕事は引退したものの普通
の生活に戻った彼の元に、一人の女性が現れる。彼女は、移
植された心臓が姉のもので、強盗事件に巻き込まれて死亡し
た姉の仇を撃って欲しいと要求する。          
私立探偵免許もなく、最初は資格がないと断った主人公だっ
たが、警察に出向くことだけは了承。市警察を訪れた彼は、
術後2カ月で危険だという主治医を後目に、徐々に事件にの
めり込み、それによって自分の精神が高揚して行くことを感
じる。                        
『ダーティー・ハリー』の血気にはやる主人公から、今や70
歳を超えて初老以上になってしまったイーストウッドだが、
それでも捜査に懸ける情熱は変わらずというか、『スペース
・カウボーイ』より様になっているのは、やはりこういう作
品が好きなのだろう。                 
謎解きも上手くできているし、大掛かりなスタントアクショ
ンなどはさすがにないが、現役刑事とのやりとりや、独自の
捜査のやり方など、映画全体の雰囲気は面白かった。   
マイクル・コナリー原作『わが心臓の痛み』の映画化だが、
映画全体の雰囲気は『LAコンフィデンシャル』のブライア
ン・ヘルゲランドの脚色の力が大きいと感じた。     
                           
『抱擁』“Possession”                
90年のブッカー賞を受賞したA.S.バイアットの原作の映
画化。                        
ヴィクトリア女王の桂冠詩人だったランドルフ・アッシュを
研究するミッチェルは、アメリカ人ながら大英博物館の特別
研究員として働いている。そのミッチェルがアッシュの蔵書
に挟まった2葉の書簡を見つける。それは生涯を妻に捧げた
と言われるアッシュが別の女性に恋心を打ち明けたものだっ
た。                         
その女性とは、ヴィクトリア朝で活躍した女流詩人クリスタ
ルベル・ラモットであると確信したミッチェルは、ラモット
の縁者で研究者でもあるモードと出会い、過去に起こった出
来事を調べ始める。                  
映画は、ヴィクトリア朝の2人の詩人と、現代の2人の研究
者を交錯させながら、愛の物語を綴って行く。      
これに、モードの元恋人で2人を出し抜こうとして俗物教授
と結託するライヴァル研究者が登場したり、映像では、過去
のシーンでのドアの開閉やカメラがパンすることで、現代に
切り替わるなど、かなり奇を衒った演出も見せるのだが、そ
れがあまり気にならないのは、いかにもフィクションですと
言い切っているような潔さにある。           
大人のファンタシーというか、パソコンのテキストゲームを
やっているような、そんな感覚を楽しめる作品だった。  
                           
『ブラッディ・マロリー』“Bloody Mallory”      
超自然のモンスターを超能力を駆使して退治する「女性」ば
かりの特殊部隊の活躍を描いたフランス製アクション映画。
ディジタルエフェクトが手軽になったおかげで、最近この手
の作品が次々登場してくる。しかし今回はフランス映画とい
うことで、ちょっとそのテイストの違いが面白かった。お話
は、ほとんどアメリカ映画のB級アクションなのだが、その
雰囲気は間違いなくフランス映画なのだ。        
主人公は、結婚したばかりの夫がヴァンパイアだったことが
判り、ウェディングドレスのままで夫を惨殺したという過去
を持つ女性。しかもその時にヴァンパイアの血を浴びたため
に魔界と通じる能力を身に付け、時々夫を呼び出しては情報
を得るという設定だ。                 
その他、特殊部隊には、口は利けないが両方向のテレパシー
と、人格そのものを他人や動物に乗り移らせる能力を持った
少女や、爆発物専門のおかま、それに政府機関との連絡係で
もある男性の刑事が監督官として加わっている。     
ところがある日、モンスター退治に乗り込んだ修道院で逆襲
にあい、刑事は殉職。しかもその直後、600km離れた場所
で、フランス訪問中のローマ法王が同じモンスターたちに誘
拐されるという事件が発生する。            
そして主人公たちは、村人全員が突然行方不明になったとい
う村が怪しいとにらみ、その村の入り口の門から魔界へと潜
入。そこで加わった元法王の警護隊員と共に、法王救出に向
かうのだが…。                    
監督は、日本のアニメの大ファンだそうで、随所にそのオマ
ージュらしきものが見られ、ついでに音楽は『攻殻機動隊』
『リング』の川井憲次に担当させるという念の入れよう。ま
あ珍品と言えば珍品だが、話自体にそれほどの破綻もなく、
B級としては充分に楽しめた。             
それとエピローグによると、次の作戦地は日本のようで、こ
れは是非とも続編を作ってもらいたいものだ。      
                           
