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2020年06月06日(土)
『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』

『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』@TOHOシネマズ新宿 スクリーン4


二十歳以上は年下の、血気盛んな若者たちの言葉を真剣に聞く。真摯に答える。揚げ足をとらず、揶揄もせず、対立する相手への共感は躊躇せず示す。何より言葉の力を信じている。

1969年5月13日、東大全共闘が三島由紀夫を討論会に招く。TBSの映像アーカイヴから発掘されたその模様を中心に、当事者、識者たちが当時を振り返るドキュメンタリー。監督は豊島圭介。

護衛を断り、三島は単身東大駒場キャンパスに乗り込む。自分のことを「近代ゴリラ」と書いてある(なかなかブラックな似顔絵つき)ビラを見て笑う。900番教室へ入場し、ギャラリーを見わたし余裕の笑み。早速10分に渡る持論をぶち、あっという間に場を自分のペースに巻き込んでいく。討論会の企画者で、当日の司会を務めた木村修は思わず三島のことを「先生」と呼んでしまう。それは「三島を血祭りにあげてやる」と息巻いていた学生たちや、不測の事態に備えて潜入していた楯の会メンバー、取材と撮影のため最前線にいた記者とカメラマンも同様だ。その場にいた誰もが三島由紀夫という人物の魅力にあてられてしまう。

登壇者は皆言葉の力を信じており、相手を言い負かすことが狙いではない。言葉による相互理解、言葉による認め合いを求めている。しかし矛盾するようだが、言葉は文字だけでは伝わらない。この討論会の模様は出版されており、事前にざっと目を通していたのだが、まるで印象が違った。激論を交わす者たちの表情、声のトーン、仕草、それに聴き入るギャラリーの空気。後述リンクの予告編映像でもわかるが、三島の瞳は明るい茶色で、光の反射がクリアに映る。瀬戸内寂聴(まるで少女のようにキャッキャと語っていた)いうところの「天才」の目、その「画力」! 三島のひとたらしぶりは映像あってこそ。あの場にいた誰もが「やられた」と思っているのではないか……その具象、肉体の輝き。

自分が生まれたとき既に故人だった、三島由紀夫という人物。不朽の名作群は今も読むことが出来るが、その実体は当時どういう扱われ方をしていたのか、いまいちピンときていなかった。文武両道、体を鍛え俳優としても活躍、ヌード写真集を出版。まあそれはわかる。まあ、いる。しかし民兵組織を率い市ヶ谷駐屯地を襲撃、腹切って自決、介錯って…現場の写真が新聞に載るって……ここ迄くるとえええ何それ!? ってなもんじゃないですか。あ〜三島先生やばいね〜って笑ってたら、ホントにやっちゃった! ってな感じだったのかなあ、メディアも引き気味で眺めている感じだったのかなあなんて思っていた。

思えばそういう「死」の現場が隠されるようになったのっていつ頃からだろう。今はそういう場はwebに移り、視聴者は見ることも見ないことも選択しやすくなったといえばそうなのかな。豊田商事会長殺害とかチャウシェスク大統領夫妻処刑のニュースをしっかり憶えている世代ですが、普通に地上波で映像流れてたもんなあ。

閑話休題。今作を観て、平凡パンチの『オール日本ミスター・ダンディ』投票第1位(三船敏郎や石原慎太郎・裕次郎をおさえて!)を獲得する等アイドル的な人気もあるスーパースターだった、というのがわかったのは新鮮だった。作家としての名声や楯の会の活動については今でも豊富な資料があるが、その時代にどういう空気で迎えられていたか、というのは現代ではなかなか実感がわかないものだ。歴史上の人物がちょっとだけ身近になってきたというか、肉体化されてきた感じだった。平野啓一郎、内田樹、小熊英二という現代からのガイドも頼りになった。

