ナナとは、あたしのこと。 文月七過。ナナカという名前は、結構気に入っている。 日々は過ぎていくけど。その一日一日は、断絶されることなく、連なり、軌跡となる。 そして、過ぎ去った分、新しい日を迎え、時間を繋げていく…… その事を、七日過ぎれば次の週へと移り変わるんだっていう事で表現したんだと、父が言っていた。 ちょっと、苦しいかもしれない(笑)。 「ゴメンねー。あたし、自分の目で見たことしか、信じないのよ。 だから、去年もあの事なかったら、幽霊なんて、絶対信じなかったよ」 去年の臨海学校で、あたしは、初めて幽霊というものを目撃し、奇妙な出来事に遭遇した。 「幽霊信じたんなら、これもいいじゃんっ」 ベランダの手摺の上で腕組みしているあたしの肘を、同じように腕組みしていたレンは、軽く、肘でつついてくる。 その様子は、実際の年齢より、子供っぽいい気がする。 「それはそれ、これはこれ」 「ちぇー!」 ぶすーっとなって、そっぽを向くレンをが可笑しくて、あたしは笑った。 彼はますますふくれた。ますます、幼い感じ。 と――その時、あたしの部屋のドアがノックされた。父だ。 あたしは、窓の処まで戻って、返事をする。 もう遅いから、早く寝なさい、との事だ。もう、十一時を過ぎているという。 ゴメン、わかった、と返事をして、あたしは、同じように窓の処から戻ってきたレンへと声をかける。 「もう寝ないとだよ」 「ああ――こっちも言われた。」 何でこんなに、時間が過ぎるの早いかなあ――ぶちぶちと文句たれるレンに、あたしは、 「いいじゃん。また明日もあるよ!」 と言い、軽く肩を叩いた。 レンは、ニコッとなって、「それもそうだな」と言った。 それじゃあ、おやすみ……と、どちらともなく言い、あたし達は別れた。 ベランダ用のサンダルを脱いで、部屋の中に入る。 今は秋。 やや肌寒くなってきたとはいえ、閉める切るには、まだ暑いだろう…… あたしは、三分の一ほど、窓を開けたままにすることにした。 網戸を完全に閉める前に、何となく、今日の見納めのつもりで、月を仰いだ。 と―― (あれ?) 月が……揺らいだような気がした。ほんの、一瞬―― というか、視界が、だろうか? 三日月が、まるで、水面に映った像へと小石が投げ込まれてしまったかのように、形が崩れたのだ。 その瞬間、強く輝いたような気がした。 そして、何かが小さく光り、墜ちていったような気がした。此方の方へと…… あたしは、閉めかけていた網戸と窓を開け、外に出た。 月をまじまじと見る。 月は……何ともなっていない。 左隣の、レンの部屋を見てみる。 窓は全開。網戸は閉めてある。 ベランダにも、窓辺にも、レンの姿は見あたらない。 (もう……寝ちゃっているのかしら?) さっきの異変を見たのだろうか……? レンに、声をかけようかと思ったが、ちょっと、悪い気がして、諦めた。 (まあ……明日訊いてみよう。) そう思い、あたしは、自分の部屋へ戻ろうと、月に背を向けたした。 けど。何となく気になって、後ろを振り返る。 改めて、月を見る。 ……やはり、何ともなっていない。先程と変わらず、淡く、細い光を放つだけ。 弧を描く、弓張り月―― (――気の所為か。) あたしは、軽く嘆息し、少し、肩を竦めた。 よくよく考えてみれば、そうだ。 何のことはない…… ただ単に、見間違えただけ。錯覚だ。 部屋に入ろうとして、あたしは気がついた。裸足だった。 幸い、ベランダは、それ程汚れてはいなかった。でも、多少、足の裏に砂が付いてしまっている。 あーあ……と。内心、舌打ちをしつつ、手で、砂をはたき落とした。 綺麗になった足で、中に入り、窓の外に手を出して、それもはたいた。 綺麗になった手で、あたしは窓に触れた。 用意を調え、ベッドに寝そべる。 消灯した部屋の中――レースのカーテン越しに、窓を見やった。 窓の外――夜の空に、月は浮かんでいるのだろう。 相も変わらず、そこに在るのだろう。輝いているのだろう。 淡く、細い光を放って…… あたしは、そっと、目を瞑る。 そして―― (おやすみなさい) 小さい頃からの習慣で。 いつものように。誰にともなく、心の中で呟いた。
気持ちよく目の覚めたあたしは、気持ちよく、朝の準備をして、朝ご飯食べたりして、身支度整えて、気持ちよく、家を出たんだけど…… 住んでいるマンションの外の通りに続く出入り口のところで、思わず、固まってしまった。 学校へ行こうと、門を出て左に曲がったら、あるものを見てしまったからである。 「……な……何やってるの? あんた……!?」 服が汚れるのもかまわずに、地面に這い蹲っていたレンは、あたしの、驚きと呆れの混じった声に気がついて、此方に顔を向けた。 「あ。ナナ、おはよー!」 屈託のない笑顔と元気な挨拶に、あたしは、深々と溜息を吐いたのだった。
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つつく
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