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2012年07月16日(月)
七月大歌舞伎 夜の部

七月大歌舞伎 夜の部@新橋演舞場
二代目 市川猿翁 四代目 市川猿之助 九代目 市川中車 襲名披露
五代目 市川團子 初舞台

『将軍江戸を去る』『口上』猿翁十種の内『黒塚』『楼門五三桐』。襲名披露観劇はこれで一段落、しかしもう一度『ヤマトタケル』観たいな…でもスケジュール的にも金銭的にも無理ー(泣)せめて舞台写真が入ってからの筋書きを買おうかと思っております(21日販売分から入るそうです)。

今月の襲名披露公演には市川宗家のおふたり、團十郎、海老蔵が参加。『将軍江戸を去る』は慶喜=團十郎、伊勢守=海老蔵、山岡=中車。徳川最後の将軍が江戸城を明け渡した後、水戸へ立つ迄の出来事が描かれます。2008年に歌舞伎座で観て以来(このときの上演は慶喜=三津五郎、伊勢守=彌十郎、山岡=橋之助)のこの作品、ちょっと地味目乍ら結構好きなのです。「江戸を去る」ため、慶喜が花道ではなく、舞台奥へと退場して行くところにもしみじみさせられる。早朝を表現する照明も印象的ですが、劇場そのものの構造や、客席用の地明かりも影響するのか、歌舞伎座と演舞場ではその照明がかなり違って見えました。歌舞伎としては新しめの作品で、台詞も現代語調に近い。六月の『小栗栖の長兵衛』に続き、中車さんが演じる歌舞伎作品としても気持ちよく観られました。勤王と尊王は違うと熱弁を揮い、命を懸ける覚悟で慶喜と向き合う鉄太郎の心情は、歌舞伎と向き合う中車さんの覚悟と重なる趣もありました。声が相当荒れており、喉が心配ではありますが、そのしゃがれ声でも言葉はきちんと伝わるのが流石。

口上は猿之助、中車、團子に團十郎、海老蔵。團十郎さんが進行。あのねー海老蔵さんの口上はホント面白いねー。天然って強いな……(暴言)。フランス興行の話や、『ライオンキング』を一緒に観に行って、既に二十回以上観てるのに初めて観るかのようにわあ〜☆ってなってる猿之助さんの話等で笑いを誘っていました。

そして舞踊劇『黒塚』。この作品の歴史や三代目が初めて踊ったときの経緯等、いろいろ話を聞いてはいましたが、実際に観るのは初めて。四代目の『黒塚』初役を目撃出来た、と言う時点でもううわーんて感じでした。いやこれすごい好きですわ私…また酷い話なんだけどー!『ヤマトタケル』と言い、家に縁のある作品を襲名披露で、と言うのは判るがなんでこー可哀相な話ばかりなのー!(泣)猿之助さんは陰がある人物が似合うね……。そういえば襲名に際してのコメントで、「三代目が太陽ならあなたは月だ、と言われた」と言っていたなあ。

いろいろあった末鬼女に成り果てた老婆岩手が住む安達原の荒野に、名僧の一行が通りかかる。名僧祐慶に諭された岩手はまたひとを信じていいかも!と、彼らをもてなすため薪をとりに出掛ける。その際正体を知られないようにと、決して閨の内を覗くなと言いおいて出て行くんですが、こういうときって必ず覗くじゃん!そういうひといるじゃん!わー、強力のバカーーー!!!俗人ーーー!!!そうとは知らない岩手は薪を拾い、月の明かりを見て和み、その影と戯れ、あーいろいろあったけど私、今心が穏やか!てなってたところに逃げて来た強力と鉢合わせ。うわーバーカー!もういや!強力のバカ!私、鬼女ってバレた!とさとった岩手は強力にドーンとかバシャーンとかするんですが(なにこの表現)、命は奪わないとこがまたせつない!そして最後には祐慶の法力に押し切られて姿を消すんですよー。うわああああん!!!

