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2013年05月19日(日)
『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』

さいたまゴールド・シアター『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』@彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場

ゴールドシアターは本公演の第一回から観始めたので、それ以前の中間発表公演は逃してしまっています。と言うか、中間発表『Pro-cess2/鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』の評判を知り、ゴールドの公演を観続けることになったのでした。今回その『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』を本公演として上演すると言う。やっと観られる!と言う思いもあり、とても楽しみにしていました。

会場は第二回公演『95kgと97kgのあいだ』でも使われた大稽古場。急勾配の仮設客席で、段差も大きいので見やすい。最後(高)列は、高所恐怖症のひとは無理かもってくらいです。個人的には好きな配置で、高いところも好きなので(バカ)当然最後列に陣取る。「稽古場なので携帯抑止装置が設置されておりません。電源をお切りください」等の諸注意のあと「客席間の階段は上演中使用しますので荷物等置かないでください。ゴールドシアターですから、転んだりしたらとても危険で……」と言うおことわりに笑いが起こる。笑い乍らも「えっこの階段使うの?」とビビる。ホントに急なんですよ。

暗闇に浮かび上がったのは、発光する水槽のなかで眠る老人たち。宣美にも使われていたイメージだ。モノローグがリレーのように続く。若者ふたりが現れ瞬時に場はチャリティーショー会場に。手製爆弾が投げ込まれ、悲鳴とともにうごめく老人たち。四月に起こったボストンマラソン爆弾テロの光景が頭をよぎりました。現代に上演することで付随してくるものがある。黒子たちが水槽を素早く撤収(ひと入ってるから結構力仕事ですね、黒子はネクストシアターの面々だったのかな)、若者は取り押さえられ、またもや瞬時に場が転換。あっと言う間に裁判が始まる。このスピード感ははすごかったなー。毎度のことだけど蜷川さんのツカミはすごい。

しかし若者(孫)を助けようと老婆たちが裁判所を占拠するくだりで様子が変わってくる。1971年の現代人劇場による初演も、『Pro-cess2』でもそうだったと言う荒々しい襲撃ではなかったのだ。前述の階段から老婆の列がゆっくり降りてくる。途中迄スタッフの手を支えに降りてくる者もいる。彼女たちは多くの荷物を抱えている。鍋であったり、洗濯紐であったり、日常生活に使うものだ。いったい何人いるのだろうと思う程、長々と行列が続く。動作がゆっくりなので、これはいつ迄続くのだ?と言う不安も湧く。やがて全員が舞台に降り立ち、床に静かに座り込み、荷物を広げ、生活を始める。生活?そうなのだ、まるでずっと前からそこで暮らしているかのように、彼女たちは振る舞い始める。洗濯物を干す、食事の用意を始める。野菜を切り鍋ものを作り始める者、カレーをよそう者、焼うどんを作る者。ここは劇場だと言う「約束」が麻痺していく。暮らしに伴うさまざまな動作とともに彼女たちは話しているようだが、言葉は不明瞭で声もちいさい。普通に部屋で話すくらいの音量だ。裁判長も判事たちも、検事も弁護士も、被告人もあっけにとらえる。勿論観客もだ。やがて焼うどんのいい匂いが漂いはじめ、それ迄固唾をのんで見守っていた観客席からくすくす笑いが漏れてくる。

『アーツシアター通信』のインタヴューによると、今回の公演には「蜷川幸雄」が出演するプランもあったそうだ。しかし実際に蜷川さんが出てくることはなかった。開演直前、客席最後列の後ろに作られている席(ゴールドのときもネクストのときも、蜷川さんはよくここに座っている)に、スタッフに手を握られた蜷川さんがゆっくりと上がってくるのが見えた。『2013年・蒼白の少年少女たちによる「オイディプス王」』開演前にも同じ光景を見たのだが、そのときは退院したばかりだから…と思っていた。やはりショックだ。出演がなくなったのは単なるプラン変更によるものか、蜷川さんの体調によるものかは判らない。当日配布のパンフレットに記載されている出演者のプロフィールには、入院していた、杖から手を離せなくなった、と言うコメントが並んでいる。しかし、そのあとには「退院して復帰出来てよかった」「また杖要らずで歩けるようになりたい」と言葉が続く。舞台上に立っているゴールドのメンバーは、一日一日を大切に生き、そして成長することを諦めない。年齢的にもゴールドの一員になれる、と笑い乍ら言っていた蜷川さんも、自由が利かなくなっていく身体というものを日々実感し、それを「次」に活かそうと企んでいるように思える。その探究心、演劇への執念。その執念が“弱者の怒り”に結実するのだ。

