井口健二のOn the Production
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2002年10月16日(水) フレイルティー−妄執、パープルストーム、白と黒の恋人たち、スパイダー・パニック、オールド・ルーキー、裸足の1500マイル

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
※一部はアルク社のメールマガジンにも転載してもらって※
※いますので、併せてご覧ください。         ※
※(http://www.alc.co.jp/mlng/wnew/mmg/movie/) ※
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『フレイルティー−妄執』“Frailty”          
『アポロ13』などの俳優ビル・パクストンが初めてメガホン
を取った2001年作品。アメリカではインディペンデント系の
映画会社が配給したが、公開後に大きな反響を呼び、世界配
給をハリウッド大手のパラマウントが手掛けることになった
というものだ。                    
「神の手」と名乗る連続殺人犯が全米を恐怖に陥れていた。
それを追うFBI捜査官の元にある夜、犯人を知っていると
いう男が現れる。男は、犯人は自分の弟だと語り、子供の頃
からの恐ろしい体験を語り始める。           
それは、幼い兄弟と父親の父子家庭ではあったが、暖かかっ
た一家を突然襲った出来事。ある夜、父親が天使を見たと言
い出し、神の与えた斧と鉄パイプ、そして手袋によって、神
が示したというリストに載っている人々を、悪魔だと称して
殺し始めたのだ。                   
兄弟の兄は父親の話を信じられず反発するが、弟は父親の行
動を認めてしまう。この時、兄は家出を考えるが、幼い弟を
置いて自分だけが家を出て行くことはできない。こうして兄
の地獄のような葛藤が始まるのだが…。         
スティーヴン・キングやジェームズ・キャメロン、サム・ラ
イミらが、こぞって恐いという評価を寄せているが、それは
多分信仰に根差した部分が大きいせいで、日本人の感覚とし
てはそういう意味での恐さは少なかった。        
それよりも脚本の巧みさが見事で、結末には全く唸ってしま
った。脚本家もこれが第1作ということだが、この後の作品
が楽しみだ。                     
キャスティングでは、幼い兄弟の兄を『スパイ・キッズ2』
のマット・オリアリーが演じている。また、弟を演じたジェ
レミー・サムプターについてはプレス資料には何も書かれて
いなかったが、実は現在撮影中の実写版“Peter Pan”でピ
ーター・パンに抜擢されており、その意味でも注目される。
                           
『パープルストーム』“紫雨風暴”           
99年の製作で、香港と台湾のアカデミー賞と呼ばれる金像奨
と金馬奨をそれぞれ5部門と4部門受賞したというアクショ
ン大作。                       
クメール・ルージュの流れを引くテロリストの集団が香港に
上陸。貨物船からコンテナを陸揚げしようとしたところを香
港警察が阻止し、その銃撃戦で1人のテロリストの男が負傷
して逮捕される。                   
その男は首謀者ソンの息子と目され、対テロリスト部隊のチ
ーフ・馬は、記憶喪失となっていた男に、潜入捜査官だった
という偽の情報を与えて組織に送り返す。しかし男にはフラ
ッシュバックのように過去の記憶が蘇り、やがてテロ決行の
日がやってくる。                   
香港映画でアクションというと、どうしてもジャッキー・チ
ェンが思い浮かぶ。この映画もそのチェンのバックアップで
作られたものなのだが、本作はチェン映画からは想像もでき
ないリアルさで、なかなか見応えのある作品だった。   
物語の背景となるテロ計画が、人が触れただけで死に至ると
いう化学薬品を、爆発によって空中に散布するという、かな
り荒唐無稽のようにも聞こえる計画なのだが、今や去年の9
/11のことを思うと、どんなに無謀な計画も無いとは言えな
い感じだ。                      
しかも本作では、アクションも香港映画らしく見事だが、そ
れに加えて記憶が蘇り始めた男の葛藤の様なものも丁寧に描
かれて面白かった。特にこのシーンでは、最近は監督として
も評価の高い国際女優のジョアン・チェンが精神科医を演じ
て全体を引き締めている。               
ビルの爆破シーンなどのVFXも上出来だし、香港映画にし
ては長い1時間53分の上映時間も短く感じられた。    
                           
