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2013年04月17日(水)
『走りながら眠れ』

平田オリザ・演劇展 vol.3『走りながら眠れ』@こまばアゴラ劇場

うわーこれはよかった。大杉栄と伊藤野枝の最後の夏を四場で。アナキストの自由恋愛主義者、と言う過激なイメージがある彼らの、穏やかな日常を覗き見する80分間です。革命家が家でどんな会話をして、どんなふうに暮らしていたかを描く、劇作家の妄想をおすそわけしてもらった時間でもありました。予備知識なくとも楽しめますが、ふたりがいつ、どういう死に方をしたか、だけでもうっすらと知っておくとよりグッときます。

とは言え、知っとけば知っといた分おお、と思う箇所は増える。『美しきものの伝説』観といてよかったとは思った。ちなみに自分がこのあたりに興味持ったのって、『ラストエンペラー』で坂本龍一が演じた甘粕正彦を観たからだったわ……。「チェロを習いにきた百姓」が宮沢賢治だってピンとくる楽しさみたいなものもあります。ちなみに今回の平田オリザ・演劇展、『銀河鉄道の夜』もラインナップされています。

台詞のひとつひとつがとても愛らしいものだったので、終演後上演台本を買って読んでいるのですが、登場人物は「男」「女」とだけ記載されていました。ふたりが栄と野枝だと言うことは、公演情報でしか知らされていません(追記:あ、台詞中に「大杉栄ひとりきり」「野枝さんとふたりきり」って名前出てくるところがあった。失礼しました)。知らないで観たらそれはそれで面白そう。普通の夫婦の会話だなあ、あれ?でもちょっと変?みたいな。え、なんでフランスで監獄入ってたの、なんで尾行がついてるの、とか、へえーこの旦那女に刺されたことあるんだーとか(笑)栄と平塚らいてうの話ウケたー。そりゃそうだ、フツーに「平塚さん」て呼ぶわよね、ご近所よもやま話みたいなのに急に有名人の名前が入ってくると一瞬誰かと思うわ(笑)。

そんなフツーの夫婦の会話に時折入るドキリとする言葉。「世の中が、ゆっくりとさせてくれないかもしれないけど」「幸せになるために一緒に暮してるわけじゃないからね」。ふたりは夫婦だけど、ともに革命を目指す同志なのだ。そして、死がそう遠くないものと予感している。

7月12日、8月10日、8月20日、8月31日からなる四場。ちなみにこれらの日付は、一場=栄が投獄されていたフランスから強制送還され帰国した翌日、二場=長男ネストルが生まれた翌日、四場=関東大震災の前日なのですが、三場だけ何があった前後か判らなかった。ここだけは何もなかったのかなー、普通の一日として切り取ったのかなーと思いつつも気になって検索してみたら…8月20日は甘粕の命日だった。のわーゾワーッときた!これ、意図的…だよね?それともこの日、栄と野枝周辺で他に何かあったのかしら。き、気になる…でも栄と野枝は22年後のこの日に何があったか知らないんだよね……と思いまたしみじみしました。

追記:あった!実際にはこの日のようです。だから「今日久し振りに平塚さんに会って」って台詞があったのね。
・アナキスト 大杉栄 1922-1923
1923 8月20日<30日の説もある> 大杉、アナキストの《連合》を企図して根津権現の貸し席で集りを開く。新山初代の<証言>「望月桂、岩佐作太郎等、2,30名集まって無政府主義者の連合組織問題の相談会がありました。私は鄭と一緒にその会に行きました。金重漢、洪鎮裕が来て居りましたが朴烈夫婦は来て居りませぬでした」

舞台上では日付が具体的に提示されることはなく、初夏だな、暑い盛りだな、あ、こども生まれたんだ。涼しくなってきたんだな、とだけ判る。繊細な季節の移ろいを、会話とそこから派生する小道具だけで表現しきっているさりげなさが見事。入場と同時に聴こえてくる風鈴の音だけで、ああ、舞台は夏なんだなと判る。ちなみにこの風鈴、実際に鳴らしているのかなと思う程澄んだ綺麗な音で、開演前にきょろきょろして風鈴の所在を探しているひとが結構いました。見付からなかったけどあれはいい音だったなあ。素晴らしい音響でした。そしてさりげないと言えば、四場全部衣装替えがあるんだけど(時間が経ってるからあたりまえっちゃああたりまえなんだけど)これ、なにげにすごく早くなかったか……?こういうとこも巧いわー。

そんなさりげない夏の風景のなか、なにげない会話から浮かび上がる夫婦の姿。家事にも積極的な夫、翻訳を手伝う妻。栄の優しさ、野枝の強さ。ふたりのあっけらかんとした思想、うっすら漂う未来からの陰。尾行のひとを気軽にお茶に誘ったり、訳していたファーブルの『昆虫記』の解釈の違いにちょっとむくれたり、コワい話をワザとしたり。畳敷きの部屋ってのがまたよくて、ふたりはそこでお茶飲んだりお菓子食べたり、あぐらかいたりゴロゴロ寝っ転がったりし乍ら話す。そこにほわんとした色気が宿る。栄が野枝の足首ひっぱってじゃれて、野枝のふくらはぎが露になるとことかドキッとしたー。腿じゃなくてふくらはぎ、こういうエロス大好きです。ゴロゴロしてるうち足がつった野枝が、だまーーーーーってゆーーーーーっくりのたうちまわっていたシーンも笑ったわー。ジワジワくるおかしみ。

本来これらの光景は他人が見ることのないもので、栄も野枝もお互いにしか見せなかったであろう表情を観客の前にぽーんとさらけ出してちゃってる訳です。これは照れる。こういうところが覗き見っぽくて、もーふたりがかわいらしいやらあいらしいやらノロけやがってにくたらしいやらでニヤニヤするわ!てなものですよ。また声がいいんだよね…張らない声、家でフツーに喋る音量。演じたのは野枝=能島瑞穂さん、栄=古屋隆太さん。いやー惚れるわー、古屋さんは勿論能島さんにも惚れるわー。ふたりとも服が似合うわー、和服も洋服も。あ、あと古屋さん、擬音が上手い。汽笛とか、シャンパンの栓抜く音とか(笑)。それにしても栄の白いスーツ+カンカン帽、これは男前が着ると男前度がより上がるね!古屋さんもー男前でたいへん。ネクストシアターで栄を演じた松田慎也くんも美丈夫でしたもんね。

それにしても平田オリザの作品のタイトルはどれも格好いい。走りながら眠るように生きたふたりの最後の夏。シンプルでいて味わい深い作品でした。

こういう良作を気軽にふらっと小さな劇場に観に行ける、って環境があるといいですよね…実際はパンパンの満席だったので当日券どのくらい出したか判らないが。自分の席だけチラシの束に当日パンフが折り込まれてなくて(多分前回のひとが当パンだけ抜いて帰っちゃったんだと思う)スタッフクレジットが分からないのがちょっと残念(泣)。と言うか、「当パン」って言うんだと初めて知りました…(スタッフさんが言ってたのを聴いた)。