違うということ
朝上司から電話があって、年明けまで出社しないことが判明。 なんでも、クリスマス休暇で帰省している間に 甥っ子姪っ子に流行り病をうつされたんだとか。。
・・・ま、理由なんてどうでも良いんだけどね。(-ω-)
オフィスに独りだと気が楽で良いです。
昨日は久々に、Dさんに泣きながら語った。 理由はDさんの次兄の嫁、DBさん。
彼女はとても社交的な人で、普段からパーティーによく呼ばれて あちこち行ったりしている人なので年末年始も当然のごとく Dさんの両親に子ども二人を預けてパーティーに出かけるらしい。 しかも、大晦日はダブルブッキングで2つのパーティーに参加予定だとか。
それは別に彼らの生き方であって、私は肯定も否定もしませんよ。
だけど、Shihoたちは大晦日はどうするの?」と聞かれて 私が『家で静かに過ごすよ』と答えたら あからさまに「なんでそんなにつまんないことするの?」という態度で 「家で静かに過ごすなんていつでも出来るから 私たちはパーティーに行って楽しく過ごすのよ」という返事。
・・・大晦日に家で家族と静かに過ごすのは アメリカの大部分の家庭がクリスマスイブを家族で静かに過ごすのと 同じ理屈だってこと、なんで分かんないのかなぁ。
ってか、別にわかってもらえなくても良いですよ。
アメリカではクリスマスは宗教行事としての意味合いが強いから 家族そろって厳かに過ごすってこと、私は理解しているし それを「なんで?」ってDさんに言うわけでも、 「パーティーすればいいじゃない?」って提案するわけでもない。
対して日本では、クリスマスよりもお正月に宗教行事として 家族そろって厳かに過ごす文化が確立されているってだけのこと。 それを否定したり疑問を投げかけられたりする筋合いはないと思うんだけど。
しかも、何よりも腹が立つのは、私が言った『家で静かに過ごす』を DBさんが嘲笑を含んだように3回もオウム返ししたこと。
家に帰ってきて、DBさんとの一連の会話を思い出したら ふつふつと怒りがこみあげてきた。 『・・・何であんなふうに言われなきゃいけないの? 私の国の宗教で、私の国の文化で、私の家族が大切にしていることを 私が海外でも守ろうとしているだけなのに、それがこの国の文化と「違う」 という理由だけで嘲笑されるなんて、本当に悲しいし腹立たしい』 とDさんに泣いて訴えると 「DBはきっとShihoを信じてないんだよ。きっとDBはShihoのことを ただ非社交的なだけだと思っていて、Shihoをもっと社交的にさせたいと思って あれこれ言ったんだよ」と、Dさんは慰めてくれたけど それでも、誰かにあんなふうに自分の文化を否定された悲しい気持ちと 行き場の無い怒りを、どこにやればいいんだろう?
「大切なのは、俺が理解してサポートしてるって事実じゃないの?」
そうかもしれないけどね・・・。 そして、Dさんの理解には本当に感謝しているけど。
でも、DBさんの言動で傷ついた私の心が癒えるには時間がかかりそうだよ。
2008年12月29日(月)
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