『白と黒の恋人たち』“Sauvage Innocence”       
昨年、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『夜風の匂い』が公開さ
れたフィリップ・ガレル監督の01年作品。        
ガレルは、実生活では元ウォーホルと一緒に行動していたニ
コという女性歌手と結ばれ、彼女の主演で70年代に7本の映
画を制作しているが、88年に彼女が突然世を去ってから彼女
への思いを込めた作品を何本か作っている。本作もその流れ
を継ぐ作品のようだ。                 
本作の主人公は映画監督と、彼が見初めた新人女優。監督は
それ以前に同棲していた女性が麻薬がもとで死んだことを背
景に、麻薬の恐ろしさを描いた作品を作ろうとしている。そ
してその主演に新人女優を抜擢したのだが…。      
映画製作の資金がなかなか調達できず、人伝に頼った先は、
麻薬の売人。こんな矛盾を孕んで撮影は開始される。しかも
監督は撮影の途中でも資金調達のための運び屋をやらされ、
女優は役作りに悩んだ挙げ句、麻薬に手を出してしまう。 
そして監督が過去の女性への思いを断ち切れていないと知っ
た女優は…。                     
何とも切ない物語が、モノクロームの画面の中で極めてドラ
イに描かれる。つまり映像で白と黒とが際立たされるのと同
様に、監督と女優の心のすれ違いが厳しく描かれ、ここまで
主人公たちを冷たく見放していいのだろうかとさえ感じてし
まった。                       
切ない物語のはずが、主人公たちへの共感よりも、厳しい現
実を突きつけられる。『夜風の匂い』もそんな作品だったと
記憶しているが、べたべたした物語よりずっと心に残る作品
になっている。                    
                           
『スパイダー・パニック』“Eight Legged Freaks”    
『GODZILLA』などのローランド・エメリッヒとディ
ーン・デブリンが製作を担当した巨大蜘蛛がぞろぞろ出てく
るパニック映画。                   
科学薬品の作用で、雌は四輪駆動車並、雄でも人間の大人よ
り大きいサイズに巨大化した蜘蛛がテキサスの寂れた町を襲
う。それに立ち向かう女保安官は、住民たちを過去の遺物の
ような大型ショッピングモールに避難させるが。その厚い入
り口のシャッターも、巨大な雌蜘蛛の前にはダンボールハウ
スの壁のようでしかなかった。             
一時期流行った巨大生物ものが、またぞろという感じではあ
るが、さすが手慣れてきたもので、恐怖というよりは、これ
でもかとぶち撒けるVFXの物量とスピード感で見せ切って
しまおうという意識が徹底している。          
恐怖感なら、別に巨大化しなくても普通の蜘蛛が大量に出て
くるだけで充分な訳で、それを巨大化させてしまったら…。
しかし、デイヴィッド・アークエットや『アナコンダ』のカ
ーリ・ワーラーらの出演者が頑張っているので、結構面白い
作品になった。                    
それにしても、巨大化したハエトリグモが、ジャンプしなが
ら追ってくるシーンは、普段小さい奴は見ているだけにかな
りの迫力だった。                   
                           
