Scrap novel
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「待ち合わせより、大分早く来ちまったな・・」 ヤマトは腕時計を見ながら、ふうと溜息をついた。 平日の日暮れ。といっても春のためか、まだまだ日は高い。 間近にせまった母の日のプレゼントを一緒に見て欲しいと、タケルから珍しく平日に呼びだされた。 それだけで、バンドの練習もあっさりパスして、一つ返事で了承してしまうのだから、我ながら本当に弟には甘いと思う。 けど電話越しに、 『何がいいかわかんなくて・・。ねえ、お兄ちゃん。お願い。一緒に来てv』 なんて、ハートマークつきでねだられては・・・。 公園のベンチに腰を降ろし、足を組んで空を見上げる。 いい天気だ。 ゆうべは、試験が近いものだから、めずらしく遅くまで勉強していた。 おかげで、今頃になって、すこぶる眠い。 ヤマトは公園で遊ぶ子供を見ながら、ふああと大きくアクビをした。 どうせまだ約束まで時間がある。少し、寝るか・・。 そう思い、腕を組んで目を閉じた。 鳥のさえずる声と、日差しのあたたかさにすぐにでも眠りに落ちかけたヤマトの耳に、ふいに子供の泣き声が飛び込んできた。 「うわあああ・・・・・ん! おにいちゃああぁーん! 待ってえ、待ってえええ!」 思わずハッと目を開ける。 (タケル!) 目の前で、1年生くらいの男の子がへたり込んで泣いていた。 苦笑いする。 なんでタケルなんだよ。アイツはもう5年だろーが。そんな小さい子みたいな泣き方するかよ。 と自分相手に思わず呆れてしまう。 で? ヤマトは大泣きしている子を見て、それから辺りを見回した。 公園の出口あたりで、バツが悪そうに立っている4年生くらいの少年が目に入る。 「おい」 ちょうどいい具合に目が合ったので、軽く手招きしてみせた。 ぶすっとした顔で、仕方なく少年が戻ってくる。 「お兄ちゃん!」 「お兄ちゃん、じゃねえ! 泣くなよ、みっともない!」 戻ってきてくれたものの怒鳴られて、1年生がまた大泣きする。 ぽろぽろ溢れて頬を伝う大粒の涙と、それを一生懸命拭う、まだ小さい手。 タケルもこんなだったっけな。 思いつつ、ポンとその頭に手をのせて、「おい、泣くなよ・・」とやさしく声をかけてやる。 涙顔で驚いたような顔でヤマトを見上げ、その子はまたわっと泣きだした。 「あ・・・おいおい」 「あー、俺知らねえもん」 「ちょっと待てよ。おまえの弟なんだろーが」 「知らねーよ。そんな泣き虫! 大嫌いだ!」 「おい、おまえ!」 「アンタには関係ないだろっ」 「目の前で泣いてるのに、ほうっておけないだろうが」 「ほっとけきゃいいんだ、そんなヤツ!」 兄の一言にまた、わあああ・・んと大きな声で泣き出す子を困ったように見下ろし、ヤマトは仕方ないなというように、その子をひょいと自分の足の上に抱き上げた。 驚いたように泣くのをやめて、膝の上に抱き上げられた子がヤマトを見上げる。 ヤマトに、自分の坐るベンチの隣をクイと指差されて、兄の方が憮然としつつも、 しようがなしにそこに腰かける。 「だってさあ・・・。そいつのおかげで俺いっつも損ばっかだもん! 今日だって、せっかく友達んちに呼ばれたのに、こいつがへばりついてきたおかげで邪魔だからって、俺だけ仲間にいれてもらえなかったんだぞー! 今日だけじゃない、この前だって、その前だって、俺、こいつのおもりばっかでさ! もお、友達も相手にしてくんなくて、さんざんなんだ、アンタになんかわかんねーよ! ああもう、うざいよ、オマエなんか! 