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2013年07月12日(金)
『象』

『象』@新国立劇場 小劇場

入場してまずその美術に圧倒される。二台あるベッドの周りには、夥しい程の衣服が敷き詰められている。それをかつて着ていた、服の持ち主の行方を思わずにはいられない程に。その行く先には、どうしても生が感じられない。絶対的に在るのは、その服の数と同じだけの人間の死だ。それらを踏みしめ、踏み荒らして歩き走る登場人物たち。時折彼らは絡み付く服に足をとられる。まるで服の袖から手が出てきて、彼らの足を掴んだかのように。その美術か演者か音響か、何の影響か幻覚迄見てしまった。振り子時計の「カツ、カツ…」と言う音が響く場面で、舞台奥の暗闇に左右に揺れる時計の振り子が見えたのだ。「振り子がある?」と目を凝らした。確かに見える。しかしその後、同じことは二度と起きなかった。我乍らやばいなと思ったが、それ程想像喚起力が強い舞台だったのだと思うことにする。

原爆によるケロイドを見世物にしていた病人は、やがて重篤になりベッドから離れられなくなる。皮膚が硬くなり、ひび割れ、「美しい」ケロイドが醜くなっていることを気にした病人は、妻に「オリーブ油を塗って艶を出すんだ」と言う。「リヤカーを用意してくれ。明後日雨が降らなかったら街に出て、ポーズをとるんだ」。妻は消える。病人を見舞いに来ていた甥は、いつからか病人と同室の患者になっている。「そういうひとを妻にしたがっている」ひとと結婚した看護婦が身ごもった赤子は死んでいる。被爆者として生き残った人物たちは、知らない人々の死の上に自分の人生が成り立っているかのように苦しんでいる。「その後」全てが余生かのように。

大杉漣さんは濁声を駆使し、実演販売のように自分の身体を見世物=商品にしようと演説する。傷を見世物にする病人=被害者は、したたかさを生命力に変換して生き延びようとしている。その執念は、生きることへの執着か、「余生」に抗うことか。時折聴き取り辛い台詞まわしだが、因縁をつけるかのように周囲にわめき散らすそのさまは滑稽でもあり、同時にとても恐ろしい。

看護婦は赤子が死んだと話す場面で袋を引きずっている。その中身は到底赤子ひとりとは思えない、赤子ひとりにしては袋があまりにも大きい。何故あんなに大きいのだろう。袋のなかには彼女のこどもだけでなく、服を置いて消えた者たちが入っているかのようだ。あるいは、その服の持ち主が産むかも知れなかった誰か。産みたかったかも知れない誰か。その後、彼女は結婚などしていないと言う台詞がある。思いは巡る、彼女は病人が握手をしたちいさな少女の面影を持っていた。その少女にも「生きていた」と「死んでいる」と言う両方の噂があった。看護婦は果たしてどこにいたのだろう。紅を差したようなアイメイクの奥菜恵さんの、消え入りそうな美しさが印象に残りました。

別役作品だけにつらさのなかに笑いを見出したい一心で「脚だぞー!」を「脚だ象!」と変換してニヤニヤしたりしてました(バカ)。実際笑える場面も多かった。しかし、笑いで消費するにはあまりにも重い結末でした。

その他。

・戦時中〜戦後における「リヤカー」が記号として使用されているものについて。実際リヤカーは、荷物だけでなく人間も運んだ。こども、老人、病人、遺体
・当然『寿歌』も思い出す。『アジア温泉』に出て来たふたり組もリヤカーをひいていた

・細川さんプロデュースの『象』では、確か病人の「姪」でしたよね。もともとは甥なのかな、どっちでもいいのかな。そうだよこれも細川さんプロデュースだったねえ……
・で、別役テキストに鴻上さんのそれを想起させるものがあったのです。この辺り当時どう言われていたのだろう
・「〜ですね」「〜ですよ」と繰り返すときのリズム、「握手をしよう」と言う台詞、核と言うモチーフ
・『エッグ』で、野田さんのなかにある寺山修司を見たときの感じに近い。はっとした
・現代演劇は繰り返し上演されることで発見も増えるものだなと思いました

・雨のなか出て行く病人に、『はみだしっ子』のクークーを思い出しちゃったな…「衰弱した体に冷たい雨…発見された時すでに意識はなかったと言う」