井口健二のOn the Production
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2002年02月15日(金) 第9回+ロード・オブ・ザ・リング、自殺サークル、シッピング・ニュース

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※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
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 前々回に続いて、またもや記者会見の話題から。今回は自
分でも質問をしてしまったので、責任を持ってその報告から
始めさせてもらうことにしよう。            
 1月30日午前9時から、ロンドンとバンクーバー、それに
日本側は東京と大阪を衛星回線で結び、『オーシャンズ11』
に主演したジョージ・クルーニーとブラッド・ピットに対す
るテレビ記者会見が行われた。             
 今回の会見は、前半はロンドンのピット、後半がバンクー
バーのクルーニーという順番で行われたものだが、ロンドン
とは衛星回線の往復でタイムラグが7秒近くあり、クルーニ
ーはその状況を把握していたのか、自分の番になるとタイム
ラグの間中いろんな仕種をして見せるなど、サーヴィス精神
の旺盛なところを見せていた。ピットもハイテンションで、
この作品の撮影が本当に楽しかったことを伺わせた。   
 それで僕がした質問だが、今回企画の中心にあったクルー
ニーに対して「この作品は、シナトラ一家(Rat Pack)の最
初の結集作品として有名な映画のリメイクだが、今後も同じ
メムバーで映画を作る計画はあるのか。私は“Robin and 7
Hoods”(邦題・7人の愚連隊)が好きなのだが、そのリメ
イクは如何か」と聞いてみた。             
 これに対するクルーニーの答えは、「リメイクというのは
オリジナルの出来が悪いときにやると価値がある。だから彼
らの作品の中で1番出来の悪いこの作品はやり易かったが、
“Robin and 7 Hoods”は出来の良い作品だから難しい。た
だし“Batman and Robin”ならリメイクしたい。そのときの
ロビン役はピットだな。」というもの。実は回答の後半の部
分は、前振りでピットの背が低いことが話題になっていたの
で、それにうまくつながったものだった。        
 実は、僕の質問の前に音楽についてしつこく聞いた人がい
て、クルーニーが「僕は音痴だから」とちょっと嫌そうなそ
ぶりを見せたこともあり、本当はミュージカル仕立ての“Ro
bin and 7 Hoods”について聞くのはちょっと躊躇したのだ
が、うまく切り返してくれたのはうれしかった。     
 それにしても、“Robin and 7 Hoods”から『バットマン
&ロビン』が出てくるとは思いもしなかったが、この作品は
言うまでもなく97年にクルーニーが主演した作品。僕はそれ
ほど出来が悪いとは思わないが、興行的には上首尾とは行か
なかったし、その後シリーズが中断していることへのアピー
ルもあるのかも知れない。それから前半のリメイクの条件に
ついては、アメリカでは同時期公開の『ヴァニラ・スカイ』
に対抗する意味もあったのかも知れない。        
 さらに僕の後には、これからの計画を質問した人もいて、
その回答は「現在はドリュー・バリモアとジュリア・ロバー
ツ共演の作品を監督していて、その次は『オーシャンズ11』
と同じソダーバーグの監督で“Solaris” 、その後にはコー
エン兄弟の作品に出演する」ということだった。なお、クル
ーニーとコーエン兄弟の監督作品については、このホームペ
ージの第2回、第3回、第4回で紹介しているものだ。  
 これに対して、ソダーバーグ監督の作品については今まで
ここでは取り上げて来なかったが、題名から判るようにこれ
はスタニフラフ・レムの原作を、72年にアンドレイ・タルコ
フスキー監督が映画化した『惑星ソラリス』をリメイクする
もの。まあこれもリメイクである訳だが、先のリメイクの条
件に関しては、クルーニーがリメイクであることを知らない
のか、それともハリウッドの映画人にとってはタルコフスキ
ー作品は出来の悪い作品という意味なのだろうか。    
 この他には、ジュリア・ロバーツがやたらはしゃいでいた
というエピソードもクルーニーの口から紹介されたが、実は
ロバーツはこの作品に並行して、『アメリカン・スウィート
ハート』(第6回の試写の感想も見てください)の撮影も行
っており、実際にはそんなことが出来たはずがない訳で、こ
れはやんわりとその方面への質問を封じられた感じがした。
いずれにしてもピット、クルーニー共に見事な回答振りで、
2人にうまく仕切られてしまった感じの記者会見だった。 
         *       *         
 以下はいつものように製作情報で、まずはまたまたシリー
ズものの計画が発表された。              
 今回発表したのはトム・クルーズ。彼が主宰して『ミッシ
ョン・インポッシブル』などを手掛けるC/Wプロダクショ
ンとパラマウントとの共同製作で、“The Lost Regiment”
というタイムトラヴェル物のSFシリーズを映画化する計画
が発表されている。                  
 このシリーズは、ウィリアム・R・フォースチュンという