歴史上の人物の肉体化、といえばこのひとも。押され気味の学生たちのなかから鮮烈に現れたのは芥正彦。寺山修司や土方巽をちょっとでも掘ったことのあるひとは誰もが目にしたことがあると思われる名前だが、その実体を初めて目にした。おかっぱ頭に口髭、グレーのモヘアニットに赤いタータンチェックのパンツ。タバコをくゆらせ、赤ん坊を抱っこして(! この子がまたかわいいのよ〜、けろっとしてるし!)、突然議論に参加する。すごいインパクトだった、このひとが芥正彦! 映画としての演出もあろうが、なんて劇的な登場シーン。議論は平行線を辿るも、ひとつのヤジを境に芥と三島はまるで共犯者のような関係を結ぶ。三島のタバコに芥が火をつける。ギャラリーからどよめきと拍手が起こる。これも劇的。ふたりは「見られる」ことで、900番教室を劇場に変える。

感想ツイートでも散見されたが、芥を筆頭に東大全共闘の学生たちは50年後の今見ても「イケメン」が多い。面構えといえばいいだろうか、皆まっすぐで、堂々としている。ヤジを飛ばした学生でさえ、出てこいといわれれば逃げることなく前に進み出る。こんな熱い日々を過ごしてなお、半世紀も生き続けているひとたちのことを思う。その時間の途方もなさ。討論会の翌年三島は自決し、程なく全共闘運動は終焉に向かう。「敗北」という言葉をあえて使い、監督は生き残りに問う。その総括はどう果たされたか、と。それに対する元東大全共闘、元楯の会のメンバーの答えにこそ、今作がつくられた意義があるように感じた。天皇について三島に鋭い質問を投げかけた小阪修平の今の言葉を聞きたかったが、彼も既に鬼籍のひと。口を閉ざし続けてきた何人かが今回取材に応じたのも、残された時間がそう長くないと感じているからだろう。

国家権力に対する解放区は空間か時間か。三島と芥は議論する。その後三島は死によって時間を手に入れ、芥は表現により空間を手に入れる。討論会の終盤、三島は言霊について語る。言葉は魂を宿し、時間と空間を超え、50年後を生きる者たちの心を捉える。

昔はよかったなんて思わない口だけど、こんな討論が成り立つ時代をつい羨ましく思ってしまった。三島の憂国と、自分が抱いている国への憂いはどこかで繋がっているのだろう。

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【公式】『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』3.20(金)公開/本予告


あの赤ちゃんの今の姿! 変わらず愛らしい!

・三島由紀夫の魂の演説! 伝説の討論会を13人の証言者と紐解く衝撃のドキュメンタリー映画解禁!!「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」┃カドブン

・『完全版 平凡パンチの三島由紀夫』椎根 和┃河出書房新社
こんなのも出てた、読んでみよう。映画にも登場していた椎根和によるノンフィクション

・音楽は遠藤浩二。『初恋』も素晴らしかったし、こちらもサウンドトラック出してほしいな、音源ないかなー

・東大駒場キャンパス、アゴラ劇場に行ったとき校内のレストランでランチ食べたりしてたんで見覚えのある外観がドカドカ出てきて「変わってない……!」と思った

・3月にムビチケを買い、いつ行こうかな〜と思っているうちに次々とミニシアターが閉まっていった。4月に入ると緊急事態宣言が発令され、エンタメのハコは軒並み休業に追い込まれた。うーむ、再開されたときこのムビチケは使えるのか? 公開延期になっている新作が沢山あるし、スクリーンのとりあいになってしまうだろうから……とヤキモキ。再開の知らせを受け、サイトの上映スケジュールに今作タイトルを見つけたときには思わずガッツポーズしましたよね。観られてよかった!

・TOHOシネマズ新宿は思いっきり歌舞伎町ど真ん中。ほぼ満席だったかな(つまりキャパの1/2)。入場時サーモグラフィによる検温がありました。工夫と協力を重ね、日常に現場で体験するエンタメが戻ってくるとよい