嗚呼!米国駐在員。
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2004年11月30日(火) |
なんでサラリーマンは仕事が定時で終わらないんだろうか |
早いもので明日から12月。 12月といえば日本にいた時は忘年会の連続で、毎日のように2次会、3次会と大変だった。取引関係が希薄になってきた客先でも、上司が「去年まで忘年会やってて今年から急に誘わないのはマズイかなあ。」とか言って、結局無駄な飲み会が多かった。若造の自分には全く面白くもなんともなかったな。
アメリカではそんな世界とは全く無縁でとても気楽でいい。 パーティのようなものはあるけれども、キレイさっぱり9時には終了。だらだら2次会、3次会、というのがないのはとてもいい。
今日は某金融機関が訪ねてきて雑談。 日本の本社は残業代未払いの問題やらで抜き打ち検査が入って大変だ、という話で盛り上がる。
うちの本社もタイムカード(もちろんコンピュータ)に導入したけど、退出時間を過ぎているのにパソコンの使用実績があった、とかで厳しく指摘されたと聞いた。 慌てて会社側は、「仕事じゃなくて個人的に使用」と回答したというけど、会社のパソコンを私用化するのはおかしい、という指摘を逆にされてしまったらしい。
こうして、一番兵隊となって働かねばならない若手が労働時間を制限されている。 たとえ朝早く来ても、定時直前にしかパソコンの電源を入れられない。帰りは定時でハイさよなら。社内にいるのは朝も晩もオヤジ管理職ばかりになってしまうというのが笑える。日本は偉くなるほど働かないから、社内は異様な光景だろうな。
たまに日本の本社に電話をすると、若手はみんな一様に「時間がないから仕事が捌ききれない」という。
面白い現象だな、と思った。アメリカ人は、うちの社内も取引先も見事に定時で仕事を切り上げる。それなのに、仕事が捌ききれない、などということもなさそうで、うまく回っているように見える。
こうして考えると、良く言えば日本人はやっぱり仕事が丁寧なんだろう、と思う。 世界でも、それがある部分では一定の評価を得ているのは事実だ。しかし、不必要に丁寧すぎることも多い。アメリカ人と仕事をしているとそう感じる事もある。
時間をかけた丁寧な対応 − 敬語の存在しないアメリカ社会では、そもそも、それ自体が評価されることはほとんどないような気がする。
また、日本人は自分も含めてなのだが、長い時間仕事をする事(職場にいる事)に満足する傾向も強いのかもしれない。悪く言えば、だらだら、と。 意味のない会議、意味のない打ち合わせ。
対して米国企業の管理職。仕事時間は圧倒的に日本の管理職より少ない。しかし、ここぞという場面での集中力と仕事をまとめあげる力は、日本人にはとても真似出来ないくらいのものがある。実にメリハリが利いているのである。管理職たるもの、こうあってほしい、自分もこうでありたい、と思うのである。
日本のサラリーマンは、用事があるか、もしくは強制的に帰れ、と言われなければ帰れないようなところがどこかある。 監督署の時間外賃金未払いの取り締まり - これをきっかけに、サラリーマンの労働観や仕事のスタイルも変わっていくといいと思うのだけど、深く根付いた習慣を捨て去るのはまあ無理だろう。
9時5時でピタッと仕事は終わりで後は自分の時間に切り替える、これは誰もが望んでいることなのにそれがなかなか出来ないのは何故なんだろうか。
Kyosuke
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