何でも帳。


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2001年11月27日(火) September-rain・9





自分の耳を、疑った。だって、まさか。そんな事。
嫌われている、とは思っていない。むしろ、好かれているとさえ思っている。
それでも『好き』以外の言葉はティアラの口から聞いた事は今迄一度も無かったから。
そして、ティアラがそれを口に出来ない理由、も朧気ながら知っていて。
曖昧なそんな思惑は、こうして話している内に確信となって。
だからこそ、その言葉を聞く事は叶わないと思っていた。もし聞く事があるのなら…それは自分の世界が終わってしまう間際なんだろうな…とか。なのに、どうして?
不意に訪れた告白、が思いがけなかった分、嬉しさよりも戸惑いが先に来てしまう。本来ならば、こういう場面では何より先に抱きしめるものだ…そう思ったのは随分と後の事。


時間が止まった様な、固まってしまった様な…未だかつて経験した事のない、感覚。
ただじっと、俺の腕を自分の両腕で抱きしめたままのティアラを息を詰めて凝視する事しか出来なくて。
ティアラも俺の腕を手放さずに、告げてからずっと呼吸を詰めたままで。
外で吹いてる風の音が聞こえている様な幻聴。
自分の体に流れている血の流れの音さえ聞こえる様な。
互いに沈黙していたのは恐らく十数秒。長くもあり、また、短くもある刹那。
唐突に訪れた告白。それに付随する沈黙、は訪れた時と同様、唐突に破られる。


  「………よかった……フリック、ちゃんと生きてる………」


心の底から安堵した様なティアラの声。
どうやら告げてからずっと、俺の胸に耳を当てていたらしい。
鼓動の音をちゃんと確認出来たから、安心出来たから、声を発する気になったのだろうか?
ティアラの声で、ようやく意識がこちらに戻ってくる事が出来たから、声音に言葉に答える様に空いてる方の腕で、そっと頭を抱き寄せる。
耳に注ぎ込むのは出来る限り、優しい声になります様に。
そんな事を頭の片隅で願いながら
  「……やっと聞きたい言葉を貰えたのに、そう簡単に死ねないさ。
   ありがとな。言うの、凄く勇気とか覚悟とか必要だったろ?」
  「ん……すごく…物凄く。やだ…上手く言葉に出来ないや……」
胸に顔を埋めたまま、そう呟くティアラが愛しくて仕方が無くて。思わず…そう、思わず。
  「無理して言葉にする必要は無いさ……こうしたら、何も言わなくて済むぞ?」
ティアラの頤に手をやって、上を向かせて。そしてそっと唇にキスを。
  「…愛しているよ。ティア」
はじめは紅茶色した大きな瞳がぱちくり、と瞠目していたけれど、言葉を理解してゆっくりと長い睫毛を伏せる。
ずっと抱いたままだった手を解いて、恐る恐る…といった風に俺の背中に手を回してくれたから、ようやく戻って来た自分の腕で、世界で一番愛しいものを抱き締める。
とても綺麗で、潔く強く。だけど、何処か脆い。
まるでそれは緑玉石(エメラルド)の様だと思った。
輝石の中でも希少価値の高いそれをこの手にしたかの様に。
一番大切なものが判っているのなら、弱みさえも吹き飛ばしてしまえばいい。
唇をそっと離して、吐息さえも感じられる位の距離で言い聞かせるように囁く。
  「ずっと、愛しているから。
   健やかなる時も、病める時も…例え、離れる時が来ようとも」
潤んだ瞳で縋るみたいに見上げられたから、微笑って頬にキスを落とす。
  「俺からは離れないし、離さない。
   だけど、俺は世の理に逆らえないし、お前が決めた事なら離れていった手は追えない。
   …それでも、ずっと、愛し続けると誓う」
頬に、耳に、髪に。まるで何かの儀式の様にそっとキスを降り注がせる。
首筋にも静かにキスを落として…今更になって自分の欲を制御できる自信が無くなってきてしまう。
愛してる。そう言って貰えた以上、無理に我慢する必要は無くなったのかも知れないが。
でも、無理強いは…不必要に傷付ける事は決してしたくないから。
ゆっくりとひとつ、ふたつ深呼吸をして感情を整える。
見上げてくるティアラの瞳はもう憂いを見せていなかったから、何処か救われた気持ちになる。
静かに手を差し伸べて、ティアラの右手を捧げ取る。
一瞬、手を引き戻そうとしたのは判ったけれど、力を込めて引き寄せて。
手袋は嵌めていなかったから、寝る時でさえも外していないテーピングをするすると解いていく。
解くのは、物理的なものでもあり、また内面的なものでもあり。
そんな事をうっすらと思いながらも、解く手は休む事無く。
しゅるり…と最後の一巻きを解くと、そこに存在しているのは『生と死を司る紋章』
前の戦いが終わってもまだ、ティアラの右手で息吹いている紋章。


  「……………フリック?」
心細いか細い声が聞こえたけれど、敢えて無視してそっと指先に触れる。
冷たい、指先。
  「……フリック?何、するつもり?」
今にも泣き出してしまいそうな声に笑いかけてやってから、捧げ取っていた手を目線の位置まで持ち上げる。
ソウルイーターを見据えてから、ティアラの瞳を見つめて。
捧げ取っていた右手の甲に、魂喰いの紋章に、躊躇い無く口付ける。

