就職活動記録。結果待ち1件は返事来たらず。やはり駄目だったのかとガッカリする。離職票が届いたので職安へ。失業保険が貰えるまでに働いている予定……なのだけれど、万が一のことを考えて手続きをしてきた。転ばぬ先の杖。備えあれば憂いなし。ちょっと気になる仕事があったので、明日また面接。ガンガン行こうぜモード復活の兆しアリ。
明日から4月。新しい年度。春は出会いと別れの季節というけれど、この春、17年来の友人Mちゃんが遠くに行ってしまう。携帯もメールもあるから離れてたって平気……と普通なら思うのだけど、Mちゃんの場合は、そういう訳にもいかない。もう、そうそう会えないし、連絡も取り辛くなるだろうと思うと、名残りがついない。
Mちゃんは重度の障害者で、ほとんど寝たきりの生活なのだ。しかも言葉が不自由で「文字盤」を使わないと意思の疎通ができない。今まではMちゃんのお母様がMちゃんの手足となっていたのだけれど、Mちゃんのお母様も60代となり、もうMちゃんの世話をするのは限界だということで、Mちゃんは遠くの施設に行くことになった。
Mちゃんとの出会いは、交流会のようなものだったと思う。Mちゃんから『アルプスの少女ハイジ』が好きだと聞いて、にわかに話が盛り上がり、当時思春期ヲタク少女だった私は「じゃあハイジのイラスト描いてきてあげるよ」とて、Mちゃんにハイジのイラストを描いて送ったのがはじまりだった。Mちゃん家に遊びに行ってお、茶したり、Mちゃんの好きな本をテープに吹き込んで送ったり、手紙だの、なんだのと、絶えることなく付き合いが続いて現在に至る。友人といっても、ここ2年ほどは年賀状と手紙だけの付き合いだったし、近くに住んでいたからって、そう会うこともなかったのだけれど、いざ「会えない」となると、やはり淋しい。
Mちゃんが施設に行くだろうことは、随分前から分かっていたことだけど、だけど、やっぱり、やるせない。「そうするより道がない」というのが、たまらない。世の中は不公平な事が多すぎるように思う。自分で努力してどうにかなるならともかく、Mちゃんの場合は、Mちゃん自身が自由に動けないし、他者とのコミュニケーションを取るのが大変だしと、あまりにもハンデが重過ぎる。
施設に入ってしまったら、Mちゃんは今までのように気軽に手紙の代筆を頼めないだろうなぁ……とか、ついつい陰気な事を考えてしまう。が、しかし行かねばならないのなら、Mちゃんが行った先で良い人と巡りあえることを祈るしかない。やるせないけど、これが現実。Mちゃんが行ってしまう前に、もう1度会っておきたいな……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。