本当にもお、どっか消えちゃえ!」 一気にまくしたてられ、今度は大泣きせずにクスン・・と小さく鼻を鳴らして、弟の方がかなしそうに小さく言う。 「ごめんなさい・・・」 その言葉に、兄の方はちょっと言いすぎたというような顔をして、こっちも泣き出しそうな目をした。 弟の方の頭を軽く撫でて、ヤマトが静かに言う。 「母さんは?」 「仕事」 「そっか・・」 「夜まで帰らないから。学校から帰ったら、オレずっとこいつのおもりなんだ・・ こいつのこと、本当は・・そんなに嫌いじゃないけど・・でももう、ウンザリなんだ」 本当は好きだとは、照れがあって言えないらしい。 「俺もそうだったぜ? もっとも、おまえくらいの年にはもう別々に暮らしてたけど」 「別々に? なんで?」 「親が離婚したから」 「そう・・・なんだ」 「しようがねーけどな」 言って笑う。 確かに今は、本当にしようがなかったんだとそう思っている。 だけど、あの頃はまだ・・。 今、コイツのそれを言っても、それこそしようがねえけど。 「俺もさ。2年生くらいの時、学校の帰りに毎日、弟を保育園に迎えにいってさ。それから、ずっと面倒みてたんだぜ。よく泣くし、甘えてひっついて離れねーし、とにかく手がかかるヤツで。おかげで友達とは遊べねえし、それどころか宿題もできねえし、おまけにトイレまでついてくる」 「イライラしなかった?」 「した」 「だろ?」 「ああ」 笑いながらうなずくヤマトに、どこかほっとしたような顔をして兄が少し笑顔になる。 そうか、たぶん、こんな風に誰かに愚痴りたかったのだろう。 色々、兄はツライもんだ。 親に我慢を強いられるばかりで、ちょっとキレかけていたのかもしれない。 ヤマトがそんなことを考えていると、唐突にその子から問われた。 「じゃあ、弟のこと大嫌いだった?」 一瞬おどろいたような顔になり、それからだんだんに笑みを浮かべて、ヤマトが答える。 「いいや、全然」 「じゃあ、何?」 「すっっげーーーー可愛かったv」 力いっぱい言われて、まんまるく目を開いたその子は、しばし呆然とし、それから思いっきり吹き出した。 「笑うな」 「だってさあ、あははは・・・。お兄さん、変わってるねえ」 「悪かったな」 あまりの爆笑に思わず仏頂面をして、ヤマトがジロと隣を睨む。 まあ、だけど、きっとこんなにウケるところを見ると、案外コイツも同じ穴のムジナなのかもしれない。 照れがあって、ストレートに「弟が可愛い」とは言えないだけなのだ。 いや、それがもしかするとフツーなのかも。 「おい、こら」 「ははは・・・。何?」 「兄貴も色々ツライけど、弟も小さいなりに色々考えててツライんだぞ」 「えっ」 「兄ちゃんだろ、わかってやれよな」 「あ・・・」 「おまえに嫌われたらどうしようって、そう思いながら追いかけてきてるのかもしれないぜ?」 ヤマトの言葉に、その膝の上にいる弟をじっと見る。 泣きはらした赤い目がすがり付くようだ。 本当はうざいなんて思ってない。 消えられたりしたら困る。 淋しいのは弟だって同じだ。 いや、小さい分きっと、もっとだ。 そして、こいつが本当にいなくなったら、淋しいのはむしろ自分の方だ。 思うけど、そういうの、どうしてやったらいいかわからない。 声をかけるのをためらっていると、それを見ていたヤマトがやおら膝の上にいる子の頭をポカリ!と軽く殴った。 驚いて、うわああああん!と泣き出す弟を見て、はっとして、兄の方がヤマトの上から奪いとるようにして弟を抱き上げる。 「何すんだ、ヒトの弟に!」 