前潟都窪の日記

2005年02月22日(火) 秦   河 勝 連載7

「弓月の君の先祖は、一旦、半島に渡ったものの、当時の半島は未開の土地であったから、秦一族は団結して開墾に励み力を養うしかなかったのじゃ。秦一族は大陸から移住して来たとき、鉄製の農工具とそれを作る技術を持っていたので、未開地の開墾は順調に進んだ。彼らは秦の始皇帝の子孫であるという誇りを持っていたから、土着民と融合することなく一線を画して平和に生活していた。それは長い長い年月であった。長い年月が過ぎる内に半島にも高句麓、新羅、任那、百済という国が誕生したのじゃ。一方、大陸では秦を滅ぼした漢という国の次に新という国ができたが、忽ち滅んでしまって、また漢という国が生まれたのだ。前の漢に対して後の漢という訳で後漢と呼んでいるのじゃ。
後漢という国が出来た頃から、弓月の君の先祖は、大陸へ帰って国を再興することは難しいと考えるようになったのじゃ。」
「そしてどうなったの」
「半島の中でも高句麓という国は強い国でしょっちゅう新羅や百済を攻撃しては領土をかすめ取ったのじゃ」
「弓月の君はどうなったの」
「その頃はまだ弓月の君は生まれていなかったのさ。弓月の君の先祖は、そうさな曾祖父ぐらいになるのかな、高句麓の攻撃を避けて百済へ逃げたり、新羅へ逃げたりしていたのだが、弓月の君の代になって海の向こうからも任那を攻撃してくる強い国があり機織りの技術や天文、医学、暦、易のことを学びたがっていることを知ったのじゃ。その国が大和の国なのじゃ。弓月の君は大陸へ帰ることを諦めて、海の向こうに安住の地を求めることを決心したのじゃ。その時には新羅から百済へ移り住んだばかりの時であったそうな。なにしろ腕の良い機織り技術者と土木技術者を沢山抱えており、鉄製の農工具とその技術を蓄えていたから、新羅の王様も弓月の君の動向に対しては注意していた筈だわな」長老の秦大津父は言葉を切って、土器の濁酒を口に運んだ。


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