朝日新聞、慰安婦問題で一部反省 吉田証言「虚偽と判断し記事取り消します」(産経新聞 8月5日)朝日新聞は5日付朝刊1面と16〜17面で慰安婦問題の特集を組んだ。1面記事では「私たちは元慰安婦の証言や数少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことが分かりました。問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します」と書き、これまでの慰安婦報道での誤報を一部認めた。 朝日が16回も取り上げた自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の「慰安婦を強制連行した」との証言については「虚偽だと判断し、記事を取り消します」とした。 また、もともと関係のない慰安婦と工場などに動員された女子挺身隊とを繰り返し混同した記事を掲載したことに関しては、「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と間違いを認めた。 一方、元韓国人慰安婦、金学順氏の証言記事で、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」などと実際の金氏の経験と異なる内容を書き、慰安婦問題に火をつけた植村隆記者(今年3月退社)に関しては「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と擁護した。今日になって突然に朝日新聞が、慰安婦の強制連行は嘘でした〜テヘペロと言い出しました。「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断(朝日新聞 8月5日)〈疑問〉日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり連れ出したと著書や集会で証言した男性がいました。朝日新聞は80年代から90年代初めに記事で男性を取り上げましたが、証言は虚偽という指摘があります。慰安婦問題を考える 男性は吉田清治氏。著書などでは日雇い労働者らを統制する組織である山口県労務報国会下関支部で動員部長をしていたと語っていた。 朝日新聞は吉田氏について確認できただけで16回、記事にした。初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す。 90年代初め、他の新聞社も集会などで証言する吉田氏を記事で取り上げていた。 92年4月30日、産経新聞は朝刊で、秦郁彦氏による済州島での調査結果を元に証言に疑問を投げかける記事を掲載。週刊誌も「『創作』の疑い」と報じ始めた。 東京社会部の記者(53)は産経新聞の記事の掲載直後、デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという。 97年3月31日の特集記事のための取材の際、吉田氏は東京社会部記者(57)との面会を拒否。虚偽ではないかという報道があることを電話で問うと「体験をそのまま書いた」と答えた。済州島でも取材し裏付けは得られなかったが、吉田氏の証言が虚偽だという確証がなかったため、「真偽は確認できない」と表記した。その後、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない。 しかし、自民党の安倍晋三総裁が2012年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中に伝わって問題が大きくなった」と発言。一部の新聞や雑誌が朝日新聞批判を繰り返している。 今年4〜5月、済州島内で70代後半〜90代の計約40人に話を聞いたが、強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった。 干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったとされる北西部の町。魚を扱う工場は村で一つしかなく、経営に携わった地元男性(故人)の息子は「作っていたのは缶詰のみ。父から女性従業員が連れ去られたという話は聞いたことがない」と語った。「かやぶき」と記された工場の屋根は、韓国の当時の水産事業を研究する立命館大の河原典史教授(歴史地理学)が入手した当時の様子を記録した映像資料によると、トタンぶきとかわらぶきだった。 93年6月に、吉田氏の著書をもとに済州島を調べたという韓国挺身隊研究所元研究員の姜貞淑(カンジョンスク)さんは「数カ所でそれぞれ数人の老人から話を聞いたが、記述にあるような証言は出なかった」と語った。 吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていた。しかし、今回、吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。