アメリカのSF作家が発表しているものだが、実はこのフォ
ースチュン、彼の著作リストを見てみると、まず代表作が映
画化もされたヴィデオゲーム“Wing Commander”をノヴェラ
イズしたシリーズ。この他にも、『新スター・トレック』の
オリジナルノヴェルや、カードゲームの小説化なども手掛け
ているという典型的なペーパーバックライター。従ってこの
シリーズは、そのフォースチュンの作品の中では数少ないオ
リジナルの作品ということのようだ。          
 そしてシリーズの内容は、アメリカ南北戦争当時の兵士の
中隊が不思議な力によって未来にタイムワープさせられる。
しかしそこは異星人に支配された中世のような世界で、しか
も人類は家畜のように飼われていた、というもの。この世界
で南北戦争の兵士たちが大暴れするということのようだが、
シリーズは90年から93年に掛けて4作が発表され、一時中断
していたが、96年に再開されて、以後毎年1冊ずつ00年まで
に計9冊が発表されているということだ。        
 舞台が中世のような世界ということは、アーノルド・シュ
ワルツェネッガーの主演で映画化された『コナン・ザ・グレ
ート』に代表されるヒロイック・ファンタシー系の作品のよ
うにも思えるが、この映画化をクルーズが計画するというこ
とは、それなりに勝算があるということなのだろう。なお、
ヒロイック・ファンタシー系の作品ということでは、クルー
ズは以前に、『ターザン』の原作者エドガー・ライス・バロ
ーズの『ジョン・カーター=火星』シリーズの映画化を計画
していたことがあったが、今回の計画が一段落したらそちら
の再検討もしてもらいたいものだ。           
         *       *         
 続いてはファン待望の計画の再開で、クェンティン・タラ
ンティーノ監督が94年の『パルプ・フィクション』以来とな
る自作の脚本を自ら映画化する“Kill Bill”の計画がいよ
いよ本格的に動き出した。               
 この作品については、実は昨年の1月に最初の発表が行わ
れ、その後の5月のカンヌ映画祭では話題の中心になるほど
の関心が集まっていた。ところが7月になって主演に予定さ
れていたユマ・サーマンの妊娠が判明、撮影にはかなりハー
ドなアクションシーンが含まれることから妊娠中のサーマン
の主演は不可能ということになってしまった。      
 ここでタランティーノには、別の女優を起用するか、サー
マンの復帰を待つかという選択肢があった訳だが、このとき
タランティーノは、「この脚本はサーマンのために書いたも
ので、他の女優の起用は考えられない」として、計画を中断
してしまっていた。そして今年の1月16日、サーマンとイー
サン・ホーク夫妻の間にめでたく第2子の誕生が発表され、
この報告を受けたタランティーノは、直ちに製作を再開し、
今年の春からの撮影が発表されたものだ。        
 お話は、街娼の女(サーマン)がその手引きをしていた男
に撃たれ昏睡状態に陥ってしまう。しかし6年後、女は昏睡
から覚め、復讐を誓って男の後を追い始めるというもの。そ
して進められている計画では、主人公に協力しアドヴァイス
を与える殺し屋の役でダリル・ハナが共演する他、ウォーレ
ン・ベイティとルーシー・リューの出演も発表されている。
 タランティーノが半年待ってまで実現したこの作品には、
大いに期待したい。製作はミラマックス。        
         *       *         
 もう一つ、これは続報というか、前回紹介したハワード・
ヒューズの伝記映画の計画で、レオナルド・ディカプリオの
主演で進められていた計画にも動きが出てきた。この映画化
は、『グラディエーター』のジョン・ローガンの脚本で、マ
イクル・マンが監督するというものだったが、最近の情報で
はこの監督をマーティン・スコセッシが行うと話が伝わって
いる。スコセッシは『ギャング・オブ・ニューヨーク』でデ
ィカプリオを起用しているが、その流れでヒューズの伝記映
画の計画が浮上してきているようだ。          
         *       *         
 最後に2月12日に発表されたオスカー候補作の報告をして
おこう。                       
 まず第7回で取り上げた史上初のアニメーション作品賞候
補は、予想通りの『シュレック』『モンスターズ・インク』
と第3の候補にはパラマウント配給の“Jimmy Neuton: Boy
Genius”が選ばれた。                 
 この他、視覚効果賞候補には、『A.I.』『ロード・オブ
・ザ・リング』と『パール・ハーバー』。またメイクアップ
賞候補には、『ビューティフル・マインド』『ロード・オブ
・ザ・リング』と『ムーラン・ルージュ』が選ばれている。
 なお、『ロード・オブ・ザ・リング』については、作品、
監督、脚色、助演男優、撮影、音楽、主題歌、編集、音響、
美術、衣装賞の候補にもなっており、合計13部門は今回の最
多候補数を記録した。また『A.I.』は、音楽賞の候補にも
なっている。一方、『ハリー・ポッターと賢者の石』は、美
術、衣装、音楽の各賞の候補になっている。       
 果たして史上初のアニメーション作品賞はどの作品になる
のか、また『ロード・オブ・ザ・リング』は何個のオスカー
を獲得するか、発表は3月25日だ。           
                           
