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2015年12月10日(木)
『熱海殺人事件』

『熱海殺人事件』@紀伊國屋ホール

やー、風間杜夫の木村伝兵衛、平田満の熊田留吉を観られる日が来るなんてな……入口に飾られた和田誠画伯による歴代ポスターの前にはひとだかり、ロビーも客席も当時を知るであろう方たちで、開演前から不思議な高揚感があった。

ホンの大枠は変わらず、台詞の細かいところが今どきのものになっていた。マニキュアがネイルだったり。「白鳥の湖」が大音量で響くなか電話で怒鳴り散らす伝兵衛、と言う幕開けも変わらず。何度観てもシビれるシーン。留吉に「拾ってください」と言う伝兵衛、花束で金太郎を殴りつける伝兵衛、と言った名場面も変わらない。しかし各所に演出いのうえひでのりのエッセンスがにじみ出る。と言うか演出はバリバリいのうえさん=新感線だった。

思えば『熱海〜』をつかさん以外の演出で観るのは初めてだ。つか作品の完コピからスタートした新感線のルーツを見る思いでもあった。極端な劇伴の緩急、ドラマティックな照明、台詞のリズム。そして現代劇における見得の切り方。勿論今のいのうえさんの演出は完コピのそれではなく、より派手になっている。音量の落差、ときには目潰しになる照明の強度。花束のシーンではジェットスモークでより多くの花弁を散らす。それを紀伊國屋ホールの規模で見ると言うのが新鮮でもある。ルーツと言うと、これらをパロディとして逆手にとった第三舞台のことも思い出される。殊に筧利夫の表現方法。そもそも筧さんは新感線出身なので、彼が第三舞台に持ち込んだもの(台詞のセンテンスのリズム感や身体能力の強度)について、唸るところも多かった。

この作品、と言うかつか芝居の特徴とも言えるパワー、スピード、テンション、についても考える。今でも現役で舞台を主戦場としている風間さん、平田さんではあるが、やはりこちらが過去観て馴染んでいた『熱海〜』のテンポとは違う。高速の台詞まわしに滑舌が追いつかない場面もあり、動きもキレを主体としたものではない。それは承知のうえだろう、それでもふたりは現在の自分が出しうる限りのパワー、スピード、テンションで臨む。今でしか見られない光景。「二十五歳です」と言う台詞にドッと笑いが起こるのも、やはり今。風間さんも平田さんにも、捨て身とすら言えるような作品への献身を感じる。そして歳を重ね、筋力に代わる凄みと流麗、包容力を手に入れた彼らの姿を観られる幸せを噛み締める。

パワー、スピード、テンションは愛原実花、中尾明慶が担う。特に愛原さんの声の通り、身体のキレが素晴らしく、宝塚の舞台に立ってきた役者の地力を見せられた思い。金太郎がハナ子を殺害するに至る経緯、芝居だったそれに真実が顔を出す瞬間、その切実さは過去観た『熱海〜』のなかでも随一だったように思う。愛原さんの、この作品への思いにひしと感じ入る。観ることが出来てよかった。

その他。

・個人的なことだが、自分は何故井上ひさし作品には乗り切れないのに、より露悪的なつかこうへい作品には惹かれるのかがうっすらわかってきた感じもする。が、なかなかこれは説明が難しい。虐げられる者の痛みの表現、「ざまあみろ」がどこへ向くか、と言うところ

・今年シティボーイズがファイナル公演を行った。キャリアの初期、彼ら三人が結成した集団『表現劇場』の創立メンバーには風間さんもいたのだよなあと思った。今後ステージから離れていく(かもしれない)シティボーイズと、『熱海〜』の舞台に立った風間さん。今また共演するのを観てみたいな、と言うのはぜいたくかな