初日 最新 目次 MAIL HOME


I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME

2024年03月24日(日)
『美しき仕事 4Kレストア版』先行上映+クレール・ドゥニ監督アフタートーク

『美しき仕事 4Kレストア版』先行上映@ル・シネマ 渋谷宮下


2002年に東京日仏学院で観て以来。その後何度か自主上映されていますが、ずっと英語字幕のみだったのです。この度遂に日本語字幕がつき、5月から一般公開が決定。何故今になって? と嬉しい驚き。4Kレストア版がつくられたタイミングでということかな?

当時はドニ・ラヴァン演じるガルーはゲイなのかな? と思っていたけど、一方的に好意を寄せている女性がいるという描写があったので、その辺りはどうとも解釈出来るようになっていたんだな。そこ以外はなんとか内容の理解は出来ていたか……と安堵しつつ、初見当時は英語字幕を読むのに必死であまり観ていられなかった(…)映像の美しさも堪能。とはいえ、アルジェリア戦争についての台詞はピンと来ていなかったことが今回解った。先週『愛と哀しみのボレロ』を観ていたおかげで繋がった、という感じ。日本で暮らしていると、WW2後といえば朝鮮戦争(特需)とベトナム、イラン・イラク、そして湾岸戦争辺りが歴史の印象として残っており、いかに自分の国がアメリカの影響下にあるかを改めて思い知らされた気分でもありました(自分がそういう環境にいただけかも知れないが)。欧州に注意が行ったのはベルリンの壁崩壊からチェコスロバキアのビロード革命、ルーマニア革命といった1989年あたりからだな。チャウシェスク大統領の処刑映像が普通にボカシなしで地上波で流れていた時代です。戦争がない状態(間接的に加担していることはあれど)が78年続いている、日本という国の稀有についても考えました。

とはいえフランスも、今作が撮られた当時(1998年)は大規模な戦争が起こっていない時期。いつ実戦に駆り出されるかも判らず、ジブチで日々訓練に励む外人部隊の様子は牧歌的ですらあります。ジブチの太陽の下、殆どいつも半裸で、厳しい規律と上官の命令に従い同じ動作を繰り返す彼ら。そのなかで渦巻く羨望と嫉妬。部隊の訓練と、現地のひとびとが働く様子はどちらもダンスのように流麗な所作だが、果たして「美しい」のはどちらなのだろう。男たちが髭を剃り、洗濯をし、服を干す。アイロンをかける。ベッドメイクをする。そうした生活における動作のひとつひとつも丁寧で美しい。規律から放逐されたガルーが、クラブで踊るダンスはとても自由に見える。果たしてその自由は彼にとって福音だったのだろうか。

アフタートークでは、その辺りの話も聞けました。『横浜フランス映画祭 2024』で来日していたクレール・ドゥニ監督が来場してくれたのです。いやーお元気、御歳77とは思えない。エレガンスの中にも芯のあるパワフルな方でした。公開から時間が経った今だからこそ話しておきたいことがあったのでしょう、質問がある前から話す話す。逆に「皆さん疲れてませんか?」なんてこっちが気遣われる始末。

以下印象に残ったところをおぼえがき。記憶で起こしているのでそのままではありません。順序が前後しているところや、散らばっていた議題をまとめた箇所もあります。

-----

・外人部隊について説明しますね。彼らは前科があるとか、理由があって他の仕事に就けなかったひとたち等で編成されています。部隊で成果をあげれば人生をやり直せる、新しい人生が開けるかもしれない、といった事情を抱えています。過去や出自が白紙になる。フランス語を話せない人物もいる。部隊では、仏語話者とそうでない者がペアを組んで行動します。厳しい規律のなか集団で生活することで、部隊がひとつの家族のようなコミュニティになっていきます。彼らを異国の地で生きるストレンジャーとして撮りたかった

・彼らが自由に行動出来るのは夜、現地のクラブやバーに行ったとき。表向きは普通のお店ですが、その裏には娼館があり、エチオピアやソマリアからやってきた女性たちが体を売って暮らしています。そういう現実があります

