妻が髪を切った…らしい。
そう言われてみれば短くなった。か?
「ほほう。そういう態度ですか」 「美容師さんがだんなさん気付かなかったらやばいっすよって言ってたよ」 「やばいよ,アンタ」
何がやばいんだか…。 僕は現実に押しつぶされそうに疲れてるんですよ。 だからそんな瑣末なことには…。
あ,疲れすぎて口がすべった。
しかし,妻は鏡を見るのに忙しいらしく気がついていない。 よかった。 ほんとに「やばい」ことになるところだった。
「なんか若返った?」 「元気そう?」
はいはい。そうですね。
「でもさ」 「なんか普通になっちゃったよね」
は?
「普通の奥さんっていうか」
はあ? 何言ってんだか,この人は。 前からあなたは普通でしたよ。 普通のちょっと疲れた人が,普通の元気な人になってよかったじゃないですか。
「そうか!あの疲れた感じが大事だったんだ」 「しまった〜」
いったいアナタは何者になりたいんですか…。 ああ,なんだか疲れが増していく。 普通になったのは,見た目だけなんだな。
とにかくそんなことより,夕飯の支度とか,洗濯物の整理とか,布団敷きとか,風呂掃除とか,やることはたくさんあるんですよ。 外見が普通の奥さんになったんだから,普通に家事を…。
「ええ,ええ。どうせ瑣末なことですからね,私の髪の毛なんてっ」
あ,聞こえてたんだ…。 やばいっすよ,ほんとに。
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