と書くとなんだか悲壮感溢れるもののようだが、実際は老人の図々しさ、したたかさを笑いに転じて見せる場面も多い。前述の「老婆たちによる裁判所占拠」はもうその画そのものが「なんじゃこりゃ!?」と言う面白さだし、「六法野郎」たちを喝破する「ばばあ道」は見習いたい(笑)。ばばあたちが裁判長たちの服をもたもた剥いでしまう場面も相当おかしい。しかも脱がせてみれば、彼らは赤いパンツや紫色の褌を履いているのだ。ゴールドには葛西弘さんと言う脱ぎ要員がいるのだが(そう言ってしまいたくなる程よく脱ぐ担当・笑)やっぱり今回も脱がされていた。葛西さんは、どんな状況になっても、どんな窮地に立たされても、愚直に被告たちを守ろうとする弁護人をユーモアたっぷりに演じていた。そして今回まじまじ見て思いましたが、葛西さんってすごく脚の筋肉しっかりついてるんですよね。見せるだけのことはある(笑)。最年長の重本惠津子さんはたいへん声のかわいらしい方なのですが、今回演じた老婆たちのリーダーとも言える虎婆の迫力と言ったらなかった。派手に動きまわることなく、よく通るソプラノで若者たちに死刑を宣告していく。

ヒステリックに嘲笑するでもなく、必要以上に悲観するでもなく。淡々と、日々の変化=老いを見つめ、表現する。ひとが暮らす場所に必ずある、笑いと涙と怒りを。

青年ふたりはネクストの松田くんと小久保くん。個性を薄くする狙いだろうか、どちらも長髪、ブルージーンズ、白いシャツ(松田くんはワイシャツ、小久保くんはTシャツ)のいでたちで、双子か兄弟のよう(これもあってボストンマラソンの犯人を連想したんだろうな)。そんな彼らは救済を申し立てるが、「子宮にのみこんで絞め殺してやる」と言う老婆たちに痛めつけられる。終始ハイテンションで絶叫し、静かな老人たちの言動と対照をなす。いんやしかし小久保くん、エルワといいオイディプスといいテンション高い役続くなあ。あの温和なホレイシオを演じたひとと同一人物とは思えない。

そしてクライマックス、老人たちは若者に“変身”する。瞬時にゴールドの面々がネクストの役者に入れ替わるのだ。どうやったか全く判らなかった程のトリッキーな入れ替わり。機銃掃射を受けあっと言う間に全員が倒れる、そして沈黙。そこへどこに隠れていたのか(『おおかみと七匹の子やぎ』思い出した…笑)弁護人が現れる。「私だけが、変身出来ないなんて………」。弾かれたように客席から笑いが起こり、すぐにまた沈黙が降りる。弁護人はよたよたと、とぼとぼと何処へともなく消えていく。笑い、怒り、嘆き。さまざまな感情に支配され、暗闇に取り残される。

清水邦夫の書く、寒気がする程の美しい台詞たちを聴けることも嬉しかったです。現代人劇場での初演では出来なかった、本物の老婆が演じる老婆たちの台詞、その説得力。カーテンコールに登場した蜷川さんはしゃんと立っており、笑顔でゆっくりと挨拶していた。幕が降りると舞台側から歓声があがった。パリ公演の幕が無事あがりますよう、そして無事公演が終わりますように。

当日配布された蜷川さんのごあいさつにグッときたので書き起こしてみます。転載に問題ありましたらご指摘ください。蜷川さんの言葉、好きなんだよね…ご本人よく「書けないからすごくコンプレックスある、劇作家に嫉妬してる」って言ってるけど、とても心に届く文章を書かれる。

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「さいたまゴールド・シアター」の問題はすべて「老い」の問題である。
高齢者それぞれの日々の体調。昨日出来たことが今日は出来ないことの不思議。
残る自己嫌悪。それら理解不能なことのすべてを当然のこととして進む勇気。
41人の高齢者がいれば41の問題が存在するのだ。

1971年に「アートシアター新宿文化」で上演された
現代人劇場の『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』の公演は、
鴉婆と虎婆を除いて、全て若い男性によって演じられた。
男性によって演じられた演技はディフォルメされていて面白がられた。
ラディカルな運動の渦中にいたぼくらは
時代とともに消耗し消えてゆく作品をつくろうとしていた。
作者の清水邦夫には、言語を推敲しないで
戯曲を文学として残す気を捨ててくれと言った。
2006年のさいたまゴールド・シアターでの公演は
ゴールド・シアターの人々の演技力を探る実験の公演だった。

ぼくたちは敗北続きの現在を生きている。
今、ぼくらは、平均年齢74歳の高齢者が、
時代によって消耗されることを願った演劇が、
本当の高齢者が演じることで再生されることが可能なのかを実験しようとしている。
さいたまネクスト・シアターの『2012年・蒼白の少年少女たちによる「ハムレット」』に
「こまどり姉妹」のお二人に出演していただいたことと同じ意味の仕事なのだと
ぼくは理解している。

病気で公演に立ち会えない清水邦夫にかわって
ぼくははじめて清水の作品の何カ所かをカットした。
なぜか痛切な想いである。

蜷川幸雄

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・観劇予報:パリ公演へ向けてスタート!さいたまゴールド・シアター『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』

・saf:【『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』】 蜷川幸雄芸術監督とゴールドのメンバーの囲み取材が行われました。

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・毎度カフェペペロネでは手打ちパスタをいただきましたー。ケッパーとオリーブのトマトソース。帰りにビストロやまのデリで買ったキッシュもめちゃおいしかった!次の目標はデリのお弁当です…あれ事前予約しないと買えないのかしらどうかしら