『ケミカル51』“The 51st State”          
『スター・ウォーズ』にも出演している黒人俳優のサミュエ
ル・L・ジャクスンが、自らの製作主演で発表したイギリス
=カナダ合作のアクション映画。            
主人公は、30年前、薬学部を卒業して薬剤師としての未来を
約束されながら、麻薬吸引中を警察に咎められ、薬剤師とし
ての道を閉ざされたという男。             
男はその後、地下社会でドラック調合のカリスマと呼ばれる
ようになったが、その仕事に嫌気が差し、一世一代の大勝負
に出る。それはアメリカの売人を裏切り、新たに完成した究
極のドラッグの処方をヨーロッパの組織に売って大金を得よ
うというものだ。                   
しかしアメリカの売人を殺害しようとした計画は失敗。そう
とは知らずにリヴァプールに着いてみると、出迎えたのは大
のアメリカ嫌いのチンピラ。しかも、このチンピラの元恋人
の凄腕の女スナイパーが、アメリカの売人の命を受けて町に
舞い戻ってきた。                   
これに、ドラッグを狙うネオナチのグループや悪徳警官が絡
み、しかも町はマンチェスター=ユナイテッドを迎えてのサ
ッカーで盛り上がっている真っ最中という、かなりスラップ
スティックな笑いの要素も盛り込まれた作品だ。     
まあ、この手のイギリスのチンピラものもいろいろと出てく
るが、イギリスコメディの伝統みたいなものも確立している
ので、どれを見ても当たり外れはあまりない。唯、ちょっと
人が死にすぎるかな、これもいつものことではあるが。  
原題は「51番目の州」で、これは通常はプエルトリコかカナ
ダを指すようだが、この映画では舞台がリヴァプールという
ことで、アメリカではその辺も話題になっていた。後は、ジ
ャクスンのキルト姿も見ものだった。          
                           
『ヘヴン』“Heaven”                 
『トリコロール』のクシシュトフ・キェシロフスキ監督の遺
稿脚本を、『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァが監
督した男女の恋愛ドラマ。               
女は、イタリア在住のイギリス人で小学校で英語を教えてい
る教師。彼女の夫は麻薬の過剰摂取で死亡し、その麻薬の元
締めが夫の友人の実業家の裏の顔であることを知っている。
そしてその魔手は彼女の教え子たちにも伸び始めている。 
彼女はその事実を何度も警察に訴えたが、聞き届けられず、
ついに教え子の一人が死亡した日、彼女は手製の時限爆弾を
持って実業家のオフィスを訪ねる。そして置いてきた爆弾の
爆発音を聞いた彼女は、警察に犯行を報告し逮捕される。 
男は、警察の前の本部長の息子。父の後を追って警察に勤め
るようになるが、何か目標のあるような人生ではない。その
彼が、書記として女の尋問に立ち会い、女が英語でしか答え
ないと主張したために、資格のある彼は通訳をすることにな
る。                         
しかし彼女の仕掛けた爆弾が、爆発の寸前に掃除婦に回収さ
れ、掃除婦と居合わせた親子3人を死亡させて、目的の実業
家を殺せなかったと知らされたとき、罪悪感で失神した彼女
を介護した男は、彼女に恋するようになる。       
そして警察内の不正にも気付いた男は、女の脱走と実業家の
殺害を手引きしてしまう。               
見事にドラマという感じの作品だ。結末に至るまで、フィク
ションそのものという感じだが、これが映画というものだろ
う。それと女を演じるケイト・ブランシェットの存在感。前
作『シャーロット・グレイ』でもそうだったが、まさに圧倒
的だった。                      
                           
