何でも帳。


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2001年11月19日(月) September-rain・8




「……どこまでだったら、俺にはいい?」


どこか嘲笑じみた声で、言葉でティアラの瞳を覗き込んで…思わず動きを止めてしまう。
浅ましい俺を見上げていたティアラの表情が、瞳が、もう見る事は無いだろうと思っていたそれ、だったから。
『リーダー』として感情の総て、を切り捨てた表情。
大きな紅茶色した瞳には感情のカケラも見えなくて。
  「………それで君の気が済むのなら…好きにしたらいい……」
投げつけられる言葉にも、感情を見出す事が出来ない程。
自分がどれだけ愚かな事をしてしまったかを知る。
激しい後悔と、自己嫌悪。
ベッドに腰を下ろして、言葉を探しあぐねていると、ティアラが起き上がったのが気配で判った。
…あまりにも情けなさ過ぎて、視線でさえ追う事が出来なくて。
どうせなら、このまま部屋を出て行って欲しいとさえ望んでしまう。

そうしたら俺は、感情も言葉にも出さずに戦いの間、接するから。
そうしたら俺は、戦いが終わったら、何処かへ去るから。
笑顔も体温も声も瞳も全部、傷つけないように大切にしてみせるから。


  「…………莫迦フリック。人の気も知らないで」

ぼそっ、と微かな声が聞こえて思わず顔を上げてしまう。そこには、紅い表情をしているティアラが。
先刻より、ずっと感情が見える表情に声。

  「……どうせまた不毛な考えの袋小路に辿り着いてうじうじしているんでしょ?」
  「うじうじ、って…お前……怒って、軽蔑していたんじゃないのか?」
  「怒ってるに決まってるでしょっ!?人の気も知らないでっ!!
   大体ねぇ、僕がどれだけ悩んだと思ってる訳!?それをあっさり勝手に無視してっ!!」
  「あっさり勝手に無視、って言ったってっ!
   俺だって、考え悩んでいたんだぞっ!?」
そう。どうしたら、お互いの手を取って、笑い合いながら歩いて行けるのかを。

ティアラは俺の目前に人差し指を突きつけて、やけに真面目な声。
   「………先刻のは冗談でした、って言いなさい」
『冗談でした』というのは容易いし、それで先刻の事を水に流してくれるのなら…とは少しだけ、思った。それでも自分の感情に嘘はつけないから。
俺の目の前に突き出されたティアラの左手を、そっと払いのけて。
   「……冗談に出来たら、よかったんだけどな」
折角寄越してくれた助け舟を蹴ってしまう自分を何処かで恨めしく思ってしまうけれど。

   「………感情が先走ってしまって、お前を怖がらせた事は謝る。
    でも、今の正直な気持ちを言えば…お前を抱けるのなら、例え死んでも構わない」
手に入らないのなら、生きるも死ぬも同じ事。願いが叶うのなら、何も、いらない。


そう。この命でさえも。


俺の言葉を聞いて、ティアラは辛そうに顔を歪める。

   「……それは…フリックが死んじゃうのは……嫌、なんだってば」
泣きそうな声。辛そうな表情。
…だから、お前にそんな顔させたい訳じゃないのにな。叶うならいつも笑っていて欲しいのに。
自分の不甲斐無さに腹が立って来てしまう。
   「…だから、さ。
   俺もお前が嫌がる事は無理強いしたくないんだ、本当に。
   でも、今のままだと、俺が…辛いから。ティアラの事、好きでどうしようもないから。
   だから、それを守ろうと思ったら、お前の顔が見えない所へ行く事しか…思いつかない」
  「フリックがいなくなっちゃうのは、もう、嫌なんだってばっ!!」
悲痛染みた、声。
僅かに震えているのは、あの時の事を思い出してしまっているからか?あの時、どれ程の思いをしたのか俺には到底量りきれないけれど。
それでも、少しでも落ち着くようにと頭を抱き寄せて、ぽんぽんと軽く撫ぜてやる。
  「理由が即物的過ぎてどうしようもないな。情けないと自分でも思うよ」
  「……嫌な訳じゃ、ない……だけど。」
俺の胸に顔を埋めて、俺の服の裾を握りしめて言葉を紡ぎ出すティアラを宥める様に薄墨色した髪の毛を梳いてやる。
  「…判ってる。でも、だったら余計に尚更辛いかな。
   今でさえ、なけなしの理性を総動員だ」
思わず苦笑いを零してしまう。
キスしたい衝動とか、抱き締めたい衝動とか。自分だけのものにしたいという独占欲。
  「…ずっと、お前から合意がもらえるまでは、って思っていたけど、そろそろ限界、だから。
   俺がそれを望み続けるのが、お前にとってただの苦しみでしかないなら…
   …俺も願うのをやめる」
  「……でも、願うのやめたら……離れて何処かに行っちゃうんでしょ?」
少しだけ舌っ足らずな問い掛けに、無言で髪にキスを落としてやる。
ティアラは俯いて、考え込む仕草。

