
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
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2025年03月02日(日) ■ |
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Q / 市原佐都子『キティ』 |
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Q / 市原佐都子『キティ』@スパイラルホール
シアターコモンズ2本目。Qの作品はいつも「共感するわ〜、ユナイトしましょう!」なんて気分で観ると「ここ迄突き詰めてから共感するっていえー!」とぶん殴られる(概念)のだが、今回も自身の妥協点はどこだろうと日和ってしまうのであった。見習いたい(何を) Q/市原佐都子『キティ』
[image or embed] — kai (@flower-lens.bsky.social) Mar 2, 2025 at 19:48
仕上がりがポップなのがまた恐ろしい。そうそう、普段からDJキティのヘッドフォンの位置について疑問に思っていたのだが、今回おまえの耳はここだろうが! とひとつの答えが示されたところには笑ってしまったニャーン(逃避)。
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シアターコモンズ'25、待ってましたのQ新作。ロームシアター京都でのクリエイションと上演を経て、待望の東京公演です。「カワイイ」「ねこ」が見る人間社会とその現実。
・ハローキティ┃サンリオ 身長はりんご5個分。体重はりんご3個分。 夢はピアニストか詩人になること。音楽と英語が得意。 好きな食べ物は、ママが作ったアップルパイ。
ねこは冒頭りんごをかじる。そして幕切れにもまたりんごをかじる。りんごはふわふわと宙に浮く。エデンの園には二度と帰れない。
登場人(ねこか)物のルックを「盛る」手法は昨年の『弱法師』からの流れ。「カワイイ」を文字通り「盛る」、つまり「物量的に盛る」。盛りすぎてゴミにも見えてくる顔を持ったねこたちが直面するのは、家父長からの抑圧、元来は肉食動物である自身、常に「AV(「ポルノ」も混在)に参加させられる」社会のつくり。ねこたちは声を奪われている。キティちゃんのごとく口がないともいえる。台詞は演者から事前に採取した日本語、韓国語、広東語そして英語の音声をAIにより構成し、スピーカーから流される。そして動作はモーションキャプチャーからの振付で、人間の自然な動きとは違うもの。演者は自身の肉体を、人形のように操らねばならない。日本、韓国、香港の演者たちは声と動作を外部に預けてねこを生きる。声(太夫)、肉体(人形)、動作(人形遣い)が分担される文楽の手法も、『弱法師』からの流れだ。
ところでキティちゃんには何故口がないのか。
・ハローキティに“口”が描かれていない理由は?待望のデザイナーインタビュー┃Domani 口を描かないことにより、見る人が自由に表情を想像し感情移入できるようにしています。嬉しいときには一緒に喜んでくれ、悲しいときにはなぐさめてくれる友情のキャラクターなのです。
自由に想像し、感情移入する。受け手の都合でいかようにも解釈出来るという意味でもある。この他に「あなたのお話を黙って聞いてあげるために口がないんですよ」という話を聞いたことがある。黙らされているともいえる。映画『トワイライトゾーン/超次元の体験』の「こどもの世界」(これの脚本リチャード・マシスンなのよな)を想起してしまう。キティちゃんには主体がないのだ。
連想したのは呼び込み君なのだった。スーパーや催事の販促用機器で、その姿を見たり音声を聴くと、ああ、あれ、と気づくひとは多いだろう。ウチの近所のスーパーに呼び込み君は5体いるのだが、全員腕をもがれた状態で置かれている。腕があると、商品でいっぱいの売場に置くとき邪魔になってしまうからだ。そして5体のうち半分以上は声も奪われている。音声データは差し替えられるので、その日のオススメ商品を紹介する店員の売り文句が日々上書きされている。ときには顔ももがれていたりする。差し替え用の“顔”はオプションとして売られている……って、今よく見たら着せ替え用の服とかも売ってるのな。彼らはスーパーの肉売り場にもいて、日々お手頃価格の肉を人間に勧めている。
効率的に、すみやかに。人間のために日々繁殖させられ、最小限の苦痛(というが実際そうなのかは当人(動物)にしかわからない)を経て食肉になる。社会という市場に生きる女性との違いはどこだろうと考える。違い、なくないか? 商品としての価値をいつでも求められる資本社会はどん詰まりだ。ハムスターの喩えは秀逸だった。
そんなオエーとなるあれこれを、カワイくポップに見せるプロダクションに震え上がる。フォントづかいのセンスには『バッコスの信女』でも唸らされたものだが、今回も同じくフォント選択、YouTubeを模した配信動画、AI生成だと思われるパペットアニメーションの凄まじいこと。アニメパートはちょっと長いんじゃないかと思いつつ、あまりのカワイさとグロテスクさにうっとりしてしまうくらいだったので短くすればよかったのになんていえない。すげーカワイイキャラクターたちがカワイく乱交しカワイく子育てしカワイく共喰いするのよ。それも凄まじい物量とスピードで。この映像センスよ……つくったの誰だよ! と笑いながら怒るひとみたいになって終演後即スタッフクレジットをチェックしてしまった。小西小多郎、覚えた!
永山由里恵(日本)、ソン・スヨン(韓国)、バーディ・ウォン・チンヤン(香港)の身体的負担は大きい。巨大なねこ頭を被ったままのダンス、交尾、格闘と、その負荷は現代社会に生きる女性たちのそれと重なる。これが「AVに参加させられる」社会そのものなのだと納得もしてしまうのがまたつらい。しかし(だから?)終盤ようやく彼女たちの身体から発せられた生の声には心を揺さぶられるものがあった。ちなみにキャストは3人だけだと思い込んでいたので、花本ゆか扮する肉ニンゲンが登場した時は心底驚いた……「ひっ」くらいは声に出てたかも知れない。着ぐるみ(つうか文字通り肉襦袢よな)装着で踊りまくるそのキレのよさ、ブレのなさに感嘆。
『バッコスの信女』の再演もそろそろ、今こそ観たい。
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・Q / 市原佐都子「キティ」┃シアターコモンズ'25
・「キティ」市原佐都子と韓国・日本・香港のアーティストが作る“かわいい”から始まり、宇宙へ到達する物語┃ステージナタリー 市原 キャラクターの中には、偽物がたくさん出回っていたり、オリジナル以上に面白かったり愛おしく感じるものもあって、そういう“偽物のキャラクター”のような演技ができないかと考えました。つまりオリジナルからアイデアだけが抜き取られて、別の存在として蔓延していく感覚……
・開演前のロビーでコモンズツアーの感想シェア会が行われており、ちょっとやり取りが聴けた。「市原さんの作品はどこにトリガー・ウォーニングを入れればいいかわからない。全編そうともいえる」(大意)といっている方がいて頷いてしまう。傷ついているひとにこそ観てほしいと思うが、安易に勧められないのが難しいところ
・それにしても昨日の東京サンシャインボーイズにしても今日のQにしても、扇田昭彦さんだったらどんな劇評を書いたかなあと思うのだった。圧倒される舞台を観るといつもそう思う。今でも劇場ロビーで姿を探す。今年で没後10年
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