吉田氏は00年7月に死去したという。 吉田氏は93年5月、吉見義明・中央大教授らと面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」と指摘している=注� � 戦時中の朝鮮半島の動員に詳しい外村大・東京大准教授は、吉田氏が所属していたという労務報国会は厚生省と内務省の指示で作られた組織だとし、「指揮系統からして軍が動員命令を出すことも、職員が直接朝鮮に出向くことも考えづらい」と話す。 吉田氏はまた、強制連行したとする43年5月当時、済州島は「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していた。この点について、永井和・京都大教授(日本近現代史)は旧陸軍の資料から、済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降だと指摘。「記述内容は事実とは考えられない」と話した。■読者のみなさまへ 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。 注� ゝ噺�義明・川田文子編「『従軍慰安婦』をめぐる30のウソと真実」(大月書店、1997年)「挺身隊」との混同 当時は研究が乏しく同一視(朝日新聞 8月5日)〈疑問〉朝鮮半島出身の慰安婦について朝日新聞が1990年代初めに書いた記事の一部に、「女子挺身(ていしん)隊」の名で戦場に動員された、という表現がありました。今では慰安婦と女子挺身隊が別だということは明らかですが、なぜ間違ったのですか。慰安婦問題を考える 「女子挺身隊」とは戦時下の日本内地や旧植民地の朝鮮・台湾で、女性を労働力として動員するために組織された「女子勤労挺身隊」を指す。44年8月の「女子挺身勤労令」で国家総動員法に基づく制度となったが、それまでも学校や地域で組織されていた。朝鮮では終戦までに、国民学校や高等女学校の生徒ら多くて約4千人が内地の軍需工場などに動員されたとされる=注� �目的は労働力の利用であり、将兵の性の相手をさせられた慰安婦とは別だ。 だが、慰安婦問題がクローズアップされた91年当時、朝日新聞は朝鮮半島出身の慰安婦について「第2次大戦の直前から『女子挺身隊』などの名で前線に動員され、慰安所で日本軍人相手に売春させられた」(91年12月10日朝刊)、「太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」(92年1月11日朝刊)と書くなど両者を混同した。 原因は研究の乏しさにあった。当時、慰安婦を研究する専門家はほとんどなく、歴史の掘り起こしが十分でなかった。朝日新聞は、国内の工場で働いた日本人の元挺身隊員を記事で取り上げたことはあったが、朝鮮半島の挺身隊の研究は進んでいなかった。 記者が参考文献の一つとした「朝鮮を知る事典」(平凡社、86年初版)は、慰安婦について「43年からは〈女子挺身隊〉の名の下に、約20万の朝鮮人女性が労務動員され、そのうち若くて未婚の5万〜7万人が慰安婦にされた」と説明した。執筆者で朝鮮近代史研究者の宮田節子さんは「慰安婦の研究者は見あたらず、既刊の文献を引用するほかなかった」と振り返る。 宮田さんが引用した千田夏光氏の著書「従軍慰安婦」は「“挺身隊”という名のもとに彼女らは集められたのである(中略)総計二十万人(韓国側の推計)が集められたうち“慰安婦”にされたのは“五万人ないし七万人”とされている」と記述していた。 朝鮮で「挺身隊」という語を「慰安婦」の意味で使う事例は、46年の新聞記事にもみられる。44年7月に閣議決定された朝鮮総督府官制改正の説明資料には、未婚の女性が徴用で慰安婦にされるという「荒唐無稽なる流言」が拡散しているとの記述がある。 挺身隊員が組織的に慰安婦とされた事例は確認されていないが、日本の統治権力への不信から両者を同一視し、恐れる風潮が戦時期から広がっていたとの見方がある=注�◆�元慰安婦の支援団体が「韓国挺身隊問題対策協議会」を名乗っており、混同が残っているとの指摘もある。 92年1月の宮沢首相の訪韓直前、韓国の通信社が国民学校に通う12歳の朝鮮人少女が挺身隊に動員されたことを示す学籍簿が見つかったとする記事を配信。「日本は小学生までを慰安婦にした」と誤解され、対日感情が悪化した。 朝日新聞は93年以降、両者を混同しないよう努めてきた。当時のソウル支局長(72)は「挺身隊として日本の軍需工場で働いた女性たちが『日本軍の性的慰みものになった』と誤解の目で見られて苦しんでいる実態が、市民団体の聞き取りで明らかになったという事情もあった」と話す。■読者のみなさまへ 女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。 