『オールド・ルーキー』“The Rookie”         
1999年9月18日、35歳で初めてメイジャーリーグのマウンド
に立ち、史上最年長ルーキーと呼ばれたジム・モリスの実話
に基づく物語。                    
64年生まれのモリスは、子供の頃から野球選手に憧れていた
が、厳格な軍人だった父親の影響もあって容易にその道に進
むことはできなかった。それでもハイスクール卒業後、一旦
はアマチュアドラフトの指名を受けてプロになるが、マイナ
ーリーグ在籍中の89年に肩の故障で続行を断念。その後は大
学を出て故郷の高校の化学の教師となっていた。     
ところがそこで野球部の監督を引き受けたことから、野球へ
の情熱が甦り始める。しかも練習を続けていた肩は、時速98
マイルを超える豪速球を生み出していた。そして弱小チーム
の士気を鼓舞するために、地区優勝したらプロテストを受け
ると約束し、見事優勝を果たした教え子の後押しでプロテス
トを受け、プロの道に戻ることになる。         
しかしマイナーリーグ選手の生活は厳しく、ついには再びそ
の道を断念しようとするのだが…。           
本来ならマイナーリーグの生活がもっと厳しく描かれてもい
いような気もしたが、映画の本筋はアメリカン・ドリームな
訳だし、実際に彼は3カ月でメイジャーに上がったというか
らこんなものなのだろう。               
それにしてもメイジャーリーグというのは奥が深い。   
                           
『裸足の1500マイル』“Rabbit-Proof Fence”      
『パトリオット・ゲーム』などのフィリップ・ノイス監督が
母国オーストラリアに戻って監督したアボリジニ迫害政策を
巡る物語。                      
舞台は、1931年、西オーストラリア州。オーストラリア政府
は19世紀末頃からアボリジニ同化政策を進めており、その一
環として白人との混血の子供たちを隔離し、白人の文化を植
え付ける施策を繰り広げていた。            
西オーストラリア・ギブソン砂漠の端にあるアボリジニの村
ジンガロング。ウサギ避けフェンス沿いにあるその村で暮ら
していた14歳の少女モリーは、8歳の妹と10歳の従兄弟と共
に“保護”され、ムーアリバー居留地に連れて行かれる。 
そこではアボリジニの言葉は禁止され、英語だけでハウスキ
ーピングなどの躾が教えられていた。その目的は、彼らをメ
イドやハウスキーパーとして白人の家に引き取らせ、特に女
子には白人との混血を進めて人種的にも同化させようとして
いたのだ。                      
しかし母親と共に暮らしたいモリーは、妹と従兄弟の手を引
いて居留地から逃亡し、ウサギ避けフェンス沿いに砂漠を越
えて故郷の村を目指す。その後をアボリジニの凄腕の追跡者
と、保護局の命を受けた警察が追ったが…。       
どんな国にも暗い過去はあるのだろうが、オーストラリアの
ような若い国にも過去の過ちはあったということだ。この物
語は実話に基づいているが、実際にこの施策は1970年代の初
めまで続けられていたということで、その間の隔離されたア
ボリジニたちには文化の断絶が生じ、「盗まれた世代」と呼
ばれているそうだ。                  
先日のシドニー・オリンピックでは、アボリジニ文化が前面
に演出されたが、いまだに彼らに対する政府からの公式の謝
罪はされていないという。               
この物語を、すでにハリウッドでの地位も確立しているノイ
スが製作を買って出てまで監督し、撮影監督には、やはりオ
ーストラリア出身でウォン・カーウァイ監督の諸作など香港
で活躍するクリストファー・ドイルを招いて、万全の体制で
制作した作品と言える。                
つまりそれだけ思いの込められた作品ということだろう。 
配役にはアボリジニの素人の少女3人を起用し、他にも要所
にアボリジニの出演者を配している。対する白人役では、保
護官役をケネス・ブラナーが演じて、こちらは二言目には保
護という言葉を口にするいやらしいイギリス人を見事に演じ
ている。                       
撮影はカメラ位置を低くし、広角レンズを多用するなど、子
供たちの目線を意識した画面と、全体を白っぽく配色した映
像で子供たちの不安感を見事に表わしていた。これが撮影テ
クニックというものだ。                
因に、原題のウサギ避けフェンスは、やはり西オーストラリ
アで、入植したイギリス人がウサギ狩りをするために放った
ウサギが大繁殖し、入植地を荒らされるのを防ぐために作ら
れたもので、移動性のウサギがその前に数10万羽群れている
という記録映像を見たことがあるが、これも白人の横暴の象
徴のようなものだ。                  


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井口健二