  「この紋章ごと…お前の全部、俺は愛してるから」
  「フリック………」
  「あまり何回も口にしたら重みとか真実味とか無くなっちまいそうだから、もう言わないけどな。
   でも、もう一度だけ」
そこで一度言葉を区切って、思いの丈がちゃんと表情にも出る様にと。
  「…ずっと愛してるよ。ティア」
きっと俺が言うのより、ティアラが口にする方がずっとずっと少ないのだろうけれど。
それでも思いの深さは変わらない。
何度言っても、言わなくても。
俺の言葉をティアラは噛み締めるように、何処かに大事に保存するみたいに耳を欹てて聞いていて。その真剣な表情さえも愛しいと思った。
愛しい気持ちのまま、そっとキスを送るとティアラは体を預けてきたから、背中に手を回して抱き寄せて。そのまま静かにベッドに横たえさせる。
唇を離すと見上げてくる紅茶色の大きな瞳。熱があるみたいに潤んで見えるのは気の所為なんかじゃなくて。
シーツに手をついて覆い被さっている状態の俺に、花が綻ぶ様な綺麗な微笑みを向けてくれる。
ゆるやかに差し伸べられた手が俺の頬に触れて。そして。
  「……僕だって、ずぅっと愛してるからね。忘れないでいてね?」
  「…あぁ、忘れたりなんかしないよ。ずっと、大切にする……」
瞳を合わせたままで、そう答えて髪を梳いて首筋に顔を埋める。
柔らかい皮膚を優しく吸い上げると、肩を竦めて小さな声が漏れ聞こえはじめて。どちらのものとも判らない鼓動の音。どきどきしているのはどうやらお互い様らしい。


そんな鼓動の音を心地よく感じながら、そこらかしらにキスを落としていると俺の背に回されていたティアラの手が不意に落ちて。
不思議に思って、顔を覗き込んで……そして苦笑を零してしまう。
だって、これはもう苦笑を零すより他ない。
こんな状況だというのに、ティアラは幸せそうな表情のまま寝入ってしまっているのだから。
起こしてしまうのも忍びなくて、苦笑いのまま髪を梳いてやると本当に幸せそうで。
先刻のルックの話だと、ここ五日間ほぼ寝ていなかったという事だから、問題やわだかまりが解けて張り詰めていた緊張の糸も切れてしまったのだろう。
鼓動が子守唄代り、だったらしい。
それが判っても、尚かつ苦笑いは止められなくて。
俺の運はいいのか悪いのか…そんな下らない事まで考えてしまう始末。
それでも思いが通じ合えたのは幸運に違いない。
まだ時間はあるから、もう急ぐ必要は無いから…歩く速度で事を運べばいいのだろう。

しばらくの間、くすくすと声を殺して苦笑いをしていて、やっと止まってからティアラを見ると、起きる様子は全く無くて。
ちょっとだけ悪戯心を出して、服の上からは見えない鎖骨の下辺りに口付けて、少しだけ強く吸い上げて赤い花弁を散らしてやる。
次にティアラが目を覚ました時に、先刻までの出来事が夢じゃないという事を知らしめる為に。

『続きはまた今度』
……そんな約束も兼ねて。

ティアラの横に体を寝かせて、背中に手を回して抱き寄せると小さく身じろぎしながら擦り寄ってくる身体。
額にそっとおやすみのキスをしてから、静かに瞳を閉じる。
朝、起きたらティアラは吃驚するだろうな…とか、どんな反応示すのやらとか。
それでも、おはようのキスはちゃんと受け取ってくれるだろうから。


――― おやすみなさい。よい、夢を。
     明日もあなたが聞こえます様に…あなたの側に、いられます様に。






やっと終わりましたーっ!!\(^o^)/
…どこまで書いたらラストに持っていけるのかすごく不安でした(苦笑)
話を書く前から、最後のオチ(笑)は決めていたので今回の最終話途中になって焦っていたり。←迂闊に最中まで持ち越してしまいそうだったらしいですよ?(笑)

それはさておき、何とかようやく書き終える事が出来て一安心。
思い返すと…9月末から続けてたのですね。約2ヶ月もトロトロと…(汗)亀の歩みにも限度ってモノが。
それでも「楽しみにしています」と仰って下さった方々のお言葉に励まされて、ここまで書く事が出来ました。
少しでもお楽しみ頂けていたのなら、何よりの幸いなのですが。
兄さん甲斐性度アップ作戦は果たして成功したのかどうかが怪しいトコロです(汗)

帰宅してからhtmファイルを作ってアップしますねv
ファイル自体はあるのですが、あまりに長いので2つか3つかに分けてアップしようと思います。(…一つのファイルだと後書きナシで53Kにもなりました…汗)
「連載だと続きが気になるから、全部書き上げてファイルアップしたら読むわ」と言っていた某Yちゃん、果たして君はこの長い話をちゃんと読むのかしらねぇ…(笑)
そんな内輪話はさておき。
タイトルの「エメラルドの弱み」はDreams come trueのファーストアルバム収録曲からの引用でした。
所々で歌詞も微妙にアレンジしながらちらほらと使っていたり。最後の文は、うちのフリ坊話には欠かせない(苦笑)川村結花の『Travels』でした。
参考文献は…色々(苦笑)途中詰まった時に何を思ったか新約聖書をめくったり、久し振りに宝石の専門書を開いてみたりしてました。
とにかく初めての長期連載。色んな経験をさせて頂きました。一番楽しかったのは…やっぱりルックちゃんサイドで話が書けた事でしょうか(笑)

最後までお付き合い下さった方々に心からの感謝を!



Special thanks to S・Kazahaya E・Itakura Sarasa・K R・Sakurai Asagi Aya・M……and you!


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