・幼少の頃、フランスの植民地だったジブチで暮らしていました(ジブチがフランスから独立したのは1977年)。そのときに見た塩湖や火山といった美しい風景を撮りたかった。壊れた飛行機がそのまま野ざらしになっていて、その中に鳩が住んでいる。これも実際にあった風景です。当時映画界ではデジタル撮影への移行が進んでいました。予算の関係もありデジタルで撮ることにしましたが、連日気温50℃を越す撮影地でデジタルカメラが壊れてしまった。結果フィルムで撮ることになりました。16mmの方が予算には優しかったのですが、風景と人物を適切な距離で、同じ画面に入れて撮りたかったので35mmで撮りました。風景と俳優を適切な距離で撮る、私はそれが演出だと思っています

・原題の『Beau Travail』はメルヴィル未完の小説『Billy Budd, Sailor』からとりました。水兵の仕事の美しさが書かれています。帆を揚げたり降ろしたり、戦争の準備でもありますので、動作は素早く、滑らかに行われなければなりません

・兵士たちの訓練の動作は振付師を呼び、事前に屋内でリハをしました。撮影する段階になって初めて音楽をかけた状態で動いてもらいました

・ラストシーンは時系列を入れ替えました。本当は、ドニ演じるガルーが踊っているのは帰国する前のクラブです。その後マルセイユで自室のベッドを整え、銃を手に横たわります。それではあまりにも寂しい結末になるのではないかと、編集段階でダンスシーンを最後にしたのです

・(Q:同じ役者を何度も起用する理由)小津安二郎もそうだったでしょう? 好きな俳優には何度でも自分の映画に出てもらいたいものです

・(Q:ドニ・ラヴァンのキャスティングは当初違ったと聞きましたが)いいえ、そんなことはありませんよ。彼が演じることを前提に脚本を書きました

・戦争が身近にある今だったら、こんな風には撮れなかったし、今こうした映画は撮りません

・(Q:「美しき仕事」というタイトルだが、自分には兵士たちの身体や訓練の様子が美しいと思えなかった。織物をつくったり、放牧した家畜を追ったりする現地のひとたちこそ美しく見えた。そして、規律から離れたガルーが踊るラストシーンを美しいと感じた)戦争が美しいものとは思っていません。しかし、いつか戦争が起こるときのため準備はしておかないといけない。肉食的でもある男性の身体を、シンプルに、弱いものとして撮りたかったのです。今はこうした映画は撮りません。あなたは映画がお好きですか? 移動して一緒にコーヒーでも飲んでお話ししたいけど、私はこれから帰って荷物をまとめ、明日6時にホテルを出なければなりません。ここにいる誰かから私の電話番号を訊いて、連絡してください。メールでもいいですよ。フランスに来ることがあれば、是非連絡してください

この最後の質問が緊張感あるもので、そのうえ通訳を介すため結論に辿り着く迄何度もやりとりがあり、話題がどちらに転がるか判らないからすごいスリリングだった……辛抱強く話を聞き、エスプリを効かせた返答をした監督の度量に舌を巻きました。「今だったら撮らない」と何度も繰り返しいっていたのが印象的。

最後に壇上のポスターと並んで写真撮影の予定だった(らしい)のですが、トークが終わるとスタスタと客席へ降りていってしまいました。慌ててスタッフが駆け寄りましたが、再びステージに上がることはなく、その場で撮影が始まりました。ポスターの横で撮られたくなかったのかな……とちょっと邪推してしまった(そこ迄深刻ではないかな)。この映画に思うところがあるのは確かなようです。

今作に戦意高揚のメッセージはないと思いますが、兵士たちを「美しい」といわれることに抵抗があり、それでも軍を持たずにはいられない各国の状況を憂いているのであろうことは感じられました。そういう意味でも今また観られてよかったし、監督の言葉を聴けてよかったです。

-----

・美しき仕事 4Kレストア版┃横浜フランス映画祭 2024 (Festival du film français de Yokohama 2024)

・渋谷TOEIがル・シネマ 渋谷宮下になってから初めて行きました。ロビーがお洒落になってた。駅から近いのいいですね

・ところで「日仏学院」の名称、何故「アンスティチュ・フランセ東京」になってまた「日仏学院」に戻ったりしているのか。一度や二度ではないような……今どっちなのか分からなくなる〜。何故?