新潟の地震のニュースを見ると 10年前を思い出して怖くなる。
でも 見ずにはいられない。
あの日 家は古かったが鉄筋だったしつぶれずには済んだが
二階に寝ている娘と長男が心配で真っ暗な中 部屋を飛び出したら
割れた食器を踏んづけて 足を少し切った。
長男はすぐに降りてきたが、
娘は部屋の入り口を 倒れた本棚と洋服箪笥が塞いでしまって
「出られない〜!」
とパニック状態に。
「ベランダに出て 隣のドアから入りなさい!」
隣の息子たちの部屋のベランダから家に入れたので助かった。
電気はすぐにきたけれど、水もガスも止まってしまっていた。
テレビでは 臨時ニュースで 地震があったことを伝えていたが
最初は 怪我人が1人とか2人とかを伝えるニュースが・・・(そんなわけないだろー?!)
そのうち 人々は衝撃的なシーンを見せられることになる。
倒れた阪神高速、崩れた線路、潰れたビル、ところどころからあがる黒煙
あの中に私たちはいたのだ。
ご飯は 朝お弁当用に炊いた物を その日は食べた。
電気が使えるので レンジでチンとしてすぐに食べられる物で助かった。
お皿やコップは水が無いから洗えないので
紙皿と紙コップ、割り箸を使って食べた。(毎回使い捨てだ)
お風呂なんてもちろん入れない。
夜は 家族全員で 寝室のベッドの間に布団を敷いて
大きな余震が来たらすぐ逃げられるように、靴を用意し服を着たまま寝た。
テレビでは 地震の被害を伝えるニュースをやっていたが、
ニュースが終わると
いつものようにいつもの番組を変わらぬ調子でやっていて
これが同じ国か? と思ったり。
つぶれた家の下では まだ助けを待っている人もいるかもしれない。
怪我をしていても 病院に行く道路がふさがれている人もいるかもしれない。
寒さに震えて毛布も無くて 余震に怯えて眠れない人もたくさんいるだろう。
でも 今、遠く離れた地にいる私は
あの日 遠くにいた人たちと同じように
ぬくぬくと いつもと変わらぬ日々を過ごしているのだ。
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忘れっぽい国民性だから、被害のニュースはずっと続けて放送して欲しい。
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