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2011年07月08日(金)
『ゲヘナにて』

サンプル『ゲヘナにて』@三鷹市芸術文化センター 星のホール

三鷹市芸術センターのシリーズ『太宰治作品をモチーフにした演劇 第8回』。松井周さんの、岸田戯曲賞受賞後第一作になります。太宰の「トカトントン」「女神」が主なモチーフですが、いやはや流石、一筋縄ではいきません。

入場すると、ホールが横使いにされていた。本来ステージがある場所を潰し、そこを下手側としてある。そこから本来の客席最後列迄を舞台とし、30度くらいの傾斜にさまざまながらくたが並べてある。ホール後方の音声室?のような部屋も演技エリアとして使われていた。スピーカーが各所に仕掛けてあり、思いもしないところから音が聴こえてきたりする。この音の飛び方はかなり面白かった。牛川紀政さんの音響でした。

のらねこに餌をあげ続ける母親に手を焼く息子、息子と別れたタクシー運転手と、自分の踊りを模索するダンサーの今カレ、妻に浮気され逃げられた夫。そこに「自分のことを太宰治だと思っている男=太宰男」が介入する。男はとことんだらしなく優柔不断で、女はそんな男をこてんぱんに叩きのめす。そんな男女の光景がスケッチ的に描かれる。無理心中で死なせた女は彼らの女神と成り得るか?相当トホホな光景が、ゲヘナ=地獄へと通じている。演者たちは何度も傾斜から滑り落ち、どこ迄が意図的な転落なのか判らなくなる。

ストーリーは連綿とは続かない。シーン毎に分断され、収束もしない。スムーズに流れ出したかと思うと突如鐘が鳴り、客電が灯る。少しの間を置いて「続行します」と言うアナウンスが流れる。これは「トカトントン」の流れのようだが、ここ数ヶ月開演前の劇場で頻繁に聴く「上演中に地震がありましたら、係の指示がある迄席でお待ちください」と言うアナウンスを連想させもした。

このようにこちらの集中を削ぐような演出が仕掛けられているのだが、何故か目が離せない。目のまえで起こることをそのまま鑑賞する態勢が不思議と整うのだ。そのうち、バラバラなスケッチが交錯する瞬間と言うものが現れる。そこで、どこをどうやっているのかは理解出来ずとも、この作品はデタラメではないのだと気付かされる。しかし相当狂っている…きっとこれは理路整然としたテキストになっている。それを書き切る作者の頭はどうなっているんだ?

配置されたサウンド――タクシー(台車二台を繋げたもので、演者が自力で動かしている)のカーステレオ(ラジカセがくくりつけてある)から流れるニューオーダーの「Krafty」、タクシー運転手同士と配車センターの無線のやりとり、ねこたちの声、妻が奏でるヴァイオリンと、朗々と唄い上げる夫の声――はスピーカーを通してのものと、その場で鳴らされた生音が混在する。遠い位置で鳴ったものは、台詞であろうと聴き取れないものがある。

単純に演劇と言う枠ではくくりづらい。自分がいた位置からだけ体験出来るインスタレーションと考えるとしっくりきた。

太宰男を演じたのは外部出演や映画でもご活躍の古舘寛治さん。今回も怪演。いやあもうキモい!めんどくせえ!(役が!役がね!)なのにときどきすんごい含蓄のあることを詩的に言ったりすんのよ、イーヤー!いやあ流石「あの玉川上水でどうやって死ねたんだろう@山田詠美」太宰の生まれ変わりです、やりきる男だよ……。一応弁護しておくと(あんな男のこと弁護しなくていいけど!といろいろ混同中)「現在は流れがゆるく、穏やかな玉川上水だが当時は人喰い川と呼ばれるほどの急流だった」そうです(笑)。弱気なのに都合がわるくなると激高するダンサー岩瀬亮さんも面白かったなー。恥ずかしい衣裳でニジンスキーよろしく踊るシーン、かなり失笑ものだったのですがそれが続くにつれ「いや…これはこれでいいんではないか……?」と思わされてしまう奇妙な説得力!タクシー運転手の野津あおいさんも格好よかったです。

太宰モチーフは端々に散りばめられており、「八幡」を「やばた」読みにしてタクシー運転手同士の隠語「やばいお客様」=「やばたさま」と呼んでいたのが面白かったです。三鷹八幡大神社は芸術センターのすぐ近所。

それにしても…

Just give me one more chance (one more chance)
Give me another night (just another night)
With just one more day (one more day)
Maybe we'll get it right (You know I'll get it right)

この歌をopとenのテーマとして使うとは、相当にブラックなユーモア。松井さん怖い。