「応神天皇の御代(382 年)に、弓月の君は百済から120 県の人夫(おお みたから)を率いて大和の国へ移住を決行されたのじゃ。百済から加羅までたどり着いたところ、運悪く新羅人に妨げられて人夫は加羅に止めおかれてしまったのじゃ。弓月の君は使いを応神天皇に出して助けを求めたところ葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)が派遣されて日本へ渡るのを助けたということじゃが、弓月の君が連れてきた人夫はいずれも腕の良い機織技術者と土木技術者達で、養蚕の技術も持っていたので葛野に定着してからも繁栄し今日に至ったのじゃ。」と秦大津父は白くて長い顎髭を右手の親指と人指し指で作った輪でしごきながら、河勝に物語ってくれた。
幼い河勝にとっては、先祖の流浪物語はロマンに満ちた魅力ある話であった。
「弓月の君が葛野に定着してまもなく、半島では応神天皇が軍隊を派遣し百済・新羅を討ち負かした(391 年)ので、弓月の君の渡来時期の選定は正しい決断であったことが判ったのじゃ。一族の長は将来のことも見通して決断しなければならないから責任は重いのだよ。」と大津父はやがて一族の長になるであろう幼き河勝に期待の眼差しを向けながら話を続けた。
「河勝よ、弓月の君が葛野に落ちついてから間もなく、応神天皇の御代に半島から阿知使主(あちのおみ)とその子の都加使主(つかのおみ)が党類17県の民を率いて渡来してきているが、この一族は、高市郡檜隅を根拠地にして栄えている東漢直(やまとあやのあたい)氏の祖先なのじゃ。彼らは陶部(すえつくり)、鞍部(くらつくり)画部(えかき)、錦織(にしごり)の技術に優れているので、我が一族も機織りという技術の特徴を生かして彼らに負けないように頑張らなければならないのだよ」
「ほかにはどんな氏族が渡来したのですか」
「阿知使主(あちのおみ)が渡来してのち間もなく今度は、やはり応神天皇の御代に百済から、王仁吉師(わに)が論語と千字文を持って渡来し、朝廷に百済王からの品部(ともべ)として献じられたのじゃ。彼らは朝廷では史(ふひと)としてもちいられた西文首(かわちのふみのおびと)氏の先祖で根拠地は河内の古市なのじゃ。彼らは読み書きにあかるいので代々書記として朝廷で文書を扱い羽振りをきかせているのだよ。お前も読み書きができるようにならなければのう。」
「御長老は読み書きができるのですか」
「出来るとも。大蔵掾という官職は読み書きが出来なければつとまらない役柄なのだよ」 河勝は尊敬の眼差しで改めて大叔父の顔を仰ぎみるのであった。
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