前潟都窪の日記

2005年02月01日(火) 密葬  連載の21

今岡多市と寿子の関係1

 寿子が今岡多市にみそめられて、求婚され結婚したのには複雑な親族関係がからんでいた。

 今岡多市は東北地方の古い農家の次男であり、その実家は長兄が家督を引き継ぎ農業を営んでいた。長兄今岡吾一の嫁今岡静子は同じ町内で郵便局を営む田中健吉の次女であった。そして寿子は田中健吉の三女であった。従って今岡吾一と静子の夫婦と今岡多市と寿子の夫婦はお互いに、夫側は実の兄弟、妻側も実の姉妹という関係であった。

 当時の農村では結婚には家柄ということが重視され、例え農業を営んでいても昔庄屋であった家系は家柄が良いとされていた。しかし士農工商という身分制度の名残は家柄の格付けにも影響があり、士族の末裔は例え貧乏していても庄屋よりも上に各付けされた。

 田中健吉は士族の末裔であり田舎でも素封家として知られていたが、何しろ二男五女を設け五人の子女達は高等女学校を卒業させていたから家計は火の車であった。

 一方次男の多市は若い頃から一旗上げようという気持ちがあり、上京して大工に弟子入りして腕を磨き、独立して請け負い工事が出来るまでになっていた。

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