秦部の下僕や下女達が機織りしているのを興味深く見ていた幼い河勝を手招いて、一族の長老秦大津父(はたのおおつち)が長い顎髭を手でしごきながら言った。
「河勝や、今日は弓月の君のことを話してしんぜよう」
秦大津父は山背国紀郡深草里に根拠地を構えていた。葛野の秦部が織りだした絹や深草で醸造した濁り酒を馬の背に負わせて隊列を組み、飛鳥や伊勢へ運んでは売り捌き、伊勢特産の水銀を仕入れて帰るという商業活動にも携わっていた。官職は大蔵の掾であったから位は高いほうでなかったが、日本全国に広がっていた秦人約七千戸の首領として仰がれていた。飛鳥へ行ったり伊勢へ行ったりで、秦大津父は席の温まる暇もなかった。秦大津父は河勝の父方の祖父の弟である。河勝の今はなき祖父秦河(はたかわ)は葛野に根拠地を持っていた。河勝は秦一族の直系の血筋を継いでいた。葛野から今日は深草まで父の国勝に連れられて遊びにきていたのである。忙しい秦大津父は幼い河勝の顔を見るのは始めてのことであった。河勝は目を輝かせて長老の話に聞き入った。
「弓月の君とはな、融通王(ゆずおう)とも言われるのじゃが、秦の始皇帝の末裔なのじゃ。弓月の君の先祖は秦の国が滅びたとき半島に逃げ渡った秦の遺民で、一族が離散することもなく助け合って国の再興を期していたのじゃ。弓月の君は始皇帝の十三世孫にあたられるのじゃ。わかるかの、秦一族は皇帝の血筋をひく名門なのだからお前もこのことは誇りにして生きていかねばならないのだぞ」と祖父は河勝の目を見据えながら言った。
「それでその人達はどうなったの」と河勝は先を促した。
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