『銀幕のメモワール』“Lisa”             
1926年生まれのピエール・グランブラ監督が、1927年生まれ
のジャンヌ・モローを主演に迎えて描いた第2次世界大戦を
背景にした悲恋ドラマ。                
ブノワ・マジメルが扮する映画監督のサムは、第2次大戦前
夜に活躍し、謎の失踪をした映画俳優の生涯を追っている。
その彼が発見した1枚の写真には、俳優に寄り添うリザとい
う女性が写っていた。サムはリザを捜しだし、思い出を聞き
出そうとする。                    
それは結核サナトリウムで起きた出来事。その近くで行われ
た映画の撮影を見に行ったリザは、俳優に恋をし、全てを捧
げる決心をする。しかしナチの侵攻が始まり、映画人たちも
戦場に駆り出されて行く。               
やがてサナトリウムにもユダヤ人狩りの手が伸び、リザは、
ユダヤ人を匿う院長の手助けをすることになる。そこへ捕虜
収容所を脱走した俳優が現れ、彼も匿われることになるのだ
が、それは悲劇への幕開けとなる。           
今年76歳の監督は、長くテレビで仕事をしており、本作が26
年ぶりの映画への復帰作品だそうだ。そんな監督が撮りたか
ったもの、それは第2次大戦中にフランスの各地で起きたで
あろう悲劇の物語だ。                 
監督自身はユダヤ人のようだが、ここでは告発をしようとい
うのではなく、ナチに協力してユダヤ人狩りに手を貸した人
々が居たという事実を、フランス人の心に残る深い傷として
描いている。                     
また、映画ではモローが演じる現代のリザと、マリオン・コ
ティアールが演じる若き日のリザを巧みに交錯させて見事に
描いている。75歳のモローの演技にも感動した。     
                           
『レッド・ドラゴン』“Red Dragon”          
トマス・ハリスの原作でハンニバル・レクターが登場した第
1作の再映画化。                   
同じ原作では、1986年に“Manhunter”(邦題・刑事グラハ
ム/凍りついた欲望)の題名で、マイクル・マン監督による
映画化があり、今回はその再映画化となる。       
ただし、原作もオリジナルの映画化も、元々はレクターに重
点を置いたものではなかったが、今回はプロローグとエピロ
ーグも追加されてレクターが前面に登場している。そしてそ
のレクター役は、当然のことながらアンソニー・ホプキンス
が演じている。                    
監督はブレット・ラトナー。MTVの出身で、ジャッキー・
チェン、クリス・タッカー共演の『ラッシュアワー』などで
知られるこの監督に、ハンニバル・レクターはイメージがち
ょっと違うと思われるが、意外とこれが良かった。    
確かに、ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』や、リド
リー・スコット監督の『ハンニバル』のような芸術作品とい
うものではないが、実にハリウッド映画らしいちょっと軽め
の乗りがこの作品には活かされている感じがした。    
実際、前2作のようなグロテスクな描写も少ないし、その割
りにはサスペンスの盛り上げも堅実で、派手なアクションも
あり、楽しめる。それに、デミ作品でオスカーを受賞したホ
プキンスを始め、複数回の候補になった俳優がずらりと並ぶ
配役も見ものだ。                   
物語は、重傷を負いながらもレクターを逮捕(これがプロロ
ーグで描かれる)し、喝采を浴びるが、FBIを引退したグ
ラハムの基へ、元の上司が訪ねてくる。元上司は満月の夜に
起きた2つの一家皆殺し事件を、次の満月までに解決する協
力を要請しに来たのだ。                
グラハムは、気遣う家族を残して協力に向かう。そして事件
現場を訪れた彼は早くも犯人の特徴を掴み、犯人像の絞り込
みに貢献する。しかし犯人の目的が判らない。そこで彼は収
監されているレクターを訪ね、条件と引き換えにヒントを得
ようとするのだが…。                 
こうして、グラハムとレクター、そしてレッドドラゴンと名
乗る殺人鬼との三つ巴の戦いが始まる。         
上にも書いたように、前2作に比べると軽く作られているの
で、前2作の好きな人には少し物足りないかも知れない。し
かし娯楽映画としてはこれで充分。前作の最後でレクターは
東京に向かっているが、この調子ならその作品も作りやすく
なりそうだ。                     
                           