はー、アホみたいな説明ですがホントよかったですよよよ。岩手の穏やかな所作、月の光とその影と戯れる無邪気な姿は、娘時代の彼女を彷彿させる。しかし鬼女の正体を現してからの強力との対峙、祐慶、大和坊、讃岐坊に囲まれ苦しむ立ち回りの壮絶さ。この対比が素晴らしかった。あんなにたおやかで上品なおばーちゃんがこんなになる程のことがあったんだよー!と納得させられた……。岩手に過去何があったのか、と言う具体的な説明はシンプルな台詞で語られはしますが、それがどれだけ壮絶な経験だったか、彼女にどれ程の悲しみと苦しみを与えたかは踊りで伝えられるのです。いやもう踊りなのに(踊りだから?)涙が出ましたよ。言葉以外でしか伝えられないってものはあるよ!

この辺り難しそうだなと思ったのですが、老婆の姿勢や動作は年齢と経験の積み重ねが必要で、しかし人外の境地に達した鬼の身体能力も見せなければならない。四代目は鬼女になってからの身体の操作が素晴らしく、花道での所謂「仏倒れ」の場面もわっと客席が沸く迫力。いんやここはすごかった……。背面から倒れてすっと消える場面も静かで流麗で、それがまたガーンて感じでした。ああ、消えちゃった…死んでないにしても、岩手はもう人前に姿を現さないんだろうなー……って。

そして曲がおそろしく格好よかった。四世杵屋佐吉作曲だそうで、これまた聴きたいなあ。能楽の『黒塚』も観てみたいな……。バレエやコサックダンス等ロシア舞踊のエッセンスも含まれ(そういやこのコサックダンス調、ころころした感じの猿弥さんが踊るので愛嬌があったわー)、この作品を創作した二代目(初代猿翁)の才気がたっぷり詰まった作品。これから四代目が踊って行くこの作品はどんなふうに進化していくんだろう。すごく楽しみでもあります。また観たいー。團十郎さん演じる祐慶も素晴らしかったな……。團十郎さんと猿之助さんが共演する『黒塚』は滅多にないものだろうから、そういう意味でも貴重なものを観た。

それにしても、これをちっちゃい頃観て感動して、お絵描きする程好き好きー☆(亀博でその絵が展示されてた)ってなる四代目って…こどもの頃からすごく変わっ…いや不思議な方ですね……。

『楼門五三桐』では猿翁丈八年振りの舞台復帰。配役が特別編成?になっていて、三人出ればいいとこ十人以上出ました。石川五右衛門の海老蔵、左枝利家の段四郎、真柴久吉の猿翁。久吉の家臣六人に、久吉の侍女三人。そして猿翁の後見に中車。海老蔵さんの「絶景かな」、よかったなー。このひとひとりで立つとき、ひとりで語るときの存在感が圧倒的。台詞回しもかなり独特なんですが、それがこの五右衛門には合っていたなあ。猿翁丈の出番は数分、しかし右手に持った柄杓をすっと上げるだけで全部持って行きました、シビれた。十数分の作品ですが、装置といい配役といい、ちょーゴージャス!拍手は鳴り止まず、カーテンコールもあり、晴れ晴れしい幕切れでございました。

そしてそして、あのー個人的な感想ですが、彌十郎さんが格好よくて格好よくてですね。これ迄自分、中村さんとこに出てた彌十郎さんばかり観ていたので、猿之助一座での彌十郎さんのなんて言うんでしょう、屋台骨っぷり、漢っぷり、客席からの歓迎されっぷりを目の当たりにしたのは初めてだったのです。自分が歌舞伎をぽつぽつ見始めた頃三代目が倒れ、猿之助一座が恒例としていた歌舞伎座七月公演も、スーパー歌舞伎も観たことがないままで…ああ、ここが彌十郎さんのホームなのねなんてしみじみしました。いや勿論他の一座でも頼りにされている方だと思いますし、中村さんとこに出ている彌十郎さんも素敵ですが!

いやでも観られてよかったなあ、猿之助さんとこにいる彌十郎さん…。そしてこれからも観ることが出来るんだ、きっと。七月公演が終わればまとまった休暇があるらしく、大好きなスイスへ行くのを楽しみにしているようで微笑ましい(twitter参照)。無事千秋楽を迎えられますように。そして元気で格好いい役者っぷりをこれからも沢山見せてくださいー。