まつや清の日記

2004年03月31日(水) 『市民の政治学』(岩波新書)を読む




 篠原一さんの『市民の政治学』を読みました。
 篠原さんといえば、ヨーロッパ政治思想の紹介者というイメージですが、ヨーロッパを紹介しながらヨーロッパかぶれしていないところがいつも不思議でした。

 今回は、市民社会を生み出した近代を平易な言葉で語ってくれます。
 第1章で、時間革命、空間革命、交換革命という社会の基本形に則しての変容を示し、その中から「第1の近代」を準備する構造としての資本主義、産業主義、近代国家、個人主義、科学主義を捉えます。

 そして、その行き着いた先に「成長の限界」としての「第2の近代」がはじまり、その危機を克服するものとして「新しい社会運動」=脱物質主義的な価値観を位置付けます。それは、「第1の近代の課題は、貧困の解決であり、労働者階級を組織化することによる「貧困の連帯」である」、「第2の近代の課題は、近代社会が生み出した食糧や空気や水に汚れなど、「不安の連帯」であり、個人、個人の組織化を前提にする」として、現代社会の課題を明示します。

 第2章「第2の近代」とその争点、第3章 新しい市民社会論、第4章 揺れる市民社会、第5章 討議デモクラシーと一気に進みます。

 私自身が、1970年代の学生運動から、1980年代、街と生活を考える市民センターといういわば新しい社会運動に転進し、87年に市議会議員としての政治の場に算入していく過程そのものが、第2章以降の争点、論点にかかわる実践そのものであり、自分自身の経験や迷いがそのまま活字になっている感じでとても刺激を受けました。
 
 その新しい社会運動としての一人一人の市民に依拠した街と生活を考える市民センターは、私のような市議会議員を生み出すことによって、また、地球サミット以降のNPO,NGOの時代を迎えることで二つの課題に直面します。

 一つは、選挙という個人を支える後援会と超党派的課題の解決の為に超党派的に活動するという市民活動本来のあり方との矛盾、そして、NPO,NGOの時代によって行政がその印刷や会議場所など活動拠点空間を用意してくれる時代になり、また抵抗型から対案と行政との協働という参加形態の変化にともない、その存在意義を問われました。

 前者は、政党という党派性と市民の関係であり、後者は、その市民と行政の関係に関わります。民主主義とは何かというところに直結しますが、この『市民の政治学』の中での討議デモクラシーという問題提起は、考えるヒントを与えてくれています。

 是非、一読をしていただきたいものです。


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K.matsuya

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