どうしたらこの袋小路から抜け出せられるのか、どうしたら互いにとって最善になるのか。
離れるのは簡単な事。
その後、ずっと後悔とか虚脱感とかに苛まれるのが離れる前から判っていたとしても。
だから、互いが幸せでいられる道を探し掴み取らなくては。

しばらく俯いたままだったティアラが不意に顔を上げて、ベッドサイドテーブルに置いたままにしてたワインボトルに手を伸ばす。
何をするつもりだ?
嫌な予感がしたけれど、つらつらと考え込んでしまっている頭では、それを止める迄には行動が至らなくて。
手酌でグラスに注いだと思ったら、一気に飲み干してしまう。
……先刻もこんな事があったような気がするのだが。

一気に飲み干す様をただ見ている事しか出来なくて。
ティアラはグラスのワインを飲み干してから、瞳を閉じてゆっくりと深呼吸をひとつふたつ。
顔がうっすらと紅くなっているのは酒の所為か?
そんな表情にも見蕩れている自分を心の中で呆れながらも見守っていると、ゆっくりと開く紅茶色の瞳。
  「一つだけ、も一度聞いてもいい?」
上目遣いで見上げてくる瞳。何処か潤んで見えるのは気の所為ではないだろう。
奥底に残っていた火がちりり、と音を立てて灯りそうになってしまうのを堪えて、出来うる限りの笑みを浮かべてティアラの頬にそっと触れて答を返す。
  「……ん?何だ?」
頬にやった俺の手に自分の左手を重ねて。ゆっくりと一つ、瞬きをして。
  「………僕の事……前に言ってくれたコト、今でも…………変わって、ない?」
縋る様な瞳、とはこういう瞳の事を指すのだろうと何とはなしに思った。
路地裏で怯えている子猫、みたいな。
信じて欲しくて、疑って欲しくは無くて。思いの丈を告げる。
  「…そう簡単に変わったりなんかしない。そんなにぬるい気持ちじゃ、ない。
   ……愛してる、ティア……」
言葉として口に乗せると酷く陳腐で安っぽくなってしまうけれど。
それでも、本当の気持ちだから。
俺の答を聞いて、ティアラは切なそうな、泣きそうな…そして笑んでいる様にも見える微妙な表情を浮かべて。
俺の腕を両の腕で抱きかかえて、顔を埋めて、声を発する。
その声は初めて耳にする声音。
まるで祈りを捧げるかの如く。厳かで、そして、切ない迄に。


   「…………好き、なんだから……僕だって……フリックの事…愛してる、んだからね?」







話がループしてしまって、どうしようかと思ってしまいました(汗)
どうにか少しは進展した様でほっと一息。
兄さんの甲斐性はやっぱりこの辺が限度だったみたいです…書いてて「…ティアラの方が何か男前じゃないっ!?」と思っていたのは秘密(苦笑)
今回の話も参考資料は前回に引き続き、風早おねぇに頂いていたモノでしたv
ありがとうね〜♪(そしてまた笑われてしまうのかしらね…)

今回の引き、でようやく終りが見えました。
あと1話、で終わります。……多分、恐らく、きっと。
待っているのはどんな結末か、言いたくて言いたくてムズムズしています(笑)
よろしければどうぞあと1話、お付き合いして頂けると光栄ですv

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