| 2005年03月02日(水) |
秦 河 勝 連載15 |
秦河勝と聖徳太子との関わり合いは河勝が12才になったときから始まる。 この年574 年(敏達天皇三年)聖徳太子が、橘豊日皇子(たちばなとよひのみこ・用明天皇)を父とし、穴穂部間人皇女(あなほべはしひとのひめみこ)を母として誕生した。
「若様、そろそろ昼餉の時間です。あの桜の木の下で一休みしましょう」と馬で大原近くまで遠乗りをした河勝に供の下僕が言った。今日は河勝の十二才の誕生日を記念するために乗馬の訓練も兼ねてここまでやってきたのである。
「今日は天気もいいし、陽気もよくてよかったね。腹も減ったしそうしよう」 と河勝は馬から下りて手綱を桜の木の枝に結んだ。
「こんなに遠くまで来たのでさぞ腹もすいたでしょう。しっかり食べてください」下僕は竹の皮に包んだ握り飯を差しだしながら勧めた。
「ああ、美味しい。握り飯がこんなに美味しいと感じたのは今日が初めてだ」 と河勝は下僕の差し出す竹の筒に入った水を飲みながら言った。
「若様が、こんなに遠くまで出掛けられたのは今日が初めてなので、きっとお腹がすいたのでしょう。お腹のすいたときは何を食べても美味しく感じるものですよ」
「お米の神様に感謝しなければ」そう言うとと河勝は苗代にすくすくと伸びている緑の稲の苗に向かって手を合わせた。暫くお祈りをしていた河勝の顔つきが変わった。 目はつりあがり口を尖らして、嗄れた声で喋りだした。憑依現象が始まったのである。
「汝に告げる。都で世継ぎの皇子が誕生された。汝はこの皇子に臣従すべし」
「ああ、若様に神様が憑いた」と下僕は地面にはいつくばり、頭を地面にすりつけて河勝を拝み出した。やがて、憑依現象は収まったが、河勝には臣従すべしとお告げのあった世継ぎの皇子の名前は判らなかった。しかし,河勝の心はまだ見ぬ主の姿形をいろいろ想像しては満たされた気持ちになるのであった。
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