『リロ・アンド・スティッチ』“Lilo & Stitch”     
アメリカでは夏前に公開されて、第1週は『マイノリティ・
リポート』を抜いて、週末興行第1位に輝いたディズニー製
作の今年の長編アニメーション。            
物語は、銀河連邦所属の科学者が、本来は禁止されている生
物実験で作り出した究極の生物兵器のモンスター。そいつが
護送の途中で脱走し、野生生物保護地区の地球という星に逃
げ込んだことから始まるアドヴェンチャー。       
元々親は無く手に触れるものをすべて破壊するようにプログ
ラムされたモンスターと、交通事故で両親を亡くし姉との二
人暮らしで突っぱてしか生きていけない少女との交流が、ハ
ワイを舞台に描かれる。                
ディズニーアニメのSFネタは、前回の『アトランティス』
が何ともはやという感じだったが。今回はそれなりに捻りも
利かせて結構面白い。アクションもどんどんエスカレートし
て行くのがうまく展開しているし、作品自体の出来は良いと
思う。                        
ところが、突然ロズウェル1973年なんていう台詞が出てくる
と、アメリカでは大受けになるのだろうが、日本ではねー。
かと言って落ちに関わるので、事前に解説しておくという訳
にも行かないし、難しいところだ。           
他にも、『トイ・ストーリー』を含め、様々なSF作品のパ
ロディめいたエピソードもあって、SFファンなら理解でき
るし面白いと思えるのだが…。             
逆にお子様は、そんなことは気にせずに楽しめるのかな。多
分ディズニーの期待はその辺にあるのだからそれで良しとし
て、できればSFファンにもアピールする宣伝をしてもらえ
ると面白いという感じだ。               
                           
『ウォーク・トゥ・リメンバー』“A Walk to Remember” 
『メッセージ・イン・ア・ボトル』のニコラス・スパークス
の原作の映画化。                   
高校の不良グループのリーダー格だった男子が、懲罰として
行かされた演劇部と奉仕活動で、幼なじみだった女子と付き
合う羽目に陥る。彼女は牧師の娘で、頭は良さそうだが、だ
さくて皆からは浮いている。そんな偶然の出会いが、やがて
恋へと変って行くのだが、彼女は白血病で余命1年と知らさ
れる。                        
『ある愛の詩』を引き合いに出すまでもなく、いつまでたっ
てもこの手の映画は登場してくる。最近では『オータム・イ
ン・ニューヨーク』もあったが、今回は高校生同士という辺
りがちょっと目新しい。この手の作品で男性の人生観が変っ
て行くのは定石だが、この話では高校生ということで、主人
公だけでなく周囲まで変って行くというのは新機軸だろう。
最初は今さらと思いながら見始めても、最後にはちょっとほ
っとしてしまう。ケヴィン・コスナーの主演で映画化された
同じ原作者の前作は、ちょっとあざとくて気に入らなかった
が。今回の物語は、否定しない。殺伐とした世の中で、たま
にはこんな話があっても良いじゃないかというところだ。 


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井口健二