「悪い、手が滑った」 「お兄ちゃあああん」 「よしよし、泣くな・・」 言いながら、いったん地面に降ろし、背中に小さい身体をおんぶする。 睨みつけようとして目が合ったヤマトは、やさしい目で笑んでいた。 怒鳴りかけたのをはっとやめて、それから少し考えて、指先で鼻の頭を掻いた。 ヤマトの意図を察したのだろう。 「じゃあ・・・。俺、帰るわ。そろそろ母さん帰ってくるし」 「おう、気をつけてな」 軽く手を振るヤマトに、その子はちょっと頬を赤らめると小さく『ありが とう・・』と言った。 「じゃあ!」 「またな」 「うん」 行きかけて、ふと振り返る。 「ねえ、お兄さんの弟って、今どうしてんの?」 「ああ、もうすぐ来る。今からデート」 「おとうと、とお?!」 「悪いか」 「まさか、今でも“可愛い”とかー?」 「ああ? そうだな、昔よりももっとな。すげー可愛いぜ!」 「あははは・・ やっぱ、お兄さん変わってる! じゃあなー!」 「・・・・ほっとけ」 背中の弟をおぶいなおして、まだ幼い兄が帰っていく。 夕暮れが近い。 自分たちもあんなだった。 まだ幼くて、でも、弟のことになるとなぜか一生懸命だった自分を思いだす。 疎ましいと思ったことも、少しはあったんだろうか。 あまり記憶にはないけれど。 既に遠くなった思い出の中で、それは美化されてしまったのか。 ・・・いや、そうでもないか。 それよりも、その小さい手で何度癒されてきたことだろう。 大切で、大切で、たからもののようだった。(むろん今も) 遠い記憶をたどるヤマトの視界が、ふいに真っ暗になった。 ベンチの後ろからそっと近づいてきた人影に、ふいに目隠しされたのだ。 「だーれだ?」 「・・・・・・・・空」 「・・なんで空さんなんだよ! 声でわかるでしょうが!」 「だったら、こういう古典的な・・・」 手を取り除いて見上げると、真上から見下ろした形で、タケルが微笑みながらも目を真っ赤にしている。 いやーな予感・・。 「・・・・・・・・・おまえ、いつからここに来てた?」 「・・・・・15分くらい前、かな?」 「・・・・・・・・」 ってことは・・・。 「全部、聞いちゃった・・」 「なんで、声かけねーんだよ!」 「え?だって、かけづらかったし、それに・・」 「それになんだよ」 思いっきり赤面して、だけどもそれをタケルに見られたくないヤマトがさっさとベンチを立って歩き出す。 「あ。待ってよ、お兄ちゃん」 慌てて追いかけて、兄の袖をくいと掴む。 「だって、本当はお兄ちゃんも僕のこと、疎ましがってたのかなってそう思ったら・・ねえ、待ってったら!」 タケルの言葉に、ヤマトがぴたりと立ち止まる。 そして、本当に困ったような顔をして、くしゃくしゃっと弟の髪を撫でた。 「馬っ鹿だな」 「え?」 「んなわけ、ねーだろ?」 低く言って、それからあたりに誰もいなくなっていることを素早く確認すると、小さな顎を指先でひょいと持ち上げ、ちゅ・・と短く口づける。 「ほら行くぞ。日が暮れちまう」 「え、え、え、ちょ、ちょ、ちょっと、お兄ちゃんてば!」 タケルが、一瞬呆然とし硬直し、それからカッと赤くなって慌ててヤマトに走りよる。 照れている時の兄は、本当に怒っているかのようだ。 言葉少なで、そっけない。 でも、僕もね。 でも、僕もそういうお兄ちゃんが好きなんだよと、タケルは心で呟いた。
他人より少し〈少しか?)兄バカで、 ちょっと変わってる(おい)お兄ちゃんが。
END
兄バカ、第2弾でした〜v 楽しかったあv(風太)
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