「で―― それ、何なの?」 お弁当をほぼ食べ終えた頃、あたしは、彼のシャツの胸ポケットをちょっと指さして、問いかけた。 「ああ、これ?」 あたしのお弁当の二倍くらいある量を平らげようとしていたレンは、箸と弁当箱を机に置いて、ポケットを探った。 取り出されたものは、『石』だった。 大体、幅4〜5センチくらいの不定形に角張った感じの、やや平べったい石。厚さは、一センチもないだろう。 今朝あたしに挨拶したレンは、すぐに余所見をした。 どうしたの? と問うこちらの声が聞こえなかったのか答えずに、這い蹲ったままふっと横を見て、 『あーっ! あったあった! これだ〜!』 と喜びの声を上げ、1メートル以上離れた電柱の所まで這っていき・・・ 『めっけ♪』 柱の根本に落ちていた、雑草に隠れていた石を拾い上げ、付いた土を手で払ったり制服の袖で拭いたりして落とし、ポケットにしまい込んでいた。 それが、この『石』だ。 あのあと、何事もなかったかのように立ち上がったレンは、『さっ、がっこー行こーぜ!』と言ってその場を離れたのだ。こっちが何を訊いても、あとで、と言われてて・・・ 「そう、それ! 今お昼休みだし……そろそろ教えてくれても良いんじゃないの?」 ちょっとイライラしつつ、あたしは言った。 わざわざポケットから出したのだから、今度こそ話してくれるだろう――期待の目で、彼の顔と『石』を交互に見る。 「これはな……」 左の掌にのせたそれを右手の人差し指でなでなでしていた彼は、ちら、と一瞬こちらを見る。 『石』を丁度あたし達の間、向かい合わせにくっつけた机と机の境目のところに置く。 『石』をじっと見つめたまま、改まったような、真面目な口調で…… 「石だ!」 余所には聞こえないよう、レンは低く呟いた。『石』に視線を注いだまま、あたしは黙って立ち上がる。 「うわ〜〜!? ちょっと待ってちょっと待って!」 自分の飲みかけの牛乳パックの中味が、自分の頭上にぶちまかれようとしてたのに気がつき、慌てるレン。 「冗談じゃないんだよ。続き聞いてよ、続き〜!」 立ち上がり、牛乳バックを持ったあたしの右手を押さえ、座るよう促す。あたしはそれに従う。 「ほんっとに、全く、ちっとも冗談のつもりはなかった? 全然?」 睨め付けるあたしに、「いや、まあ……ちょっとはなくもなかったけど……」ボショボショと呟く。 (ほら、やっぱり……) あたしは嘆息した。 こちらの様子を怪訝に思ってか、離れたところに座ってお昼をとっていた級友の一人が声をかけてくる。 「何でもないっす〜! お騒がせしてすいませんっ!」 再び立ち上がり、陽気な声でそいつや、他の人達に謝るレン。 あたしも「ゴメンね〜!」と謝っておく。 でも。 「他の人達にはともかく、あんなのに謝る必要ないわよ」 座り直したレンにあたしが小さく呟くと、さっきのやつが何やかやとあたしに文句を言ってくる。人の悪口言っただろ、とか。 (うるさいなあ…… 言ってないっつーの!) あたしが無視していると、また、何やら言ってくる。 (フンッ! すぐに感情的になるんだから……無視無視!) そしたら、レンがあいつにお願い、のポーズをとっていた。ここは退いてくれ、という意味だろう―― 承知したらしく、もう何も言ってこなかった。 あたしは、さっき声かけてきたやつとは仲は悪いけど、レンは仲が良い。 (最初はそんなでもなかったんだけどね…… どうして仲良くなったのか、不思議だわ) ともあれ―― 今はそんな事はどうでもいい。デザートを食べながら、あたしはレンに話の続きを促した。 「えーとまあ。これは、石でもある。石でもあるんだけど…… 普通の石じゃないんだ」 「へ〜。じゃあ、どんな石だっていうの?」 「この石は、普通の石にはない、不思議な力が宿っているんだ。『此処』とは少しずれた次元から来たっていうかで…… んーとまあ…… 手っ取り早く言うと、だ」 デザートを食べ終え、あたしはレンの説明を、パックの烏龍茶を啜りながら聞く。 「この石は、月から落ちてきた――」 (えっ!?) まさか――と思い、目を見張る。 「月の欠片なんだ」 レンは、しごく真面目な声で告げる。 ゴキュン、とあたしは、最後の一口を飲み込んだ。 昨日の、あの、奇妙な現象―― 波だった湖面のように歪んだ月。 強い閃光。 光の糸を引いて落ちてきた流れ星らしきもの。 本当に、瞬く間に起きた…… 錯覚。
まさか――
「そして、この中には――」 彼は、更に驚くことを告げた。烏龍茶を既に飲み終わっていたおかげで、あたしは、みっともなく吹き出さないで済んだ。 「妖精の卵が入っている」
昨日の晩、現実の月に重なるところにある、月の神が住む別次元で、時空嵐があったという。 どういった理由かはわからないけど、月の神の住む宮付近が、突発的に生じた台風に見舞われ、被害にあった。 こっちの世界で台風が来た時の事を想像してくれればいいとレンは言ってた。 土地は荒れ、建物や岩石も巻き上がり、地面に叩きつけられ・・・ 将来、月の神に仕えるようになるであろう、妖精達が卵で眠っている巨石も、風に浚われた。 たぶん、時空嵐の直撃を受ける前にと――発生してすぐか、または、発生を予測しての、前もっての行動か――卵の入った巨石の保護活動は行われていたんだろうが、手違いがあったのか、一つ、間に合わなかったのかもしれない―― 砕けた石の破片が一つ、嵐によってできた時空の裂け目から此方へと落ちてきたんだろうとレンは言う。 それが、あの時、月が歪んで見えた瞬間だと――
つづき
|