注� 々盧蟒〇福屐愴湘臀�子勤労挺身隊』について」デジタル記念館「慰安婦問題とアジア女性基金」 注�◆‘1柄圈崟鏤�期朝鮮における『慰安婦』動員の『流言』『造言』をめぐって」松田利彦ほか編「地域社会から見る帝国日本と植民地 朝鮮・台湾・満洲」(思文閣出版、2013) 吉田清治氏の証言を基に朝日新聞の紙面に済州島での慰安婦強制連行の話題が出てきた当時から、挺身隊と慰安婦を混同していることや、秦郁彦氏の済州島調査を受けて、最初に軍による強制連行の話しをした吉田清治氏の証言に偽りありとあの報道は事実に反すると様々な角度からの検証や証言が出ていたのに、今頃になって「一部記事に誤りがあった」としても後の祭りです。吉田氏によるでっち上げを朝日新聞が大々的に報道、それを政治利用した韓国による(最近は中国もそれに乗って日本批判をしていますが。)性奴隷(セックス・スレイブ)なる造語を作りだして日本を貶めるキャンペーンを世界に広めてきたわけで、これによって、どれだけ国益を侵害されてきたことでしょうか。今年になり産経新聞の報道や政府による河野談話の検証結果が発表され、そして元朝日新聞記者による告発もあり、朝日新聞元記者 従軍慰安婦の虚報招いた吉田清治氏の嘘告発(NEWSポストセブン 8月5日)韓国が喧伝する、いわゆる従軍慰安婦のデマは、いまや世界中に拡散し、欧米では「慰安婦=性奴隷」という誤ったイメージが定着してしまっている。その原点は、朝日新聞が報じた強制連行の「誤報」だろう。 かねて朝日の報道をめぐっては、多くの識者やメディアから批判があったが、朝日は依然としてその過ちと向き合おうとしない。そんななか、朝日新聞元ソウル特派員として慰安婦問題を取材した記者の前川惠司氏(現ジャーナリスト)が、告発の声を上げた。逃げ切れないと悟ったのか遂に一部誤りを認めたわけですが、朝日がその部分の虚偽を認めるのに20年以上もかかった理由や、朝日新聞の報道によって韓国やそのほか周辺国との関係に要らぬ軋轢が生じ、どれほどの負の影響を与えたか、その辺の考察も含めまったく触れておりません。当時は資料不足で云々と言い訳がましくしていますが、当時から産経などは取材し裏付けるものが無いと言ってきたわけですから、朝日は当時ちゃんとした裏付け取材せず日本叩きできるという理由のみで記事にしたのではないでしょうか。「吉田証言は虚偽だったので記事は取り消します。」「挺身隊と慰安婦を混同してしまい用語を誤用していました。」とあっても日本政府のみならず日本国民全員への謝罪の言葉は一言も無く、言葉巧みに他人の所為にして、しかも別のページでは、もっとも重要な組織的関与での強制連行があったのかの有無を無視して、女性は自由を奪われたのだから広義の強制性はあったと新しい屁理屈を作りだし、タダでは転ばず転倒しながら日本の足を掴んで引っ張り、「ことの本質 直視を」と開き直っている所も卑怯です。慰安婦問題を考える .慰安婦問題の本質 直視を 編集担当・杉浦信之強制連行 自由を奪われた強制性あった(朝日新聞 8月5日)■読者のみなさまへ 日本の植民地だった朝鮮や台湾では、軍の意向を受けた業者が「良い仕事がある」などとだまして多くの女性を集めることができ、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません。一方、インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。共通するのは、女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があったことです。「インドネシアでは女性を連行した資料がある」としているのは、白馬事件のことを指しているのでしょう。白馬事件は日本とオランダとの問題であって、旧日本軍が直接指令して関与したものではなく、一部の兵士たちがインドネシアの捕虜収容所からオランダ人を連行して慰安婦にしていましたが、日本軍が当時の軍法で、この兵士たちを処罰し慰安所も閉鎖され、(後の東京裁判でも裁かれ解決済みの話です。)当時の政府や軍の中で女性を強制連行して慰安婦にすることを犯罪で禁止していた証拠資料であって、朝日新聞が言う慰安婦の強制連行とはまったく無関係な話ですから、それを証拠があると強引に結びつけるのはおかしいのではないでしょうか。他にも慰安婦問題によって日韓友好にヒビが…ということをシレっと書いていますが、元々は朝日新聞が撒いた種による結果で要らぬ軋轢が誕生したわけで、一部誤りは取り消すとしているだけで本当に反省している言葉もないし、自由を奪われたのだから強制性があったと、まだ言っているし本当に酷い新聞社です。ことを荒立てた原因は朝日新聞にあるのだから、今日の記事だけで終わるのではなく、ぜひ欧米や韓国など海外メディアにも「朝鮮での強制連行は誤報でした」として、訂正と謝罪広告を出してほしいものですね。それが国益を損ねてきたことへのせめてもの誠意ある対応ではないでしょうか。この訂正記事だけで終わらせるようなことがあってはいけません。