遠藤被告、死刑確定へ…オウム裁判すべて終結(読売新聞 11月21日)国松元長官銃撃・村井幹部刺殺…まだまだ残る謎(読売新聞 11月21日)オウム裁判が終結したといっても、それで終わりではなく、サリン事件の被害者は今も後遺症に苦しんでいますし、ロシアや北朝鮮との関係など多くの謎も解明すらされていません。私はオウム真理教の凶悪化が進んだターニングポイントは、坂本弁護士一家殺害が長年に渡り解明されずにいたことだったのではないかとずっと思っています。オウムと戦っていた坂本弁護士とその家族が行方不明になったとき、TBSがオウム真理教に坂本弁護士の取材内容テープを見せていたことを取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反したことを懺悔し、隠さず素直に警察に報告していれば、オウムによる拉致と断定され強制捜査され逮捕者が続出したでしょうから、その後に起こった凶悪なテロ事件である松本市や地下鉄でのサリン事件は起きていなかったかもしれません。坂本弁護士一家行方不明事件は、20年以上前の事なので詳しく知らない人もおられると思うので、事件の経緯を簡単にご説明します。1989年にオウムに対し訴訟をしていた坂本弁護士をTBSが取材。TBSのプロデューサーが、オウムから要求され、その取材VTRを見せたことにより、 オウムは坂本弁護士を我々の活動に邪魔だと判断し、一家を拉致し殺害しました。TBSは取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反しただけでなく、間接的とはいえ、坂本一家殺害のきっかけを作っていたのです。しかも、坂本さん一家が行方不明になり騒がれていた時も、地下鉄サリン事件後の1995年に日本テレビがこの事実をスクープするまで、この事実を隠蔽していました。悪質なことに、スクープ後も、しばらくの間は事実誤認と否定していたのです。その後、逃げ切れなくなったTBSはビデオを提供したことを認め謝罪するに至ります。TBSとオウム真理教のつながりは深く、この取材VTRを見せたのが当時のTBS報道の中心的人物の下村健一氏だったと言われています。下村健一氏は学生時代に菅直人の事務所で活動していた筋金入りの左翼活動家で、のちに菅の内閣広報審議官にまでなった元TBSの下村健一氏は、当時、オウムの取材によってオウムの思想に共感を得たのか、オウムに頻繁に出入りするようになり、オウム報道には事件後も含めオウム寄りの発言を繰り返していました。自分が携わる『報道特集』ではオウム真理教の広報ビデオをサブリミナル映像として放送していたり、地下鉄サリン事件後も『筑紫哲也のNEWS23』では、連日オウム幹部を番組に招待し、彼らの一方的な言い分(嘘)を垂れ流していました。坂本弁護士一家殺害後にTBSがVTRを見せたことを隠し続け、また擁護する人物が居たことで、オウムにメディアは味方に出来ると勘違いさせ、TBS以外にもマスメディアが面白半分でオウムを紹介したり、数年前にホリエモンを時代の寵児として扱っていたような感じに、麻原彰晃を『とんえるずの生ダラ』『TVタックル』『朝まで生テレビ』などバラエティを含めたテレビ番組にゲストで使うなど好意的に取り上げたことで、メディアは利用できると積極的に広報活動に使い、教団が拡大してサリン事件を起こせるまでに暴走したことも確かでしょう。オウムを生み出した社会背景やカルトに傾倒してしまう若者の心理を検証・研究することも大事ですが、マスメディアも当時の状況を振り返り、オウムを肥大化と暴走させることに結果として自分達も協力してしまった事実を今一度、検証・反省をする必要があるのではないでしょうか。