白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

目次過去未来

【検索からお越しの方へ】
日記内検索をご利用いただくか、読書関係のお探し物はHPへお越しくださいませ。
当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2002年08月02日(金) なだめすかして今日も書く。

どうして、日記なんて書いているんだろう?
……と改めて考えてみるたりすることがある。

何ヶ月に1回のペースで訪れる持病みたいなものだと思う。
大抵「なんか書くのが辛い」と思う時だったりする。
「ネタがない」「書きたいことがない」なんてことは1度もないが
「くたびれている」「書く元気がない」なんてことは日常茶飯事。
ちょうど、今はそんなサイクルに差し掛かっているところ。

何故、日記を書くのか?

私の場合、原因は1つではなくて、複合的なものだと思う。
もともと私は自意識過剰で、自己主張が強いので
「ねぇ、ちょっと聞いてよ」と思う部分が強くて
日記を通して、言いたいことを主張しているのだと思うが
インターネットで人と交流するのが楽しいってな部分もある。
またダーッと日記を書くことでストレス解消をしている日だってある。
単純に「読んだり書いたりするのが好き」ってことも否定できない。
私にとって文章を書くって行為は、歯磨きよりも日常的。
結局のところ「楽しい」と感じるから書いているんだけれども
最近、新しく「これだ」という原因を発見してしまった。

たぶん、私は日記を書くことで
「あぁ。なんだかんだ言って、満更でもない1日だった」
……ってなことを確認したいって部分があるんぢゃないかと。
たとえイマイチな日でも「満更でもなかったに違いない。きっと、そうだ」
……ってな風に自分をなだめすかしている部分があるんぢゃないかと。

ぶっちゃけた話、毎日の生活は単調で、不透明で、イケてない。
楽しいこともあるが、そうでないことの方が、ずっとずっと多いし
突き詰めて考えてみると、ウエットになりがちなことの方が多い。
生きていくのは大変だし、世知辛いことばかりだ。
……なのに日記という形で、記録をつけてみると
それなりに豊かな感情生活をしている自分がいて
「なかなか、いい感じでやってるよね」と思えてくるから不思議である。
私は、それを確認したくて、毎日、日記を書いているのかも知れない。

どうしようもなく純粋な自己満足の世界なのだと思う。

……今日は、やたらと湿っぽい光線が発射されているようで嫌な感じ。
せっかくなので「良かったこと」も書いておこう。
今日は久しぶりに奈良盆地の愛人(愛犬)のハル君と逢引した。
最近、暑いせいか顔を見せてくれなかったハル君が
今朝はなぜだかご機嫌で、愛想良く擦り寄ってきてくれた。
むぎゅむぎゅと抱き合って、逢瀬を楽しんだのだが……
ハル君は、大量のヨダレを上着に付けてくれたのだ。
もしかしたら私に逢いたかったのではなく、ヨダレを拭きたかったのかも。
それでも、まぁイイか。久しぶりに愛し合ったんだし。

そんなこんなで自分をなだめすかしてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


目次過去未来


エンピツ投票ボタン(押していただけると励みになります)↑
My追加

yurarraをフォローしましょう

【同月同日の過去日記】

白蓮 |MAILHP