                           
                           
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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを公開に合わせて紹介します。※
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今回は3月封切りの作品から紹介します。        
                           
<3月2日封切り>                  
『ロード・オブ・ザ・リング』             
“The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring”
『指輪物語』の映画化がついに登場した。これから3年間を
掛けて3部作をそのまま映画化する計画の第1作で、原作の
第1巻『旅の仲間』の最初から最後までが描かれている。 
監督のピーター・ジャクスンはニュージーランド出身だが、
原作の大ファンと自認するだけあって、原作を極力変えない
ように努力したことがよく判る。            
製作発表からずっと追ってきた中で、例えばフロド役にイラ
イジャ・ウッドが発表されたときには、普通の若者の成長物
語になってしまうのではないかなど想像したものだったが、
それがちゃんとホビットとして描かれ、しかもほとんどのシ
ーンで普通サイズの人間やエルフたちと共演している。それ
だけでも大変な作業が必要だったはずだが、それをやり遂げ
ているところに、原作に対する思い入れが感じられた。  
この映画の素晴らしさは、何といっても総勢2400人という監
督以下のスタッフが、全員原作を理解して映画化に取り組ん
だということだろう。現場では原作の中の特殊な用語が、そ
のまま普通に使われていたと言うことだ。        
原作に対する共通の理解の元で、その細部に至るまで完璧に
再現しようとした。それが、風景から小道具までの全てに亘
って素晴らしい映像を生み出す源になっている。     
『スター・ウォーズ』の製作が、どちらかと言うとジョージ
・ルーカスの頭の中にだけあるイメージをスタッフたちが手
探りで造り出して行っているのに対して、この作品では原作
というバイブルを、全員の共同作業で造り上げていったとい
う感じがする。それが細部まで行き届いた素晴らしい映像を
生み出している。                   
描かれる風景のほとんどは、原作のファンには長年に亘って
発表されたイラストなどである程度のイメージは作られてい
たが、それらが全て目の前に動く映像で繰り広げられる。そ
れは、それだけでもある種の感動を呼ぶものだ。     
兎にも角にも百聞は一見にしかず、としか言いようのない映
画だ。                        
ただし、物語的にはかなり省略されている部分もあるので、
映画を見た後か前に原作を読むこともお勧めする。そうすれ
ば面白さが倍加すること請け合いだから。        
                           
