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2023年12月30日(土)
『窓ぎわのトットちゃん』

『窓ぎわのトットちゃん』@新宿ピカデリー シアター9


こちらも『ゲ謎』同様SNSの評判で(そして年末進行につき以下略)。自分のTL乍らいいデッキ組んでるなと思う。

原作はリアルタイムで読んでいるが、内容はほぼ忘れている。しかし、トットちゃんがいろいろとすごい子どもだったこと、トモエ学園という素晴らしい学校があったこと。これらは強烈に記憶に刻まれている。そしていわさきちひろの装画。今回の映画化に当初身構えていたのは、作画がいわさきちひろの絵とはかなり違うものだったからだ。しかし観たあととなっては、今回の作画の素晴らしさがよく解る。男女ともに、化粧をしたような紅い頬と唇の子どもたちは、生命力の塊だ。そして何より、彼らが「動く」美しさ。走り、転び、木に登り、素っ裸で泳ぐ。その鮮やかな色彩が、戦争の足音とともに、燻んだ茶色と灰色に侵食されていく。

映画はトットちゃんが通ったトモエ学園が、どんなに素晴らしい教育環境だったか、そこでトットちゃんが何を学んだのかを描く。そんな学園生活の豊かさが、どうして失われていったのかを、社会の変化とともに描く。

子どもたちの描く絵が変わる。お昼ごはんから「海のもの」「山のもの」が消える。着る服が皆同じような素材や形になっていく。銀座のど真ん中を「電髪(パーマ)は贅沢だ」とコールする婦人たちが練り歩くようになり、街中に「買いだめは敵」などといった張り紙が増えていく。生活全てが全体主義的な価値観に染まっていく。そして戦争で失われていくものの大きさに気付く。人間の尊厳が奪われていくことが、どんなに取り返しのつかないことなのか気付く。

声高に戦争反対と叫ぶのではない。戦争が変えていくものの恐ろしさを描く。大きな声のひとが戦争反対と叫んだら、賛同は多く続くだろう。しかし同じひとが、同じように大きな声で、やっぱり戦争は必要だ、と叫んだら? 声高でない理由はそこにある。全体主義の流れやすさと恐ろしさがそこにある。

この映画は、観客に想像する余地を与える。お父さんの楽団の指揮者はドイツ語を話すのに、何故日本とドイツが同盟を結んだとき喜べなかったのか? 改札の駅員さんが、男性から女性に替わったのは何故なのか? 飼っていたシェパードが途中でいなくなったのは犬が死んだからなのだろうか? 飼えなくなった理由があるのではないだろうか? 考える、調べる。そして知る。知識を得て、戦争を嫌悪する。知識を得ていなくても、この嫌悪感を身に沁み込ませて覚えておくこともだいじなことだ。実感が伴わないと、それこそ大きな声に付和雷同してしまう。

そしてこの作品が素晴らしいのは、戦火に焼き尽くされなかったものはある、と描いているところだ。トットちゃんが、小林宗作先生とトモエ学園から受けとったものについて。

前の学校で窓ぎわに追いやられていた子どもは、トモエ学園の窓ぎわから自由を学んだ。自分と違う身体を持つ子どもたちと一緒に遊べること、誰もがいつかは死んでしまうこと、「君は、ほんとうは、いい子なんだよ。」と自分は肯定してもらえる存在であることを学んだ。この日映画館には、沢山のちいさな子どもたちがいた。大きな声を出す子もいた。彼らがこの映画から、自由の素晴らしさを感じ取ってくれていたらいいなと思うし、大人は彼らを肯定し、守る存在であらねばと思う。

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・当たり年の2023年邦画でも最重要の『窓ぎわのトットちゃん』――アニメだから描き切れた黒柳徹子が“守ってきたもの”┃文春オンライン
「沈黙できない子どもたち」をテーマにし、肯定する映画
作画スタッフは、大人からの視線に搾取される子供ではなく、「窓ぎわの子どもたちから見た世界」を描くことに見事に成功している

・リトミックを日本に紹介 トットちゃんの恩師・小林宗作先生の教えと想い┃コクリコ
トモエ学園のその後、そしてあの藤の木が「トモエふじ」として移植された国立音楽大学附属幼稚園について。あの時代にリトミックあったんだーと思ってたけど、そもそも小林先生がリトミックを日本に紹介した方だったのね

・ヨーゼフ・ローゼンシュトック┃Wikipedia
・日本にやって来て活躍した外国人 その十六 ヨーゼフ・ローゼンシュトック┃綜合的な教育支援のひろば
お父さんの楽団の指揮者、ヨーゼフ・ローゼンシュトックの来歴

・そうそう、駅員さんの声が石川浩司さん、音楽が野見祐二さん。知らずに行ったのでうれしい驚きでした