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2015年11月05日(木)
『無頼漢 渇いた罪』

『無頼漢 渇いた罪』@シネマート新宿 スクリーン2

原題は『무뢰한(無頼漢)』、英題は『The Shameless』。本国でも日本でも2015年公開、監督はオ・スンウク。捜査のため素性を偽り、容疑者の恋人に近付く刑事。刑事は容疑者確保と言う任務と、容疑者を潰してほしいと言う組織からの依頼の間で揺れる。容疑者を待ち、抱えた借金を返すため奔走する恋人に、刑事は惹かれていく。ああ〜こういうグダグダダラダラした煮え切らない話結構好き…ツッコミどころは多々あるが……。

ツッコミどころと言うのは、なんと言うか「このエピソードを出したいのでここで説明しとかないと」ってのが透け透けのセリフや話運びが多いんです。で、その出したいエピソードってのが、別にそれいらんやん……と言うとあんまりですが、このスットコドッコイめが! と言いたくもあり(この方があんまりじゃないか)。実際そのシーンはストーリーに何の影響も及ぼさないんですね。催淫剤のくだりが典型的。あと容疑者にしても刑事にしても、女性をだいじに扱ってますって場面をわざわざ入れてる印象。何も知らず全裸で眠っている女性にそっとシーツをかけてあげたり、金に困って手放したピアスを買い戻してあげたり。ここも非情な男たちにこんな面がありますと示しておこう、と言う配慮なのか…? ではその配慮は誰に向けているのか…? と思ってしまう。

その二面性にグッときてしまったのも確かなのですが(苦笑)。しかしこれらは演者たちの繊細な演技に因るところが大きい。ホンの粗は理屈だが、演者の表現には情感が絡む。登場人物の二面性は迷い、ともとれる。容疑者を演じたパク・ソンウンも刑事を演じたキム・ナムギルも、その迷いの表現が上手い。物言わぬ表情に陰がある。そのふたりが無言で格闘するシーンは迫力があります。これは後に考えると、容疑者と刑事と言う図式だけでなく、ひとりの女性を巡っての対決ともとれる。終盤、いよいよ追い詰められた容疑者が車を出たあとのアクションシーンも素晴らしかった。男を取り囲む刑事たち、車中に残る女、バット、ナイフによる肉弾戦から銃撃へ。激しく、哀しく、あっけない。

しかしやはり何が素晴らしいって、チョン・ドヨンが素晴らしい。容疑者の心は本当にはどこにあったのか。上海に逃げようと言ったのは本心か。女は金づるだったのか。彼女にもきっとそれは判らなかった。彼女は男を信じたかった。しかし近くにいる刑事の優しさにも触れていた彼女は、その信じていることにも迷っている。時間の経過とともにその揺れが大きくなっていく。気丈に振舞っているが、いつも張り詰めている。チョン・ドヨンは思いつめ、腹を決め、甘え、迷う。それらが表情に溢れる。集金にまわるときの勝負服とメイク、家で食事をつくるときの普段着とスッピン。まとうもので身体つきすら違って見える。しかし暗闇で眠る全裸の彼女の身体は、神々しい程に嘘がないように見える美しさだった。そして車中でのおびえきった様子、その後車を出たときの振る舞いと表情。鮮烈に目に灼きついている。

街の綺麗じゃない部分を重めのトーンで撮った画面もかなり好き。冒頭、主人公の前をねこがとぼとぼ歩いていくシーン(これが結構長い。ついつい、ぼんやり、ねこを目で追う。この時間がいい)でもうひきこまれた。多い坂道、高い湿度。おおよそ衛生的ではなさそうな街の魅力。やわらかい陽光のなかで、幸せそうに朝食の準備をする女。チャプチェはあんなふうにつくるんだ、そうだなああすれば満遍なく混ざるんだな、おいしそう。この暖かい光景は「私こう見えて料理上手なのよ」と言う台詞に説得力を与えていた。パク・ソンウンとチョン・ドヨンの陰影ある裸体はまるで宗教画のようだった。ソンウンさんも彫刻のような身体の持ち主なので、あの構図は美しかったなあ。事後すやすやと眠る男女、つかの間の安息。

あとこの哀愁ある湿った音楽…と思ったら、『新しき世界』も手掛けたチョ・ヨンウクでした。『ベルリンファイル』もこのひとだったし、売れっ子さんですね。

シネマートのスクリーン2で観たと言う場末感ともども、じわりと心に沈んでいく映画。