<3月9日封切り>                  
『自殺サークル』                   
詩人で映画作家の園子温脚本・監督による作品。     
大体、詩人というのはよく判らないし、そういう人たちが作
る映画というのも独り善がりで面白くも何ともない作品が多
く、通常は敬遠してしまうのだが。この作品は偶然、試写の
間の時間が空いたので見てしまった。          
ところがこれが意外と拾い物だったのだから嬉しくなる。 
ある日、新宿駅で54人の女子高生が集団自殺するところから
物語は始まる。やがてそれは連鎖反応的に広がり、集団自殺
が相次ぐようになる。そして当初は事件性はないと思われて
いたこの出来事に、謎のウェブサイトが関係していることが
判明する。                      
物語はあまり整理されていなくて意味不明の部分があったり
もするのだが、ただ集団自殺の意味についてはその掴み所の
無さ故に、かえって現代社会が抱える病を上手く表現してい
る感じがした。また、逆にそれを解決することについては、
ある意味明確な回答というかメッセージがあり、何んとなく
救いのある結末も嬉しかった。             
石橋凌、永瀬正敏、麿赤児らの刑事たちがステレオタイプな
のは計算尽くだろうが、彼らが予告された集団自殺を阻止し
ようとする新宿駅のシーンは緊張感が上手く演出されて良い
感じだった。稚拙さはあるがエンターテインメントとしても
計算されているし。                  
また一人、気になる監督ができてしまった感じだ。    
なお、集団自殺のシーンの映像はかなり強烈なスプラッター
なので、見るときは気をつけてください。        
                           
<3月23日封切り>                  
『シッピング・ニュース』“The Shipping News”     
一昨年の『サイダーハウス・ルール』、昨年の『ショコラ』
に続くラッセ・ハルストレム監督の最新作。原作はE・アニ
ー・プルーの『港湾ニュース』。            
厳格な父親に虐げられた海辺の故郷を捨てて都会に出た主人
公は、やがて結婚に破れ、幼い娘と共にニューファンドラン
ド島の祖先の暮らした村にやってくる。そこで地元新聞に職
を得て、港に出入りする船を記録するシッピング・ニュース
欄を担当することになるのだが…。人々との交流と厳しい自
然の中で、彼は自分自身を再生させて行く。       
それにしてもこれだけ手の込んだ文芸大作を、毎年作り上げ
るこの監督の集中力には物凄いものを感じる。特に今回の舞
台は、厳しい自然が対峙するニューファンドランド。その自
然を見事に表現しながらの演出は、さすがにスウェーデン出
身で、祖先はヴァイキングかも知れないという監督の独壇場
と言えそうだ。                    
雪の閉ざされた岬が、一晩の雨によって雪が消えてしまう変
化の鮮やかさや、吹雪の中、凍結した海の上を大きな屋敷を
曳いて進む人々の姿など、心に残る映像が次々に現れる。そ
んな素晴らしい映像と共に、ユーモアに溢れた素敵なドラマ
が展開するのだ。                   
そして結末がまた素晴らしいのだが、ネタばれになるのでこ
こまでにしておこう。                 
一昨年の作品の主人公は、外から来て重荷を背負わされてし
まう若者。昨年の作品の主人公は、どこからともなく現れて
人々の生活を変えてしまう女性。そして今回の作品の主人公
は、ついに自分の居所を見つけてしまう男性という訳で、何
となくハリウッドでの監督の立場をなぞっているようなとこ
ろも面白い。                     
                           
 この他、                      
2月23日封切りの『うつくしい人生』は第1回、     
 『ヘドウィッグ・アンド・アングリーインチ』は第4回。
3月2日封切りの『ぼくの神様』は第3回、       
        『モンスターズ・インク』、      
        『アメリカンスィートハート』、    
        『タイムリセット』は第6回。     
3月9日封切りの『ヒューマンネイチュア』は東京国際映画
祭の特集。                      
3月16日封切りの『寵愛』は第2回。          
3月30日封切りの『羊のうた』は東京国際映画祭の特集  
にそれぞれ紹介があります。              


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井口健二