仕事帰りの電車の中で「戎っさん」の福笹を持った人を見かけた。
「戎っさん」は私にとっては馴染の深い行事だ。物心ついた頃から亡父は商売人だったので、家族で連れ立っ「戎っさん」へ出掛けるのが定番行事だった。他の土地の事は知らないけれど大阪では「戎っさん」ってのは、けっこう賑やかな行事だと思う。あまり美味しくないねじり飴を食べたり、福娘さんに笹飾りをつけてもらったりするのが、とても楽しかった。艶やかな福娘さんに遠慮するかのように、年季の入った芸者さんが笹を売っている光景なども鮮やかに記憶している。
亡父は心底から「戎っさん」を信仰していた訳ではないのだろう。大阪ではもっとも賑やかな今宮戎に参ることもあれば「やはり地元の神様にお願いせんとな…」などと、地元の小さな戎神社に行くこともあった。あるいは「戎っさんなんて、あてにならん。今年はやめとく」とて行かない年もあった。おおかた、その年の父の気分次第だったのだろう。
亡父が生きている頃、私は彼から迷惑のかけられ通しで、彼のことが大嫌いだった。愚弟もたぶんそうだったと思う。悪い男に騙されたくらいのお金を亡父につぎ込んでいて、いまだに「あの人は、本当に好き放題生きたなぁ…」と思うことしきりだ。が、気が付くと昔ほど亡父のことが嫌いではない自分がいる。
私も年を重ねて、亡父の抱えていたものの大きさや辛さを知るようになったし、小さい頃はたっぷり可愛がってもらっていたのでその想い出もある。そして、亡父はロクデナシだったが悪人ではなかった……ってところもある。
だけど「あの頃、もっとお父さんに優しくしてあげれば良かった」とまでは思わない。いま、私が亡父を懐かしく慕わしく思うのは亡父と離れて穏かに暮らしているからであって、もし亡父が生きていたら私は今も苛烈に生きていただろうから。過去の記憶は年を経て昇華されていくものだ。もちろんそれは素晴らしいことではあるけれど、真実をすり替えてはならない。過ぎてきた過去はえてして素敵に思えるものだが、浸りすぎてはいけないのだ。
今日は亡父を懐かしく思うと同時に、いまの生活の穏かさに感謝せずにはいられなかった。夫は会社員だけど、いつかまた2人で戎っさんへ参るのも良いかもなぁ……なんてことを考えてみたりして今日の日記はこれにてオシマイ。